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決意 第6話

「…家、でっかいね…」


「うち、大家族だからさ」


白鳥から聞いたバイトとは、彼の中3の妹の勉強を教えることだった。


今日はその初日で、最寄り駅まで白鳥に迎えに来てもらって、初めて家に来たところ。


白鳥の両親も、うちと同じく忙しい共働きらしく、平日はほとんど留守だという。


「でも話のわかる人たちだから。いろいろ詮索しないし金払いもいいよ」


その後、中1の双子の勉強も見ることになり…高校時代はずっと白鳥の妹達の家庭教師をさせてもらった。


話の通り何の詮索もなく、相場よりかなり高い授業料を払ってもらった私。




「大学入学と同時に、一人暮らしをしたいの」


高3になって進路の話をする時、バイトして貯めたお金を見せて、両親を説得することができた。





「…なんで?」


話し合いの結果、一人暮らしを認められ…ホッとして部屋に戻ると、ドアの前に亜蘭が立ってた。



「ここからじゃ、地味に遠いし…」


「そうじゃなくて。…なんで俺に直接話してくれなかったの?」


バイトをしていること、亜蘭にはちゃんと話してなかった。



「…それは」


うまく嘘をつけなくて、ただ…黙ってた。


「勉強しながらバイトして、学校もあって…朝ごはん食べながらウトウトして、俺がどれだけ心配したか…」


「ご…めん」


千夏と付き合うようになった2人の、怪しい物音なんてもう2度と聞きたくなかった。…だから家の中でも、なるべく顔を合わせないようにしていたの。


今だって顔なんかまともに見れないんだよ…?

こんなの、妹として変な態度だってわかってるけど…亜蘭の吸い込まれるような目を見たら、泣いちゃうから。




そして受験を終えた私は、希望していた大学に入り…実家を出た。








…………


「で?…なんでバイトまでして実家を出たかったわけ?」


ベッドに座った亜蘭は、あの日の続きみたいな会話を続ける。


立っている私と、そんなに目線が変わらなくて…

亜蘭の瞳の色に初めて気づいた。


「…大人に、なりたかったんだよ」


…嘘ではなかった。

仕送りはしてもらってたけど、バイトしながら大学で勉強して1人で暮らせば…人より早く大人になれる気がした。


大人になれば、人に言えない恋をしている自分を許せると思ったから。



「大人…?」



意外なことを言ったみたい。

亜蘭は少し眉をひそめ、私をわずかに見上げる。


一人暮らしをしたかった理由が、亜蘭と離れたいからだったなんて、言えるはずない。


大人になりたかった理由だって、正直に言えない。


何もかも、この手の中にかくして呑み込んで、誰にも見えないようにしてきた…


今もそうやって、なんとか生きてる。





「…それで、ゆりは大人になったの?」



次に何を言おうか迷う私に、亜蘭から再びクエスチョンが落ちた。


大人…という言葉を吐いた唇を、私は無意識に見つめてしまう。



「…どういう意味…?」


おずおず質問してみれば、魅惑的な唇の口角がわずかに上がる。


…見てはいけないような気がしたのは、どうしてだろう。


そのまま視線を上げると、私だけを映して欲しい目の奥に、知らない亜蘭を見た気がした。


ふいに…手が伸びてきた。


ベッドに座る亜蘭の前に立つ私に向かって。


…指先が、腕に触れる。




「…俺がウザかった?」


「…え?」


腕をなぞった指先は肩に届いて、そのまま手のひらの感触と共に重みが加わった。


そして…立ち上がった亜蘭。


私の脇をすり抜け、冷蔵庫からビールを取り出した。



「あ…!いつの間に…?」


「さっき。友達連れてどっか行ったから、その間にコンビニ行ってきた」




プシュっとプルタブを開ける亜蘭。

私はグラスを出そうと、ガラス棚を開けた。


「このままでいい」


手が止まって、亜蘭に視線を移せば…缶のままビールを飲み干す姿が目に映る。


…喉仏が大きく上下して、自分にはないそれに、違う生き物なんだと再確認すると、また…見てはいけないものを目にした気持ちになった。




「俺さ…いつまでもゆりを子供扱いして、遅くなれば心配して怒って、つい…面倒見ちゃってたじゃん?…だから、ウザかったかなぁ…って」


照れたように笑う亜蘭は、いつもの亜蘭だ。


「…亜蘭には、可愛がってもらって…すごく嬉しかった」


「そぅ?」


二重の瞳が弧を描く。

優しく目尻が下がる…

…笑うと少しシワが寄るようになったんだね。前よりずっと…素敵だよ、素敵な笑顔だよ。




亜蘭…大好きだよ…。




本当はずっと、子供でいたかった…亜蘭に守られて安心して眠れた子供でいれば、離れずにすんだ。


言葉にできない思いで胸を満たす。




「…じゃあ、この3ヶ月…とことんゆりを可愛がってやろうか?」


いたずらっぽく笑う亜蘭。


「可愛がるってさ、意地悪するとか痛めつける…みたいな意味で使われることあるよね?」


「…なにその深読み?!」


「…ちゃんと…可愛がってよ?」


少しだけ…

少しだけ身につけた、あざとい笑顔を向けてみる。


うっちゃんに教わった。

「男はこれでイチコロ…!」って言ってた笑顔。


ちゃんとできてるかな…



「…お?そんなふうに笑えるようになったのか?」


気付いてくれた…


と同時に、頭を引き寄せられて、その胸元に閉じ込められて焦る…



「めっちゃ可愛い!…俺の妹」



…甘い香りの中に、亜蘭だけの匂いが混じる…



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