嘘…………
心臓が、やけに早い鼓動を刻む。
ドクンドクンと…こめかみまで、痛む。
「そうなんだ」
私の代わりに答える白鳥。
いつの間にか、肩を抱かれてた。
そうしないと立っていられそうになかったのかな。
…おかしいな…
「俺たちも、付き合うことになったから」
白鳥が突然そんなことを言うから、思わずその顔を見上げる。
意外とその顔は私より高いところにあって…肩を抱く腕がしっかりしていることに気づく。
…あとのやり取りは、あまり覚えてない。
ただ、心の伴わない笑顔を貼り付けて、可愛い妹を演じていたように思う。
だめだ…このままじゃ。
張り詰めた糸が切れてしまう…
今まで必死に堰き止めていた思いが、溢れ出してしまう…
「…亜蘭、私…私ね」
亜蘭と2人でアパートに帰って。
何も考えられなくなった。
…自分の気持ちを伝えたら、どうなるのか。
でも言わずにはいられない。
もう…千夏の時みたいに自分の気持ちを隠すことができない。
…それほど私は、亜蘭を愛していた。
「明日、温泉でゆっくり話そう」
「…え?」
「俺も、ゆりに話したい事がある」
私を落ち着けるように布団に寝かせて…そのすぐ横の床に寝転ぶ亜蘭。
「目を閉じて。…何も考えずに」
…布団の上から、私の背中をトン、トン…と、リズミカルに叩く。
子供の頃…暴風雨が怖くて眠れない時、こんな風に寝かせてくれたことを思い出した。
私は…いつまでたっても妹なの?
「少し早いけど、行こうか」
亜蘭はまだぼんやりする私の髪を整え、洗面室に連れて行った。
「顔、洗って」
言われるまま洗うと、自分の方に私を向け「化粧なんて必要ない…」と言って…
パジャマを脱がせようとした。
「…じ、自分で着替えられるから」
「そう…?」
今までと…違う気がした。
亜蘭の中の、何かが変わった気がする。
連れて行ってくれたのは、客室から海が一望できる、風情ある温泉旅館だった。
案内してくれた仲居さんに「奥さま」と呼ばれ、ハッとした。
「浴衣はサイズを取りそろえております。柄もいろいろございますので、なんなりとお申し付けください」
はい…と返事をしながら、私は今日…亜蘭と同じ部屋で眠るのだと悟った。
「うっちゃんは…心を病んでしまったみたいだな」
亜蘭は昨日何があったのか話してくれた。
「はじめから、支離滅裂だったよ。とにかく俺のことが好きで、頭から離れないと、そんなことばかり言ってた」
とりあえずわかったと、気持ちを受け入れたのは、話が進まないと思ったからだと亜蘭は言う。
そして、好意を持ってくれたお礼だけを伝えたらしい。
「そしたらそれを勝手に、付き合うことになったと脳内変換してて。様子を見ながら否定したけど、聞こえてないみたいでさ」
「うっちゃん、どうしてそんな風に…」
「わからない。ただ…前に駅で待ち伏せされた時から変だな、とは思ってた」
バイト帰りに白鳥が送ってくれて、鉢合わせた雨の夜のこと…
私の友達だから、邪険にはしなかったけど…と続ける亜蘭。
…そこまで話したところで、仲居さんが食事の用意にやって来た。
美しく盛られた懐石料理が、ところ狭しとテーブルに並ぶのをぼんやり見ながら、あの夜送って行った亜蘭とうっちゃんに何があったのか考える。
「食べながら話そう」
不穏な話のわりに、私たちはどこか浮かれていた。
そんな自分たちに背徳感を抱きながら、食べ進める美しい人を見つめる。
…亜蘭はどちらかというと、お酒好きだと思う。
私の前では乱れるほど酔ったことはないけど、内心そんな無防備な姿を見てみたいと…思っていた。
でもどうしてだろう。
今日はお酒を飲まない。
冷蔵庫に冷酒が冷えてるのを見て、喜んでたのに…
「うっちゃんを好意的に見ることはない、って伝えた」
食べながら、言葉少なく言う亜蘭。
うっちゃんと白鳥がアパートにやってきて、送って行った夜のことだという。
「彼女がおかしくなったのは、それが原因なのかもしれない」
…そうだとして。
どうしてあの夜、あんなに帰りが遅かったのか…知りたいと思った。
「もう2度と、嫌だったんだよ。自分の気持ちに嘘をつくのは」
知りたいこととは違う、重要なことを言われた気がする。
自分の気持ちに嘘をつきたくない…
それは、私が何度も思ってきたこと。
そのたびに、仕方ないと蓋をして、見ないふりをしてきた。
だって私たちは、兄妹だから。
「…俺は」
熱っぽい視線が私をとらえて、まさかそんな事が…と、淡い期待が湧き上がるのを止められずに続きを待つ。
「ずっとゆりのことだけが、好きだったんだ」