伏し目がちだった視線を上げ、しっかり目の前のゆりを見た。
いつの間にか大きくなって、美しくなって…耐えられないほどの色香を漂わせている…
俺の愛しい妹…ゆり。
「酒…飲んでもいい?」
告白するまでは飲まないって決めてた。酔った勢いとは思われたくなかったから。
「あ…うん、持ってくる…」
薄い紫の地に、大小さまざまな花火が描かれた浴衣。
温泉から出てきて一目見て…その愛らしさに拳を握った。
「ごめんな…こんな告白」
戸惑うに決まってる。
だって俺は兄だ。
なのに、目の前でフルフルと首を振るゆり。
「そんなことない…私だって…」
…ゆりの方から近づかれ、俺が距離を離せると思うか。
「ずっと好きだった!…亜蘭だけしか好きになれなくて…ずっと苦しくて…私だって…」
ゆりの細い指が、俺の浴衣のたもとを握る。
俺はその手を、両手でくるんだ。
…触れていいのは、ここまで。
わかってる。そんなこと…
「…白鳥のことは…」
「…え?」
ズルい。
…俺は本当にズルい奴なんだ。
あいつに、あんな風に言わせたのは俺なのに、何も知らないゆりは…必死に言葉を探している。
「わかんない…白鳥が私と付き合うとか、そんな話したことない!友達ではあるけど…好きだなんて思ったことない!私は…亜蘭…亜蘭の事が」
俺の手にくるまれた手を離して、頬に触れてきた。
右…そして左。
両手で頬を挟まれ、熱っぽい目で見つめられたら、それから何が始まるのか…わかりきってる。
「…いいの?」
「いいの!…したいの。したかったの!ずっとずっと…」
密かに心のなかで滾るマグマのような烈情を必死に押し込み、柔らかい唇を受け止めた…
感じた事のない高揚感と幸福…そして湧き上がるものは、出口を探して突き上げる。
これが、男の愛なんだと認めた時は…もう歯止めが利かなくなっていた。
押し倒し、抱きしめ…唇を何度も重ねる。
妹に…俺は妹に、感じてはいけない熱を向け、突き立てた。
「亜蘭…好き、大好き…亜蘭…」
泣きながら、身悶えながら…素直な心を吐くゆりの体は、シーツに溶けてしまいそうなほど同じ白。
傷つけたくないのに、俺が愛するということは、傷つけるのと同じこと…
それでも俺たちは、触れ合うのをやめなかった。
心が突き動かすままに、唇を重ね、体を重ねる。
「愛してる…ゆり」
いつの間にか俺たちの頬は、同じ色の涙で濡れていた…
…控えめなコール音が鳴って、我に返った。
気づくと、俺の下で頬を上気させているゆり。
お食事はお済みでしょうか…と、現実に戻される。
「はい…お願いします」
助かった…と、少し思った。
ゆりを、壊さなくてすんだから。
布団の上にゆりを残して…片付けに来た仲居を俺1人で迎えた。
手早く皿を下げていく様子をぼんやり見つめながら…
うっちゃんを送っていった夜のことを思い出していた。
あの日俺は…白鳥と話していて遅くなった。
はじめはどういうつもりで、ゆりのそばをうろついているのかと…あからさまな敵意を向けた。
「好きです…ゆりのこと」
白鳥は何の迷いもなく言う。
嫉妬が胸に広がって苦しくなった。
ゆりが…好き
俺はこれまで、何度その言葉を呑み込んできたか。
ゆりは幼い頃から俺を信頼し、甘えてくれた。
だからこそ、自分の歪んだ愛で汚している気がして辛かった。
子供から少女になり、女の子になった頃、そんなゆりから初めて…強い拒絶を受けた気がした出来事。
河合千夏という同級生と、付き合ってみたらと勧められたんだ。
奈落の底に突き落とされるほどのショックを受けると同時に、俺の気持ちに気づかれているのかと…不安になった。
…歪んだ愛を向ける俺に、恐怖を抱いているのか。
それなら…早く払拭したい。
河合千夏との交際をOKしたのは、そんな背景があったからだ。
…彼女は、年頃の好奇心を強く持った子だった。
ゆりの留守に遊びに来て、部屋に上げてやれば、制服のブラウスをたくし上げ、下着に包まれた胸を見せてきた。
俺がはじめに思ったのは…
ゆりの体も、こんなふうに成長しているのか、ということ。
そんな興味で手を伸ばすと、千夏は俺の名前を呼びながらよがる。
…ゆりの声じゃない。
心はすぐに冷めていった。
その頃から、ゆりの様子がおかしくなって、家で顔を合わせる事が格段に減った。
俺の関心は常にゆりで…後ろ姿を必ず目で追い、心に焼き付けた。
妹に向ける愛ではないことはとっくに気付いていたけど…止める方法も、誰かに打ち明けることもできない日々。
…悲しみはある日突然訪れた。
ゆりが、この家を出ていく…。
理由を聞かなないではいられなかった。むしろ…俺のせいだと言われたかったのかもしれない。
気持ち悪い目で見ないでと…異常な愛を向けないでと、言われた方がマシだった。
しかも、俺の知らない男に送られて帰ってくる。
その男は言った。
ゆりのことが好きだと。
ゆりが引っ越してから、アプローチをかけてきた女たちと付き合いだした。
1人じゃなく、複数人。
誘われたら考えずにOKした。
それは、満たされるようなものではなかった。
自分が削り取られるような行為…
快感など一瞬で…冷たい氷のように冷えていく行為。
そんな時、あいつに再会した。
白鳥翔。
初めて会った時と同じ温度でゆりのことが好きだと言いながら…
「でもゆりは、イケメンのお兄ちゃんのことが好きみたいです」
俺は初めてあいつの目をまともに見た。
「片付け…終わった?」
恥ずかしがって、布団が敷かれている部屋に隠れていたゆりが、おずおずと出てきた。
「うん。…大丈夫だから、おいで」
冷蔵庫から冷酒を出して飲んでいた。
「…亜蘭が酔ったところ、見たいな」
「ん?別に面白くないぞ?」
「それでも見たい…ね、酔ってみて」
俺たちの間に、遮るものは完全になくなっていた。
片膝にゆりを座らせて、冷酒を煽る。
時折口移しで飲ませながら…ゆりの頬が上気していくのを唇で感じた。
「…酔っちゃったよ」
そう言って俺の胸に体を預け、目を閉じたゆり。
規則的な寝息が聞こえて、たまらず愛しくなって…冷酒がこぼれるのも構わず、抱きしめた。
このまま、ずっとこうしていられたら…
とめどなく流れる涙を、薄紫の浴衣が拭う。
…こんな大事なことを、今言ってごめん。
「ゆり…俺はもうすぐいなくなる」
後のことはすべて、白鳥に任せてあるから…。