目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

12

その夜も、私は再び高熱を出した。

全身が痙攣し、顔は苦悶に歪み――

「やめてっ!もう殴らないで……お願い、許して……怖いよ、暗いのはもうイヤ……」

「麻酔、お願い、お願いだから……電気痙攣のとき、少しは痛くないように……」

「もう治療なんてしたくない……病気のままでいい。死んだほうがマシ……」

「ごめんなさい、ごめんなさい……もう、もう彼を愛したりしません……」

「お願いだから……死なせて……私、もう耐えられないの……」

――終わりの見えない漆黒の闇のなかで、

誰かが、私をそっと抱きしめた。

その腕は温かくて、まるで、私のすべての傷を包み込んでくれるようだった。

私はそのぬくもりにすがりたくなった。

でも……怖かった。それが、新たなかもしれないから。

精神科医たちは、いつも私を試す。

優しい言葉や、温もりに見せかけた

少しでもそれに引き寄せられたら、その先に待っているのは、さらなる罰――

「まだ情愛を手放せないのか。やはり調教が足りない。薬の量を増やそう」

眼鏡をかけた医者が、冷たく告げる声が、脳内に木霊する。

分かっていた。全部、分かっていた。

なのに私は、その腕を振り払えなかった。

――私は、本当に病気なのかもしれない。

蛾のように、火に飛び込む。

偽物でも、本物でもいい。

ただ、温かさが欲しかった。止めようのない涙があふれた。

「もう……愛してなんかいないのに、どうしてまだ、こんな仕打ちを受けるの?」

「……時川徹、私は……もう、あなたを愛してないよ……」

「お願い、姉さんに言って……私を許してって……」

「ほんとに、ほんとに……あなたを見ても、心は動かない。だから、もう愛なんて、あるわけないじゃない……」

濡れた涙が、彼の肩に染み込んでいく。

その腕が、ピクリと震えた。

そして、私以上に激しく、震え始めた。

そして――

あの、冷徹でおそろしいはずの時川徹の声が、

今にも壊れそうな音で耳に届いた。

「……鳴……お前がこんなに苦しんでるのは、俺のせいか……?」

私は、混濁した意識のなかで、首をふった。

「……違うの……違うよ……」

「……私は……あなたが好きだからだ……」

「でも、もう分かったの。私の愛は……間違ってたの……」

彼の喉から、押し殺した嗚咽が漏れた。

その震えと音だけが、私の闇のなかに、微かな熱を残した。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?