目次
ブックマーク
応援する
6
コメント
シェア
通報

兆し 第4話

「別に…そういうわけじゃないってば。予定が合わなかっただけで…」


本当は、なるべく亜蘭と会わないで、遠ざけて…私はこの歪んだ恋を葬り去ってしまいたかった。


好きでもない人とも、付き合った。


そのうち好きになる、なんて器用なことはできなくて…結局何も変わらなかったけど。



「まぁいいや!可愛がってやった兄貴に冷たくしてきた罰は、この3ヶ月の間にきっちり受けてもらうからな?」


「なにそれ…」と言う私の脇をすり抜け、車の荷物を運び出す亜蘭。




「…あの」



玄関を出たところで、見知った顔に出会って驚いた。



「…うっちゃん、どうして」


さっき大学で別れた友達が、段ボールを持つ亜蘭をジッと見て固まる。



「…友達?」


「…うん。大学の…」


亜蘭は視線をうっちゃんに移した。



「兄の亜蘭です。…ゆり…百合亜が仲良くしてもらって、どうも」


見上げれば、人懐っこい笑顔を浮かべている。

そんな顔を向けちゃ嫌だ…と、心の中の本音が湧き上がって困った。



「こ、こちらこそ…」


うっちゃんは一歩亜蘭に近寄って自己紹介を始める。


「私、鵜川美咲と言います。ゆりとは大学で知り合って、仲良くしてもらってて…」


…その表情を見てわかる。

もう亜蘭に魅了されてしまったと。





………………


高校生の頃、家に遊びに来た親友が、亜蘭に恋をした。


3歳違いの亜蘭は、私が高校に進学する頃には卒業していたけど、その眉目秀麗な姿は常に注目されていた。



「ねぇ!窪塚亜蘭って、ゆりのお兄さんってほんと?」


「うん…そうだよ」


そんなこと聞いてくると思わなかった。


親友の名前は河合千夏。

ポニーテールの髪を揺らして、いつも走り回っているような、活動的な女の子だった。


バスケ部に所属していた彼女は、レギュラーの座を先輩から奪ってしまうほど優秀。


それは毎朝の自主練が生んだ結果だと、私だけが知っていた。


明けても暮れてもバスケばかりの彼女の興味は、それだけだと思っていたんだ。

…私が、明けても暮れても亜蘭を思うように。


なのに千夏は、普通の女子高生だった。私が思うよりずっと。



「…かっこよすぎない?!見たことないよ…あんな人!」


卒業した亜蘭の噂が広まり、拝み倒されて家に招いてみれば、早速リビングのソファで寛ぐ亜蘭と出くわした。




千夏も…初めて亜蘭を前にした時は、今のうっちゃんみたいだったな。



頬を赤らめて、瞳を潤ませて…もっと見ていたい…もっと知りたいって、素直に訴えかけるような表情。


私が、必死に隠す表情。



千夏の方が、うっちゃんより日焼けしていた。

自主練のひとつとして、ジョギングしていたせいだ。





「俺のことは気にしないで上がって。…じゃなくて、遊びの誘いに来たのか…」


言い方があの頃と同じ。


千夏が約束もなく遊びに来た時も、同じように言って家に上げたよね。




「うん。でもちょっと、出てくるね」



…同じ過ちなんて繰り返したくないの。



「…え、あの…ゆり?」


私に腕を取られて歩き出すうっちゃん。明らかに残念そう。

ごめんね…亜蘭から引き離して。


通りまで出たところで、私はうっちゃんに笑顔を向けた。



「あとは自分でやってもらう。...ちょっと疲れたから、カフェでひと休み。付き合ってよ」


千夏の時は、そう言えなくて…


逆に自分の気持ちを消すために、2人の橋渡しをしようなんて思ってしまった。

あの頃を思い出して…胸が焼けるように痛んだ。



お兄さんと一緒に暮らすの…?と驚いた声を向けられたけど。


私はそれには答えず、過去の記憶をたどっていた。







……………


「ほんとありがと!亜蘭と…付き合う事になった!」


ポニーテールはほどかれ、自然にウェーブのついた髪を、肩下までさげるようになった千夏。


いつの間にか唇にほんのり色がついて…でも日焼けした肌だけは戻らなかったみたい。




…また、来てる。


かつての親友は、私ではなく、亜蘭に会いに来るようになった。




「…ちょ…っと…亜蘭…」




兄の部屋から聞こえる怪しい音に耳をふさぎ、洗面室へ行って手を洗った。


汚れてるような気がして…

学校で千夏に触れた自分の手が。


ハンドソープで何度も手を洗った。今、千夏に触れているであろう亜蘭の手に、私も触れられたいと熱望する想いを洗い流したい。


千夏の体を通して触れ合う自分と亜蘭…


気が、狂いそうだった。




「あ…ゆり」



乱れた髪と服を直しながら、階段を降りてきた千夏と鉢合わせた。


「…今、帰ってきたとこ?」



聞かれて…顔面蒼白になっているであろう顔を背けて、親友に嘘をつく。


「うん。…亜蘭は?」


「…寝てると思うよ」



わかってる。

親友は、おかしなことをしてるわけじゃない。

ただ…恋をしているだけだ。


おかしいのは私。

絶対に、私。


「ゆっくり、して行って。私、塾の荷物取りに来ただけだから」


「あ…うん」


リビングに置いてある参考書が入ったバッグを手に、制服のまま家を出た。


醜い嫉妬を隠すことに必死になった私は、明日笑顔で千夏の顔をみれるのかな。


…もし、今日亜蘭と何をしていたのか、聞かされることになったらどうしよう。


とても、冷静ではいられない。


だから私は決意した。

高校を卒業したら、すぐに家を出よう。


もう…亜蘭のそばにはいられない。


叶わない想いを、これ以上誰にも知られないように、隠しておくなんて無理…





「窪塚さんって…いつも泣きそうな顔してない?」


塾に行って、自習室で勉強しながら、今見た千夏を忘れようとした。


すると亜蘭とは違う、掠れた声の男子が私に声をかける。



この人は確か…


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?