目次
ブックマーク
応援する
9
コメント
シェア
通報

誰 第11話

「じゃ、行ってくる」


紺色のスーツを着た亜蘭。

振り返って私を見る姿にまた…息を呑む。


「いってらっしゃい。帰りは、あさってだよね」


言っていた通り、翌月から出張が増えた亜蘭。


今日も朝から新幹線に乗って地方の支社へ行くらしい。


革靴を履いて、振り向く亜蘭。

胸元を飾る、ドット柄のネクタイが目に入った。


出張に連れて行ってもらえるなんて羨ましい…私はたまらず亜蘭に抱きつく。



もう、隠す必要がなくなった気持ちを…全身で表した。



「…どうした?ゆりは相変わらず、甘えん坊だな」


私に抱きつかれて少し体を折る亜蘭。腰のあたりを抱きしめ、そのまま抱き上げた。



「…嫌だこんなの…子供みたいじゃない?!」


「可愛いからしょうがない…」



甘ったるい顔をして、深く口づけてくれる亜蘭…


兄妹なのに…という思いを、お互いに見えないところに隠して、私たちの愛は育まれる。


それほど、私たちはお互いを思っていた。長い年月…ひた隠して…苦しんで…自分を責めたぶん、強く。


だから、誰にも理解してもらえなくてよかった。


結婚というわかりやすい約束でお互いを縛る事は出来なくても、私たちにはそんなものなど必要ないくらい、結ばれていると信じていた。







「今日、雨が降るんだって」




テレビで流れる天気予報が、今日の空模様を伝えるのを聞いて…私はそのまま言葉にする。



答えるのは…ハンガーに吊るされたスーツ。


ゆらりと、風に煽られたそれは、返事をしてくれたように見えた。







亜蘭は、あの日を最後に、帰ってこない。












「ゆり…」


玄関先で声がする。



「亜蘭…?遅いよ…もう、何やってたの」


ゆるやかにウェーブする薄茶色の髪、薄い色素の瞳。


紺色のスーツを着て、ドット柄のネクタイをしたその人は、少し掠れた声で言う。


「ゆり…ただいま」


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?