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兆し 第5話

「白鳥翔。あ、翔って書いて、カケルね。よろしく」


はてな顔で見つめる私に、翔はスラスラと自己紹介してきた。


青みがかった黒い髪は、前髪が目に入りそうなほど長い。

襟足がスッキリ短いところを見ると、わざと長くしているんだとわかる。



「なんで泣きそーな顔してんの?」


隣の席から、顔をのぞき込んでくる白鳥翔。



「全然…泣きませんけど?」


強めに睨んだのは、軽く威嚇しておこうかと思ったから。


私が弱いのは、亜蘭だけ。

男子には超塩対応だと、学校でも言われる。


「…面白い顔…!」


睨んだ顔を笑われたのは初めてだ。


千夏と亜蘭のことを思って塞いでいた気持ちが少し…晴れていくのを感じる。


同時に、たったこれだけのことで楽になれると知って、さっき決めた計画がどれほど有効かと思う。



………………


「ねぇっ!聞いてる?ゆりっ?!」


ハッとして顔を見れば、さっきより化粧が濃くなってるうっちゃんが目の前にいた。


「…ごめん。引っ越しの手伝いで疲れて、ボーっとしちゃった」


「それなら…私が代わりに手伝ってこようかなぁ…」


冗談とも取れないうっちゃんの表情に、心臓が嫌な音を鳴らす。


「…兄は、積極的な人はあんまりタイプじゃないよ?」


「…そうなの?」


「あと…人見知りするから、仲良くなるのは難しいと思う」


平気で嘘をつくなんて…自分が少しは小賢しい大人になったと思い知る。


そして千夏のことで懲りた思いが蘇る。



「…少しずつなら、仲良くなれるよね?」


「うーん…」


うっちゃんは見た目通り、欲しいものは奪いにいくタイプ。


逆に亜蘭は…


高校を卒業してすぐ、実家を出たからか…亜蘭の千夏以降の彼女を知らない。


だからすぐに答えられなかった。


「…もういいっ!ウザがられない程度に近寄ってみるわ!」


勝手に決めて、先にカフェを出たうっちゃん。…そっと行く方向を見守っていたけど、ちゃんと駅の方へ行くので安心した。





「…遊びに行ったんじゃなかったのか?」


アパートに帰ると、荷物の整理をしていた亜蘭が、意外そうな顔を向ける。


「今の子、うかわ…さん?ずいぶんゆりとタイプ違うな?」


「そう…かな」


さり気なく、亜蘭の服を一緒に畳む。…さっきと同じ、ほんのり甘い香水が香った。



「…あのさっ!亜蘭って…彼女いるの?」


うっちゃんが明らかに狙ってるから、思いついて聞いてみた。

本当はそんなこと知りたくないけど…考えたら聞けなくなるから、すんなり言葉にしてみる。



「あー…いないよ。ゆりは…?」


「え…?」


…聞き返されると思わなかった。


「私は…いないよ、そんな人」


だって、亜蘭に片思いしてるんだから。なんだかんだ8年も…。



「そっか。そりゃ寂しいな?!」


笑いながら言う顔は、ちょっとからかいが含まれてるのを感じる…


「別に?!…勉強とバイトでめっちゃ忙しいんで!…好きでもない人と会う時間なんてないの!」


「勉強とバイトといえば…高校の時、ゆりがいきなりバイトを始めるって聞いた時は驚いたな…」


「あの時は…」


あの時のことを話すつもりなんてないのに、つい、言ってしまった。


「あの時、なんだよ?」


いつの間にか畳む服もなくなり、だいたい片付いた部屋の中。


手持ちぶたさになったところで、亜蘭の強い視線にさらされ…焦る。


「…あの時も、結局何も教えてくれなかったよな」







………………


「バイトしてお金貯めて、大学入学をきっかけに、家を出たいんだ」


「…は?マジ?」


高1、夏の夏期講習。


授業を終えて帰る時は、いつの間にか隣に白鳥翔が並ぶようになった。


「勉強とバイトの両立?…え、家庭複雑?離婚系?」


「そういうんじゃない」


「…うちの塾来てるってことは、それなりの富裕層だろ。学校だってめっちゃ進学校じゃん。だいたいバイト禁止されてない?」


黙る私に、白鳥は前に回り込んで言った。


「…学校にバレないバイト情報、持ってますぜ?」


もちろん怪しくない、という言葉を信じて、私は白鳥の話を聞いてみることにした。





「ゆり…!何時だと思ってんの?」


玄関を開けると、そこに立ち尽くす亜蘭の姿。


「ご…ごめんなさい」


いつもの優しい目に、怒りと心配の色を浮かべてる…


「どこ行ってたの?…誰と一緒?」


「…塾の友達と、ちょっとお茶しながら、わかんないところ教えてもらってて…」


「わかんない者同士で教え合ったってしょうがないだろ。…俺に聞けよ」


「…」


まっすぐ私を見つめる亜蘭の顔が見れない。


…塾に行く前に、家に帰ってきて聞こえた妖しい物音を思い出してしまう。


千夏と触れ合っていたであろう亜蘭の部屋になんて…もう入れないよ。



「…わかったのか?ゆり?!」


再度言われて…私はつい涙をこぼしてしまった。


…堰き止めた感情が決壊すれば、後は雪崩のごとく…

生まれて初めての、悲しみとも悔しさとも苛立ちとも言える感情が溢れて、涙となって表現されてしまう。


「…ゆり…っ!」


しかも目の前に亜蘭。

…こんな涙、一番見られたくない人なのに。


「こ、今度は…あ、亜蘭に教えて…も、もらう」


必死に平気を装って、それだけ言って亜蘭の脇をすり抜ける。


「…ご飯は?…食べてないんだろ?」


「きょ、今日はいい。あし…明日食べる」


2階に駆け上がり、部屋のドアを閉め…そのままズルズルと座り込んで、泣いた。


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