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プロローグ 第2話

中学生くらいまでは、太陽と柔軟剤の匂いがした亜蘭。


お母さんが買ってた洗剤と、陽射しに干してた匂いだと思うけど、

確かに自分とは少し違ってたかもしれない。



「…そういうの、ゆりも感じたことある?」


「…え?」


「お兄ちゃんだよ!兄貴が変な匂いになったって話!」



そんなこと…思ったことない。


高校生になると、亜蘭はほんのりミントの香りをまとうようになったから。


…噛んでたガムの香り?




私が実家を出る頃には、ウッディな香りに変わって…


今、亜蘭は…どんな匂いがするんだろう。


曖昧に笑う私に、うっちゃんが興味深い目を向けていることに、私はまったく気づかずに目を伏せた。





「…ちょっと待って!何時頃来るの?」


「うーん…夕方までには!」



あっという間に日にちは過ぎていき、明日には亜蘭がアパートにやってくるという日。


着信が、私の胸を高鳴らせた。



「俺との約束を忘れてないか確認!」


いたずらっぽい声。

亜蘭との約束を、私が忘れるはずない…


初めはひたすらドキドキして、心臓が落ち着かない毎日だったけど、さすがに覚悟が決まった。


そしてそれが…喜びや楽しみに変わるのに、時間はかからなかった。



「…ちゃんと迎えたいから、だいたいの到着予定を教えてよ…」


アバウトじゃ困るんだ…

朝からいつ来るか、ずっとドキドキしなければならなくなる。




「なに?…デートでもあんの?」


「そんなのないよっ!」



ムキになって否定して…つくづくバカだと自分で自分を持て余す。


デートでも彼氏でもいい。

私だって大人になって、あなたから卒業したと思わせたらいいのに。


「じゃあいいじゃん?…着く頃連絡するから」


バイバイ…と、こんな時は先に切る亜蘭。



いよいよ明日…亜蘭が来る。



…………


「…ゆり!慌ててどうしたの?」


大学の授業が終わって、あちこちに手を振りながら帰ろうとする私を呼び止めるうっちゃん。


「バイト?」


「ううん…そうじゃないんだけど…」


あんまり、亜蘭のことは話したくなかった。

ついこの間、お互いに兄がいると話したばかりのうっちゃんには…何故か、尚更。



「あー…彼氏できたでしょ?」


ショートボブの前髪をかきあげて、いたずらっぽい目が私をとらえる。


「そんなんじゃないよ…」


その時、携帯がメッセージの受信を知らせた。

私はうっちゃんに再び手を振り、そのまま足早に大学を出た。



「ゆり遅いぞー」




『着いたよ』というメッセージに『待って』という返信をして、急いでアパートの前に戻ってみれば。



メタリックな青い車から降りてくる亜蘭の姿が目の前にあった。



…今年は、お正月に会えなかった。

亜蘭は友達と年越しスノボに行ったとお母さんに聞いて、安堵と落胆を抱いたのはついこの間…


まさか、こんな風に会えるなんて…



「ゆり?お兄ちゃんに会えて、まさか感動してる?」



いたずらっぽく笑う笑顔は子供の頃から変わっていない。

なのにほんの少しの色気を感じてしまうのは、私の異常…



「…感動っていうか、元気そうで、良かったなぁって…」



異常を隠して近づけば、手を伸ばして私の頭に手を置く亜蘭。



「ゆりは相変わらず綺麗な髪だな。…ホントうらやましいわ」


亜蘭の薄茶色の髪を見上げる。

ゆるくウェーブしているのは、生まれつきのくせ毛。


スルリと髪を毛先まで撫でられて、「早く入れてよ」と催促する亜蘭から、少しだけ甘い香りがした。


ミントでもウッディでもない香りは、私の知らない亜蘭のこれまでの出来事を表しているみたいで、途端に落ち着かない気持ちになる。


私が実家を出て、会わなくなって…きっと亜蘭にはたくさんの出会いがあったんだろう。


多分…別れも。



「ゆり!これ軽いから持ってー」


「あ…うん」



渡された段ボールを受け取る時…亜蘭の指が触れた。



それだけでドキドキして…顔が熱くなる。さっき髪に触れられたのに。


髪は小さい頃から何度も触れられたから、少しは免疫ができてる。

でも手はだめ…


ジッと見つめられるのもだめ…


あぁ…3ヶ月。

嬉しくて怖い…





「…亜蘭はこっちの部屋使ってくれる?」


玄関のあるキッチンからまっすぐ伸びる2部屋。


亜蘭に奥の部屋を使ってもらおうと決めたのは、プライベートな空間に足を踏み入れちゃ悪いと思ったから。


家賃が安いから決めた古めかしい間取りの部屋は、真ん中の部屋を通らないと、出かけるのもお風呂もトイレも行けないようになっている。


お母さんと一緒に、引っ越しを手伝ってくれたから、それは知っているはず。




「…ベッドあるじゃん。ゆりの?」


「そう…だけど、亜蘭使って。シーツとか、全部新しくしたから」


「そうなの?別に同じのでいいのに…」


その先を…言わないで欲しかった…



「兄妹なんだから」



妹なのに、血が繋がってるのに、亜蘭に強く惹かれてる自分が…ひどく狂ってるって思い知らされる。


強く握りしめた私の拳には気づかず、亜蘭は柔らかい笑顔で続けた。



「ありがとな。…ゆり」


見上げた笑顔は、私の記憶よりさらに…魅惑的になってる。


「ううん…社会人になるんだもん。ちゃんと眠れないと、ツラいでしょ?」


ときめきを、笑顔で隠すことを覚えたよ。今、この瞬間。



「さすがゆり!…やっぱ可愛い!」


「ちょ…やめてよ…!」


両手で挟んだ頬をムニムニと揉みながら、優しい目線が近くにやってくる。


白い歯が眩しい笑顔を直視できなくて、やめてもらおうとその腕に手をかけた。




そのとたん、意外な言葉が飛んできて…私は至近距離の亜蘭と目を合わせた。


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