「じゃ、行ってくる」
紺色のスーツを着た亜蘭。
振り返って私を見る姿にまた…息を呑む。
「いってらっしゃい。帰りは、あさってだよね」
言っていた通り、翌月から出張が増えた亜蘭。
今日も朝から新幹線に乗って地方の支社へ行くらしい。
革靴を履いて、振り向く亜蘭。
胸元を飾る、ドット柄のネクタイが目に入った。
出張に連れて行ってもらえるなんて羨ましい…私はたまらず亜蘭に抱きつく。
もう、隠す必要がなくなった気持ちを…全身で表した。
「…どうした?ゆりは相変わらず、甘えん坊だな」
私に抱きつかれて少し体を折る亜蘭。腰のあたりを抱きしめ、そのまま抱き上げた。
「…嫌だこんなの…子供みたいじゃない?!」
「可愛いからしょうがない…」
甘ったるい顔をして、深く口づけてくれる亜蘭…
兄妹なのに…という思いを、お互いに見えないところに隠して、私たちの愛は育まれる。
それほど、私たちはお互いを思っていた。長い年月…ひた隠して…苦しんで…自分を責めたぶん、強く。
だから、誰にも理解してもらえなくてよかった。
結婚というわかりやすい約束でお互いを縛る事は出来なくても、私たちにはそんなものなど必要ないくらい、結ばれていると信じていた。
「今日、雨が降るんだって」
テレビで流れる天気予報が、今日の空模様を伝えるのを聞いて…私はそのまま言葉にする。
答えるのは…ハンガーに吊るされたスーツ。
ゆらりと、風に煽られたそれは、返事をしてくれたように見えた。
亜蘭は、あの日を最後に、帰ってこない。
「ゆり…」
玄関先で声がする。
「亜蘭…?遅いよ…もう、何やってたの」
ゆるやかにウェーブする薄茶色の髪、薄い色素の瞳。
紺色のスーツを着て、ドット柄のネクタイをしたその人は、少し掠れた声で言う。
「ゆり…ただいま」