夜も更け、資料室の中はしんと静まり返っていた。
私は机に突っ伏しそうになりながら、資料に目を通し続ける。
そのとき、背中にそっと重みを感じた。
「……え?」
振り返ると、落ち着いた色合いのケープが私の肩を覆っていた。
視線を上げると、すぐ後ろに立つレオニスが、腕を組んで私を見下ろしている。
「根を詰めすぎだ。……君が倒れたら、リオンはどうする?」
ぶっきらぼうな声に、胸の奥が少し熱くなる。
(……変な人。こういうところは妙に優しいんだから)
私は内心苦笑しながらも、そっと肩に触れた布の感触を確かめるように指を動かした。
──そして翌朝、軍の調査班からの新たな報告が届く。
「閣下、カイル殿とルディ殿がこちらに到着しました」
扉の外から兵士の声が聞こえてきた。
私は思わず立ち上がり、前にいるレオニスのほうへ視線を向ける。
彼は机の上に資料を広げ、落ち着いた表情で頷いた。
「現状、怪しい納入経路は3つだ。軍用物資の横流しの可能性もある。ルディ、カイル、お前たちはそちらの調査を頼む。
マリネ、カイ、セスは屋敷内と厨房関係の確認を」
「「「了解!」」」
私はその様子を見つめながら、息を呑む。
(……やっぱりこの人、軍の指揮官なんだ。当たり前だけど……)
兵士とマリネたちが、チラチラこちらを見てほくそ笑んでいるけど、その理由はよくわからなかった。
(……私、何か変なこと言ったっけ?)
首をかしげながら再び資料に目を落とした。
◆
「閣下、軍の調査班からの報告です」
兵士のひとりが駆け足で戻ってきて、レオニスの前に
私は緊張しながら、隣で耳をそばだてる。
「調査の結果、搬入業者のひとりが『公爵家の正式な紹介状』を所持していたことが判明致しました。
しかもその紹介状は、閣下のご親族の名義だったそうです」
「……親族!?」
思わず声が出て、私は慌てて口を押さえる。
「さらにその業者が使っていた搬入ルートは、軍の監督下にある特殊物資用の経路でした。
ご親族の中でも軍関係者か、立場のある方でないと現在利用できません」
兵士の言葉に、レオニスの表情が固くなる。
「身内の人間……。それも親族の誰かが仕組んだ、ということなのか……」
(親族の誰かが、あんなに小さいリオンを殺そうとするの……?)
頭の中が一瞬真っ白になる。レオニスには兄弟はいなかったはず……、では彼らの中の誰が?
「落ち着け、エリシア」
横で低く、静かな声がする。
「必ず証拠を掴んでみせる。約束するから――」
レオニスがまっすぐ私を見る。彼が拳をキツく握り締めているのが分かった。
(私よりも何倍も辛いのに、それでも家族を守ろうとしている。この人は……どうしてこんなに強くいられるの?)
彼の気持ちを思うと、胸が少しだけ熱くなる。でもこれはきっと、気のせいだろう。
◆
「旦那、ちょっといいっすか?」
落ち着いた声に振り向くと、ふたりの男性が扉の側から中を覗いていた。
「どうした? カイル」
「おい! 中に入れ!」
ルディに背中を蹴飛ばされ、顔面蒼白の男が転がり込んでくる。
彼はガクガクと小動物のように震え、視線を泳がせていた。
「コイツはだれだ?」
「例の搬入業者ですよ。人の目もあるんで連れてきました」
ルディは男性の腕を後ろに捻り上げている。側で見ていたレオニスは、すらりと剣を抜いた。
「……話せ。嘘は
「旦那、気合い入ってんなぁ」
(ひえぇぇ……。剣抜いたよ、この人)
「ひいっ! い、痛いっ、肩が外れる! わ、わたしは最初言う通りにすれば、取引を優遇すると言われたんです……。
でも家族を殺すと脅されて、途中から断れなくなって……。脅されてっ……!」
彼の手は震えている。私は思わず、机の端にあった水差しを差し出した。
「落ち着いて、ゆっくり呼吸してみて。誰に何を脅されたのか、順番に話してくれる?」
優しく話しかけニッコリと微笑むと、男性はほっとした顔をする。
「気持ちは分かるけど、レオニスも少し落ち着いて。ね?」
彼は眉尻を下げ、剣をしまった。
(これぞ、飴と鞭ってやつ? 覚悟しなさい……。リオンを苦しめたこと、絶対に許さないんだから!)
◆
隣のテーブルでは、セスとカイが帳簿を並べて照合していた。
「セス、やっぱり……ここの数が多すぎないか? 納入した薬草の量が、帳簿と一致してないよ」
「こっちの記録もだ。しかも、これ……最近じゃないぞ。かなり前からじゃないか――」
セスの言葉に、部屋にいる者達の視線が一斉に向く。
マリネは静かに昔の納品記録を持ってくると、ふたりの側に座った。
「この帳簿を見て。先妻様がまだいらっしゃった時から、怪しい納入があったみたいよ。
まさか、当時から毒物が混入されていたというの……?」
3人は顔を見合わせている。
「まさか……。先妻様がお亡くなりになったのも、これが原因なんじゃ……?」
カイがぼそりと呟くと、部屋の中が静まりかえった。セスは確認するように、帳簿を何度も見比べる。
「おい、これ全部同じ人物が担当しているぞ? こことここ、そっちにも彼の署名がある」
冷静に帳簿を見比べ続けるセスの声には、ほんの少し怒気が込められていた。
彼の言葉に、顔を真っ青にしたカイが慌てて立ち上がる。
「だ、旦那様! ……すぐに、ご報告したいことがございます!」