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第10話Side.亜蘭

伏し目がちだった視線を上げ、しっかり目の前のゆりを見た。


いつの間にか大きくなって、美しくなって…耐えられないほどの色香を漂わせている…


俺の愛しい妹…ゆり。



「酒…飲んでもいい?」


告白するまでは飲まないって決めてた。酔った勢いとは思われたくなかったから。


「あ…うん、持ってくる…」


薄い紫の地に、大小さまざまな花火が描かれた浴衣。


温泉から出てきて一目見て…その愛らしさに拳を握った。



「ごめんな…こんな告白」



戸惑うに決まってる。

だって俺は兄だ。


なのに、目の前でフルフルと首を振るゆり。



「そんなことない…私だって…」


…ゆりの方から近づかれ、俺が距離を離せると思うか。



「ずっと好きだった!…亜蘭だけしか好きになれなくて…ずっと苦しくて…私だって…」


ゆりの細い指が、俺の浴衣のたもとを握る。

俺はその手を、両手でくるんだ。


…触れていいのは、ここまで。

わかってる。そんなこと…



「…白鳥のことは…」


「…え?」



ズルい。

…俺は本当にズルい奴なんだ。



あいつに、あんな風に言わせたのは俺なのに、何も知らないゆりは…必死に言葉を探している。



「わかんない…白鳥が私と付き合うとか、そんな話したことない!友達ではあるけど…好きだなんて思ったことない!私は…亜蘭…亜蘭の事が」


俺の手にくるまれた手を離して、頬に触れてきた。

右…そして左。


両手で頬を挟まれ、熱っぽい目で見つめられたら、それから何が始まるのか…わかりきってる。



「…いいの?」


「いいの!…したいの。したかったの!ずっとずっと…」


密かに心のなかで滾るマグマのような烈情を必死に押し込み、柔らかい唇を受け止めた…



感じた事のない高揚感と幸福…そして湧き上がるものは、出口を探して突き上げる。



これが、男の愛なんだと認めた時は…もう歯止めが利かなくなっていた。


押し倒し、抱きしめ…唇を何度も重ねる。




妹に…俺は妹に、感じてはいけない熱を向け、突き立てた。





「亜蘭…好き、大好き…亜蘭…」


泣きながら、身悶えながら…素直な心を吐くゆりの体は、シーツに溶けてしまいそうなほど同じ白。


傷つけたくないのに、俺が愛するということは、傷つけるのと同じこと…


それでも俺たちは、触れ合うのをやめなかった。


心が突き動かすままに、唇を重ね、体を重ねる。



「愛してる…ゆり」


いつの間にか俺たちの頬は、同じ色の涙で濡れていた…






…控えめなコール音が鳴って、我に返った。


気づくと、俺の下で頬を上気させているゆり。



お食事はお済みでしょうか…と、現実に戻される。


「はい…お願いします」


助かった…と、少し思った。

ゆりを、壊さなくてすんだから。




布団の上にゆりを残して…片付けに来た仲居を俺1人で迎えた。


手早く皿を下げていく様子をぼんやり見つめながら…

うっちゃんを送っていった夜のことを思い出していた。



あの日俺は…白鳥と話していて遅くなった。


はじめはどういうつもりで、ゆりのそばをうろついているのかと…あからさまな敵意を向けた。



「好きです…ゆりのこと」


白鳥は何の迷いもなく言う。

嫉妬が胸に広がって苦しくなった。


ゆりが…好き

俺はこれまで、何度その言葉を呑み込んできたか。


ゆりは幼い頃から俺を信頼し、甘えてくれた。

だからこそ、自分の歪んだ愛で汚している気がして辛かった。


子供から少女になり、女の子になった頃、そんなゆりから初めて…強い拒絶を受けた気がした出来事。


河合千夏という同級生と、付き合ってみたらと勧められたんだ。


奈落の底に突き落とされるほどのショックを受けると同時に、俺の気持ちに気づかれているのかと…不安になった。


…歪んだ愛を向ける俺に、恐怖を抱いているのか。

それなら…早く払拭したい。


河合千夏との交際をOKしたのは、そんな背景があったからだ。



…彼女は、年頃の好奇心を強く持った子だった。


ゆりの留守に遊びに来て、部屋に上げてやれば、制服のブラウスをたくし上げ、下着に包まれた胸を見せてきた。


俺がはじめに思ったのは…

ゆりの体も、こんなふうに成長しているのか、ということ。


そんな興味で手を伸ばすと、千夏は俺の名前を呼びながらよがる。


…ゆりの声じゃない。

心はすぐに冷めていった。



その頃から、ゆりの様子がおかしくなって、家で顔を合わせる事が格段に減った。


俺の関心は常にゆりで…後ろ姿を必ず目で追い、心に焼き付けた。


妹に向ける愛ではないことはとっくに気付いていたけど…止める方法も、誰かに打ち明けることもできない日々。


…悲しみはある日突然訪れた。



ゆりが、この家を出ていく…。



理由を聞かなないではいられなかった。むしろ…俺のせいだと言われたかったのかもしれない。


気持ち悪い目で見ないでと…異常な愛を向けないでと、言われた方がマシだった。


しかも、俺の知らない男に送られて帰ってくる。


その男は言った。

ゆりのことが好きだと。




ゆりが引っ越してから、アプローチをかけてきた女たちと付き合いだした。


1人じゃなく、複数人。

誘われたら考えずにOKした。


それは、満たされるようなものではなかった。

自分が削り取られるような行為…

快感など一瞬で…冷たい氷のように冷えていく行為。



そんな時、あいつに再会した。

白鳥翔。


初めて会った時と同じ温度でゆりのことが好きだと言いながら…


「でもゆりは、イケメンのお兄ちゃんのことが好きみたいです」


俺は初めてあいつの目をまともに見た。






「片付け…終わった?」


恥ずかしがって、布団が敷かれている部屋に隠れていたゆりが、おずおずと出てきた。



「うん。…大丈夫だから、おいで」


冷蔵庫から冷酒を出して飲んでいた。


「…亜蘭が酔ったところ、見たいな」


「ん?別に面白くないぞ?」


「それでも見たい…ね、酔ってみて」



俺たちの間に、遮るものは完全になくなっていた。


片膝にゆりを座らせて、冷酒を煽る。


時折口移しで飲ませながら…ゆりの頬が上気していくのを唇で感じた。


「…酔っちゃったよ」


そう言って俺の胸に体を預け、目を閉じたゆり。


規則的な寝息が聞こえて、たまらず愛しくなって…冷酒がこぼれるのも構わず、抱きしめた。



このまま、ずっとこうしていられたら…


とめどなく流れる涙を、薄紫の浴衣が拭う。



…こんな大事なことを、今言ってごめん。




「ゆり…俺はもうすぐいなくなる」




後のことはすべて、白鳥に任せてあるから…。


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