「別に…そういうわけじゃないってば。予定が合わなかっただけで…」
本当は、なるべく亜蘭と会わないで、遠ざけて…私はこの歪んだ恋を葬り去ってしまいたかった。
好きでもない人とも、付き合った。
そのうち好きになる、なんて器用なことはできなくて…結局何も変わらなかったけど。
「まぁいいや!可愛がってやった兄貴に冷たくしてきた罰は、この3ヶ月の間にきっちり受けてもらうからな?」
「なにそれ…」と言う私の脇をすり抜け、車の荷物を運び出す亜蘭。
「…あの」
玄関を出たところで、見知った顔に出会って驚いた。
「…うっちゃん、どうして」
さっき大学で別れた友達が、段ボールを持つ亜蘭をジッと見て固まる。
「…友達?」
「…うん。大学の…」
亜蘭は視線をうっちゃんに移した。
「兄の亜蘭です。…ゆり…百合亜が仲良くしてもらって、どうも」
見上げれば、人懐っこい笑顔を浮かべている。
そんな顔を向けちゃ嫌だ…と、心の中の本音が湧き上がって困った。
「こ、こちらこそ…」
うっちゃんは一歩亜蘭に近寄って自己紹介を始める。
「私、鵜川美咲と言います。ゆりとは大学で知り合って、仲良くしてもらってて…」
…その表情を見てわかる。
もう亜蘭に魅了されてしまったと。
………………
高校生の頃、家に遊びに来た親友が、亜蘭に恋をした。
3歳違いの亜蘭は、私が高校に進学する頃には卒業していたけど、その眉目秀麗な姿は常に注目されていた。
「ねぇ!窪塚亜蘭って、ゆりのお兄さんってほんと?」
「うん…そうだよ」
そんなこと聞いてくると思わなかった。
親友の名前は河合千夏。
ポニーテールの髪を揺らして、いつも走り回っているような、活動的な女の子だった。
バスケ部に所属していた彼女は、レギュラーの座を先輩から奪ってしまうほど優秀。
それは毎朝の自主練が生んだ結果だと、私だけが知っていた。
明けても暮れてもバスケばかりの彼女の興味は、それだけだと思っていたんだ。
…私が、明けても暮れても亜蘭を思うように。
なのに千夏は、普通の女子高生だった。私が思うよりずっと。
「…かっこよすぎない?!見たことないよ…あんな人!」
卒業した亜蘭の噂が広まり、拝み倒されて家に招いてみれば、早速リビングのソファで寛ぐ亜蘭と出くわした。
千夏も…初めて亜蘭を前にした時は、今のうっちゃんみたいだったな。
頬を赤らめて、瞳を潤ませて…もっと見ていたい…もっと知りたいって、素直に訴えかけるような表情。
私が、必死に隠す表情。
千夏の方が、うっちゃんより日焼けしていた。
自主練のひとつとして、ジョギングしていたせいだ。
「俺のことは気にしないで上がって。…じゃなくて、遊びの誘いに来たのか…」
言い方があの頃と同じ。
千夏が約束もなく遊びに来た時も、同じように言って家に上げたよね。
「うん。でもちょっと、出てくるね」
…同じ過ちなんて繰り返したくないの。
「…え、あの…ゆり?」
私に腕を取られて歩き出すうっちゃん。明らかに残念そう。
ごめんね…亜蘭から引き離して。
通りまで出たところで、私はうっちゃんに笑顔を向けた。
「あとは自分でやってもらう。...ちょっと疲れたから、カフェでひと休み。付き合ってよ」
千夏の時は、そう言えなくて…
逆に自分の気持ちを消すために、2人の橋渡しをしようなんて思ってしまった。
あの頃を思い出して…胸が焼けるように痛んだ。
お兄さんと一緒に暮らすの…?と驚いた声を向けられたけど。
私はそれには答えず、過去の記憶をたどっていた。
……………
「ほんとありがと!亜蘭と…付き合う事になった!」
ポニーテールはほどかれ、自然にウェーブのついた髪を、肩下までさげるようになった千夏。
いつの間にか唇にほんのり色がついて…でも日焼けした肌だけは戻らなかったみたい。
…また、来てる。
かつての親友は、私ではなく、亜蘭に会いに来るようになった。
「…ちょ…っと…亜蘭…」
兄の部屋から聞こえる怪しい音に耳をふさぎ、洗面室へ行って手を洗った。
汚れてるような気がして…
学校で千夏に触れた自分の手が。
ハンドソープで何度も手を洗った。今、千夏に触れているであろう亜蘭の手に、私も触れられたいと熱望する想いを洗い流したい。
千夏の体を通して触れ合う自分と亜蘭…
気が、狂いそうだった。
「あ…ゆり」
乱れた髪と服を直しながら、階段を降りてきた千夏と鉢合わせた。
「…今、帰ってきたとこ?」
聞かれて…顔面蒼白になっているであろう顔を背けて、親友に嘘をつく。
「うん。…亜蘭は?」
「…寝てると思うよ」
わかってる。
親友は、おかしなことをしてるわけじゃない。
ただ…恋をしているだけだ。
おかしいのは私。
絶対に、私。
「ゆっくり、して行って。私、塾の荷物取りに来ただけだから」
「あ…うん」
リビングに置いてある参考書が入ったバッグを手に、制服のまま家を出た。
醜い嫉妬を隠すことに必死になった私は、明日笑顔で千夏の顔をみれるのかな。
…もし、今日亜蘭と何をしていたのか、聞かされることになったらどうしよう。
とても、冷静ではいられない。
だから私は決意した。
高校を卒業したら、すぐに家を出よう。
もう…亜蘭のそばにはいられない。
叶わない想いを、これ以上誰にも知られないように、隠しておくなんて無理…
「窪塚さんって…いつも泣きそうな顔してない?」
塾に行って、自習室で勉強しながら、今見た千夏を忘れようとした。
すると亜蘭とは違う、掠れた声の男子が私に声をかける。
この人は確か…