目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

14

【2021年9月18日】

今日は何度も、自分がご飯を食べたかどうか忘れてしまった。

どうしてここに連れて来られたのかも、思い出せない。

記憶が、日に日に悪くなっていく。こっそり手帳を見つけて、今日起きたことを書き留めることにした。

これからは毎朝、目が覚めたらこれを読む。

そうすれば、忘れずにいられる気がするから。


【2021年9月20日】

主治医が時川徹の写真を持ってきて、「この人は誰?」と尋ねてきた。

写真の中の時川徹は、ピシッとしたスーツに身を包み、気品と美しさを纏い、所作ひとつにも目を奪われるような男だった。

私は恥ずかしそうに答えた。

「……時川徹。私が四年間、ずっと好きだった人です」

その日、主治医は私に最も重い罰を与えた。

ほんの少しでも時川徹に想いを向けた瞬間、

鋭い電流が、全身を駆け抜ける。苦しみに顔を歪めても、どうしても彼を想わずにはいられない。

「忘れろ」と主治医は言う。

でも――あの人は時川徹だよ?

そんな簡単に、忘れられるわけないじゃない。


【2021年12月24日】

今日もまた主治医が写真を見せてきて、「これは誰?」と訊かれた。

私は少し戸惑いながら、「時川徹……」と答えた。夜になって、こっそり布団の中で手帳を読み返した。

ああ、そうだった。

私は、彼のことが大好きだったんだ。

思い出せてよかった。この手帳がなければ、

あの胸が熱くなるような恋心を、本当に忘れてしまっていたかもしれない。


【2022年5月3日】

今日は、時川徹とお姉ちゃんがキスしている写真を見せられた。

私は怯えて思わず後ずさった。あの人の写真を見るたび、耐え難い苦痛が待っている。

いつからか、彼は私にとって災厄の象徴になっていた。

主治医は首を振る。

「まだ感情の反応があるね、鹿野鳴。これじゃダメだ。次の治療段階に進もう」夜、私は手帳を開く。

そこにはこう書かれていた――

私は時川徹を、どうしようもなく愛していた。

自尊心を捨てても、何もかも犠牲にしてでも、彼のためなら――私は呆然と、それらの文字を見つめた。

……怖い。

あんなに恐ろしい人を、私は本当に好きだったの?この文字、本当に私が書いたの?


【2022年11月7日】

今日はお姉ちゃんが来た。私は、ここで受けている拷問のような治療について話した。

「お願い、連れて帰って……」

そう縋った。でもお姉ちゃんは、きれいなスチール写真を差し出して、こう言った。

「ねえ、鳴。私、綺麗?」

私は羨ましそうに頷いた。

「すごく綺麗。私もお姉ちゃんみたいだったらな……今の私は全身傷だらけで、いつも元気もなくて、おばあさんみたい」

お姉ちゃんは目を細めて、静かに言った。

「俳優になりたい?」

私は、うっとりと夢見るように頷いた。

――その瞬間、姉の顔色が変わった。

「鹿野鳴、おまえって本当に懲りないんだね」

「……まだ、足りないってことね」

その日から、私は暗く狭い物置に五日間閉じ込められた。

出てきたとき、全身が震えて、泡を吹いていた。

お姉ちゃんは高みから見下ろすように言った。

「鳴、まだお姉ちゃんのものを欲しがるの?」

私は激しく首を振った。

恐怖のあまり、失禁までしていた。

「……もう、ほしくないです」

「何でも言う通りにします。だからお願い、もういじめないで」

「死なせてください……これ以上、耐えられない……」

お姉ちゃんはにこりと笑った。

「なに言ってるの、妹ちゃん?」

「人殺しなんて、犯罪だよ?」

「私は芸能人なんだから、そんなことするわけないでしょ?」……

手帳は、そこからしばらく空白が続き、

最後の記述は去年のお正月の夜で止まっていた。


【2024年1月1日】

私は屋上の物置に閉じ込められていた。

窓の外で、小さな花火がちらほらと上がっていた。なんだか、訳もわからず胸がざわついた。

……私は、最初から物置で育ったんだっけ?

あの人たちは、なんで花火をしてるんだろう?

どうして、物置に住んでないんだろう?

どうして、あんなに楽しそうに笑ってるの?――おかしいな。

この手帳、誰が書いたんだろう?

この作者、ちょっと変な人だ。

だって、あんなに時川徹のこと、好きだったんでしょ?彼のために泣いて、彼のために笑って……

バカみたい。きっと頭がおかしい人だ。

でも、かわいそうな人でもある。

もし会えるなら、教えてあげたい。

「感情を出したらダメだよ。注射されるし、薬も飲まされるし、殴られるし、蹴られるんだから」


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?