俺の目を見ているはずなのに、何も映していないその目を、穴があくほど見つめた。
「ゆり…俺は、誰?」
「…亜蘭」
「うん。それでいいよ」
本当にこれで良かったのかと、思わないわけではない。
でも、あの人は俺に託したんだ。
「海外事業部に配属が決まってる」
ゆりを抜きにして会うのは3度目か、4度目か。
亜蘭は俺を信用した。
実の妹であるゆりを…愛していると告白して。
「ずっと、海外で暮らすつもりだ。2度と、ゆりの前に姿を見せない」
その代わり、長年の思いを伝えたいと言う。
たとえそれが、歪んだ愛でも…本気で愛していたことを伝えたいと、俺に打ち明ける。
「ゆりは、多分イケメンのお兄ちゃんのこと、好きですよ」
「…それは」
信じられないと、そんな事があるはずないと、表情が物語る。
男の俺から見ても、美しい人だと見とれてしまうのに…
苦しげな瞳は、確かにゆりへの思いであふれていた。
亜蘭がゆりに持ちかけた、配属先が決まるまでの3ヶ月の同居…というのは表向きの話だ。
本当は海外へ発つ前に、ゆりとの時間が欲しいと、亜蘭が熱望したから。
俺はすべてを、知っていた。
高校時代、妹たちに勉強を教えるバイトを終えたゆりを送って、偶然鉢合わせた亜蘭と会ってから。
敵対心と猜疑心の塊。
俺のことは何もかも気に入らないと思っているのが伝わる。
「ゆりをどう思ってるんだ?」
「好きですよ」
もちろん、女の子として。
素直に答えたまでだ。
2度目に会ったのも、同じシチュエーション。
うちでのバイトが終わって家まで送って、来た道を帰ろうとした途中、声をかけられた。
ゆりは何も言わなかったけど、心に秘めた思いを隠しているのはわかっていた。その矢印が、亜蘭に向かっているのも、勘のいい俺には伝わっていたんだ。
何か言いたそうな亜蘭に、俺から言ってやった。
「俺はまだまだゆりのことは好きですよ。でもあの子は、イケメンのお兄ちゃんのことが…」
「もういい。俺たちのことに口を挟むな」
途中で遮ったのは、どんな心境か。
俺も…何度も煽るようなことを言ったのは何故だったのか。
ゆりを好きなのは本当だったのに。
亜蘭と一緒に暮らすようになって、明らかに変わっていくゆりは…眩しかった。
うっちゃん…という女の子が入ってきたのは想定外だったけど、それ以外は俺のお見立て通り。
やっぱり…2人は結ばれた。
悔しさも苛立ちもなかった。
逆に…2人とも長年隠し続けてきた思いを伝えあって、許されない恋を貪りあえて、良かったと思う。
「…亜蘭」
トロリとした目を向けるゆり。
俺は本当は、白鳥だというのに。
ゆりをこの手に抱きながら、俺は亜蘭の口調を真似る。
「ゆり…愛してるよ」
真似るのは口調だけではない。
髪色も、香りも…目の色だってカラコンで変えた。
俺を白鳥として、愛さなくてもいい。
だって無理だろうから。
ゆりの心から亜蘭を排除するのは。
俺は…亜蘭になり変わってでも、君の愛が欲しかった。
潤んだ目を向けるゆりに口づけて、その細い体を抱きしめた。
何もいらない。
この子だけいれば。