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第12話Side.白鳥

俺の目を見ているはずなのに、何も映していないその目を、穴があくほど見つめた。



「ゆり…俺は、誰?」


「…亜蘭」


「うん。それでいいよ」



本当にこれで良かったのかと、思わないわけではない。


でも、あの人は俺に託したんだ。




「海外事業部に配属が決まってる」


ゆりを抜きにして会うのは3度目か、4度目か。


亜蘭は俺を信用した。

実の妹であるゆりを…愛していると告白して。


「ずっと、海外で暮らすつもりだ。2度と、ゆりの前に姿を見せない」


その代わり、長年の思いを伝えたいと言う。


たとえそれが、歪んだ愛でも…本気で愛していたことを伝えたいと、俺に打ち明ける。


「ゆりは、多分イケメンのお兄ちゃんのこと、好きですよ」


「…それは」


信じられないと、そんな事があるはずないと、表情が物語る。


男の俺から見ても、美しい人だと見とれてしまうのに…

苦しげな瞳は、確かにゆりへの思いであふれていた。


亜蘭がゆりに持ちかけた、配属先が決まるまでの3ヶ月の同居…というのは表向きの話だ。


本当は海外へ発つ前に、ゆりとの時間が欲しいと、亜蘭が熱望したから。


俺はすべてを、知っていた。


高校時代、妹たちに勉強を教えるバイトを終えたゆりを送って、偶然鉢合わせた亜蘭と会ってから。


敵対心と猜疑心の塊。

俺のことは何もかも気に入らないと思っているのが伝わる。



「ゆりをどう思ってるんだ?」


「好きですよ」


もちろん、女の子として。

素直に答えたまでだ。



2度目に会ったのも、同じシチュエーション。

うちでのバイトが終わって家まで送って、来た道を帰ろうとした途中、声をかけられた。


ゆりは何も言わなかったけど、心に秘めた思いを隠しているのはわかっていた。その矢印が、亜蘭に向かっているのも、勘のいい俺には伝わっていたんだ。


何か言いたそうな亜蘭に、俺から言ってやった。


「俺はまだまだゆりのことは好きですよ。でもあの子は、イケメンのお兄ちゃんのことが…」


「もういい。俺たちのことに口を挟むな」


途中で遮ったのは、どんな心境か。

俺も…何度も煽るようなことを言ったのは何故だったのか。


ゆりを好きなのは本当だったのに。



亜蘭と一緒に暮らすようになって、明らかに変わっていくゆりは…眩しかった。


うっちゃん…という女の子が入ってきたのは想定外だったけど、それ以外は俺のお見立て通り。


やっぱり…2人は結ばれた。


悔しさも苛立ちもなかった。

逆に…2人とも長年隠し続けてきた思いを伝えあって、許されない恋を貪りあえて、良かったと思う。



「…亜蘭」


トロリとした目を向けるゆり。

俺は本当は、白鳥だというのに。


ゆりをこの手に抱きながら、俺は亜蘭の口調を真似る。


「ゆり…愛してるよ」


真似るのは口調だけではない。

髪色も、香りも…目の色だってカラコンで変えた。


俺を白鳥として、愛さなくてもいい。

だって無理だろうから。

ゆりの心から亜蘭を排除するのは。


俺は…亜蘭になり変わってでも、君の愛が欲しかった。


潤んだ目を向けるゆりに口づけて、その細い体を抱きしめた。



何もいらない。

この子だけいれば。


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