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変化 第9話

嘘…………



心臓が、やけに早い鼓動を刻む。

ドクンドクンと…こめかみまで、痛む。



「そうなんだ」


私の代わりに答える白鳥。


いつの間にか、肩を抱かれてた。

そうしないと立っていられそうになかったのかな。


…おかしいな…




「俺たちも、付き合うことになったから」


白鳥が突然そんなことを言うから、思わずその顔を見上げる。


意外とその顔は私より高いところにあって…肩を抱く腕がしっかりしていることに気づく。



…あとのやり取りは、あまり覚えてない。


ただ、心の伴わない笑顔を貼り付けて、可愛い妹を演じていたように思う。



だめだ…このままじゃ。

張り詰めた糸が切れてしまう…


今まで必死に堰き止めていた思いが、溢れ出してしまう…




「…亜蘭、私…私ね」


亜蘭と2人でアパートに帰って。


何も考えられなくなった。

…自分の気持ちを伝えたら、どうなるのか。


でも言わずにはいられない。

もう…千夏の時みたいに自分の気持ちを隠すことができない。



…それほど私は、亜蘭を愛していた。



「明日、温泉でゆっくり話そう」


「…え?」


「俺も、ゆりに話したい事がある」


私を落ち着けるように布団に寝かせて…そのすぐ横の床に寝転ぶ亜蘭。



「目を閉じて。…何も考えずに」


…布団の上から、私の背中をトン、トン…と、リズミカルに叩く。


子供の頃…暴風雨が怖くて眠れない時、こんな風に寝かせてくれたことを思い出した。




私は…いつまでたっても妹なの?





「少し早いけど、行こうか」


亜蘭はまだぼんやりする私の髪を整え、洗面室に連れて行った。


「顔、洗って」


言われるまま洗うと、自分の方に私を向け「化粧なんて必要ない…」と言って…


パジャマを脱がせようとした。


「…じ、自分で着替えられるから」


「そう…?」


今までと…違う気がした。

亜蘭の中の、何かが変わった気がする。





連れて行ってくれたのは、客室から海が一望できる、風情ある温泉旅館だった。


案内してくれた仲居さんに「奥さま」と呼ばれ、ハッとした。



「浴衣はサイズを取りそろえております。柄もいろいろございますので、なんなりとお申し付けください」



はい…と返事をしながら、私は今日…亜蘭と同じ部屋で眠るのだと悟った。




「うっちゃんは…心を病んでしまったみたいだな」



亜蘭は昨日何があったのか話してくれた。


「はじめから、支離滅裂だったよ。とにかく俺のことが好きで、頭から離れないと、そんなことばかり言ってた」


とりあえずわかったと、気持ちを受け入れたのは、話が進まないと思ったからだと亜蘭は言う。

そして、好意を持ってくれたお礼だけを伝えたらしい。


「そしたらそれを勝手に、付き合うことになったと脳内変換してて。様子を見ながら否定したけど、聞こえてないみたいでさ」


「うっちゃん、どうしてそんな風に…」


「わからない。ただ…前に駅で待ち伏せされた時から変だな、とは思ってた」


バイト帰りに白鳥が送ってくれて、鉢合わせた雨の夜のこと…


私の友達だから、邪険にはしなかったけど…と続ける亜蘭。


…そこまで話したところで、仲居さんが食事の用意にやって来た。


美しく盛られた懐石料理が、ところ狭しとテーブルに並ぶのをぼんやり見ながら、あの夜送って行った亜蘭とうっちゃんに何があったのか考える。


「食べながら話そう」


不穏な話のわりに、私たちはどこか浮かれていた。


そんな自分たちに背徳感を抱きながら、食べ進める美しい人を見つめる。



…亜蘭はどちらかというと、お酒好きだと思う。

私の前では乱れるほど酔ったことはないけど、内心そんな無防備な姿を見てみたいと…思っていた。


でもどうしてだろう。

今日はお酒を飲まない。


冷蔵庫に冷酒が冷えてるのを見て、喜んでたのに…




「うっちゃんを好意的に見ることはない、って伝えた」


食べながら、言葉少なく言う亜蘭。


うっちゃんと白鳥がアパートにやってきて、送って行った夜のことだという。


「彼女がおかしくなったのは、それが原因なのかもしれない」


…そうだとして。

どうしてあの夜、あんなに帰りが遅かったのか…知りたいと思った。




「もう2度と、嫌だったんだよ。自分の気持ちに嘘をつくのは」



知りたいこととは違う、重要なことを言われた気がする。


自分の気持ちに嘘をつきたくない…

それは、私が何度も思ってきたこと。


そのたびに、仕方ないと蓋をして、見ないふりをしてきた。


だって私たちは、兄妹だから。






「…俺は」



熱っぽい視線が私をとらえて、まさかそんな事が…と、淡い期待が湧き上がるのを止められずに続きを待つ。




「ずっとゆりのことだけが、好きだったんだ」


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