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友達 第7話

「…最近ほんっと付き合い悪いよね?」


…捕まった、と内心で舌打ち。

うっちゃん、なぜか口調が攻撃的…


「うん…バイトもあるし」


「うそ。イケメンのお兄ちゃんが家で待ってるし、でしょ?」


「なん…でよ」


バイトは本当だった。

夕方から22時まで、最寄り駅の近くにある居酒屋。


忙しいピークに帰ることも多くて、申し訳ない時もあるけど…


「お疲れー…」


今日は白鳥も入る日だから、少しだけ気が楽。


「めっちゃ忙しい。…つくね、3番テーブル。冷トマ、12番テーブル」


「来た早々こき使うね。ゆりの居酒屋かよって話」


「いいから早く着替えて来てよ…」


白鳥の大学も都内にキャンパスがあり、その近くで一人暮らしをしている。


この店でバイトを始めたのは、私がやってるのを教えたのがきっかけだけど。


正直、もっと近くでバイトすればいいのにって思う。

…というか、白鳥なら塾講師とかの方が合う気がするけど。



「どうよ。イケメンのお兄ちゃんとの暮らしは」


「別に。ただ…いるだけだし」


それがとても大きい事実なんだけどね…と、言葉にしない思いを自分で読む。


サーバーから生ビールを注ぐ。

全部で3杯。

流れるような仕草でそれを客席に持って行く白鳥。


「帰り送ってくわ」


「え?」


ガラっと引き戸が開いてお客が入ってくる。

条件反射みたいな「いらっしゃいませ」を吐き出せば、ほんのり雨の匂いが鼻をかすめた。


「けっこう降るらしいで」


「いいよ別に。傘あるし」


「イケメンのお兄ちゃんに怒られるもん」


「…」


亜蘭に、1度だけ会った事がある白鳥。それ以来何度名前を教えても「イケメンのお兄ちゃん」と言う。







…………………


「3ヶ月だっけ?」


「ううん…あと2ヶ月半」


言葉通り私のアパートに向かう道を一緒に歩きながら、強めに吹く風が、お互いの声を消そうとした。



入社式も終わり、すでに会社に行き始めた亜蘭。


白鳥に居候する期間を聞かれて、改めてもう2週間も過ぎてしまったと胸が詰まった。




入社祝いにネクタイを贈った。

ネイビーのドット柄。


背が高くて細身の体にスーツはよく似合う。

毎朝眩しい思いでその姿を見つめていると、亜蘭はその一本しかないからと、毎日ドット柄を首に巻きつけた。


ふと…亜蘭の体を、心を…ネクタイで縛っている気がして、喜びが胸いっぱいに広がる。


もちろん…気づかれちゃいけない本音。




「あれ…」


白鳥がふいに前を指さした。



先を歩くカップル。

紺色のスーツを着た長身の男性と、ミディアム丈のフレアスカートの女性。


いつからいたんだろう。

傘が邪魔して見えなかったのかな。


瞬間、突風が吹いて…さしている折りたたみ傘が煽られたのは、前を歩く女性も一緒だった。



「…きゃぁ…っ!」


甲高い叫び声に覚えがあった。

…同時に、力が抜けて、私の手から折りたたみ傘がすり抜けた。



「…大丈夫?…しっかり持って」



声をかける男性は…亜蘭。



うっちゃんと…

どうして一緒にいるの?






「…ゆり?傘、飛んでっちゃったよ?」


こんな時でも慌てずに私を呼ぶ白鳥。


その声が聞こえたのか、亜蘭が振り返った。



「あ…っ!ゆりじゃん!今アパート行くところだったんだよ?」


誰よりもハイテンションのうっちゃんが、何も言わない亜蘭を押しのけて近づいてくる。



…誰だったかな。

私は女の子っぽくて子供っぽくて、反対にうっちゃんは大人の女って雰囲気だって言ったのは。


目の前のうっちゃんは、白いカーディガンを着て、後ろにリボンのついた春物のブーティを履いてる。


…髪はゆるやかに巻いて、ショートボブが可愛い。


「途中で亜蘭くんに会っちゃった!」


らしくない格好をしてニコっと笑う仕草…細い指が、亜蘭の腕にかかってる。



「ども、お久しぶりです」


白鳥が亜蘭に挨拶をすると、すでに気付いていたみたいに「あぁ…」と返事をした。


亜蘭が白鳥にそっけない理由は、私が高校時代にバイトをするきっかけを作った奴だと思われてるから。


「…まだ仲良くしてるんだ。…意外だな」


「…すいません」


なんとなく男性2人が並んで先を歩く格好になった。


あざと可愛い笑顔が見事にスルーされて、うっちゃんは私に腕を絡ませた。


「ねぇ…!亜蘭って何者?雨の中駅で待ち伏せしてたのに、挨拶だけして行こうとしたんだよ?」


「それは…」


私が介入する話ではない、と言おうとして…うっちゃんがとんでもない提案を口にした。


「ねぇねぇ!このままゆりの部屋で軽く乾杯しない?…亜蘭くんの入社祝いも兼ねて!」


全員が固まったことに気づかないのか気にしないのか…うっちゃんは近くのコンビニに私たちを誘った。



……………


「…ひとめぼれだったんです!」


ワインで顔を赤くしたうっちゃんが、あからさまに亜蘭にしなだれかかる。


細いのに豊満な胸が、亜蘭の腕に押し付けられるのを目にして、怪しい物音を聞いた高校時代を思い出した。



「…もう酔っちゃった…ねぇ、今日泊まっていい?」


うっちゃんが私に赤い顔を向ける。


いいよ…なんて言ったら、拝み倒されて私は部屋を追い出されるだろう。


食われるのを待つより、食いに行くタイプだと知ってる私が、そんなことさせるはずない。



「悪いけど…亜蘭は明日も仕事だから」


もう帰って…という意味。




「…じゃあ、駅まで送って行ってあげるから。帰ろうか」


亜蘭がそう言って席を立ったのを、能面のように表情を消して見上げた。


どうして、そんな優しい事を言うの…


「…ホント?嬉しい…!」


両手を胸の前で組んで、亜蘭を至近距離で見上げるうっちゃん。

チラッと…私に意味深な視線を送ることも忘れない。



上着を取りに行った亜蘭を、しつこく目で追ってしまう。

そんな私を、白鳥がジッと見ていたなんて、気づかなかった。



「じゃ俺も、明日1限から授業だから行くわ」


「…あ、うん」


亜蘭がうっちゃんの腕を取って支えながら…3人は玄関を出ていった。


彼女のことだから、白鳥を言いくるめて亜蘭と2人きりになるに違いない。


そしたらきっと、連絡先を交換して…2人だけで会う約束を取り付けるだろう。


…もしかしたら、亜蘭との3ヶ月は…うっちゃんに奪われるかもしれないと…思った。


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