「…だから言ったでしょ?こうなることは、予想できたはずです」
「ゆりは…本当に君を…俺だと思って…」
「だからそうだって言ってます。…だいたい、それを望んだのはあなたでしょう?」
いや…違う。
俺は…時間がかかっても、白鳥を白鳥として愛すればいいと思っていた。
2度と姿を現さなければ、ゆりの俺への気持ちは、やがて消えてなくなるだろう。
ても…そこまでいくのにかなり苦しむはずだ。
そんな時…何もかもを知った上で、許してやれる白鳥なら、2人一緒に歩めると思ったんだ。
なのに白鳥は、俺になりすまして愛される道を選んだ。
それは…はじめから彼の計画だった気がしてならない。
ゆりへの気持ちを伝えて、思いのほか強い…ゆりからの気持ちを受け取って…幸せの頂点にいたけれど。
このままでいいはずがないって、思っていた。
だから辛い選択をしたんだ。
すべては…ゆりのためだった。
血の繋がっている俺たちが愛し合うということは、不幸な結果を生む可能性を孕んでいる。
本当なら喜ばしいニュースは、ゆりの心と体に、どれほどの痛みと傷を与えるだろう。
考えるだけで身震いがした。
だから、愛し合うことをやめなければならない。
気持ちを伝えるなら、いつまでも近くにいてはダメだと思った。
就職して海外事業部を希望したのは、そんな理由から。
何も言わずに別れたのは、俺をひどい奴だと恨んで…支えてくれる白鳥を自然に頼るようにと、考えたから。
普通の、幸せを掴んで欲しい。
身を切るような思いだった。
…俺にはできないことを、白鳥に託したんだ。
なのにあいつは、俺の姿を真似てゆりのそばにいる…
それが俺ではないと認識できないとしたら、今のゆりの精神状態は…
本当はこのまま2度と会わずに海外へ行くつもりだったが、その前にもう一度白鳥を訪ねてみよう…
そう思いながら、渡航するための準備に追われていた。
そんな矢先のこと…
…俺は、とんでもない事実を知ってしまった。
「…俺が、養子…?」
海外へ発つためにパスポートを取るのに、生まれて初めて戸籍謄本を取り寄せた。
何気なく確認したそれに、俺が養子である記載がはっきり記されている…
渡航するまでのわずかな日にちの中で、俺は母を訪ねた。
微笑む人を見て、この人が産みの母ではない事実に打ちひしがれる。
「父さんも、呼んでるから」
遅れてやって来た父は、やけに顔色が青白いと感じる。
昔から不仲だった両親に、どんな秘密が隠されているのか…
切り出したのは、母だった。
「亜蘭は…お父さんが愛した人の子供なのよ」
「…それは、俺とゆりが、腹違いの兄妹ってこと…?」
父親が産ませた愛人の子供、それが…この俺。
「いや…」
父が短く否定した。
「俺が愛した女が、別の男との間に作った子供が…お前だ」
「…は?」
理解できない。
父は愛した女に裏切られたということか。…その時母は?
「この人は…私と結婚した後も、付き合ってた女と続いてたのよ。私の父がそれを知って、別れさせたの」
祖父が工場を経営していたことは聞いたことがある。
子供の頃に亡くなったので、どんな業種かは知らないが。
それでも…と、母の話は続いた。
「…隠れて女と会ってた。それで父が女に、慰謝料の請求をするって乗り込んで、ヨーロッパ系のハーフの男をあてがった。ちょうど父の工場に働きに来てた人よ」
そしたらあっさり手を引いて、その男とくっついたと…笑いながら言う母。
父は、何も見ていないような目を庭に落としている。
「…それで終わったと思ったのよ。でもね、この人とその女は、まだ繋がってたの」
「俺の本当の両親は、今どこに…?」
たまらなくなって聞いてみると、意外な言葉が返ってきた。
「死んだ」
父が…まさに死んだような目で言った。
「交通事故でね。父親は即死、母親はあなたを庇って…瀕死の状態で助かったけど、その後死んだわ」
母が父に代わって説明する。
そんな言葉を聞いていた父の表情が、珍しく感情に揺れるのを見た。
「俺に連絡があったんだ。子供を頼むって。断れなかった…愛してた女が、死にそうなのに、俺を頼ったんだ。俺に…大事な物を託したんだ…」
両親の話に絶句した。
「なんで…母さんは、俺を?憎い女の…子供の俺を…?」
涙が溢れた…
まさかの自分の出生を知って…
母から、思いがけない言葉が返ってきた。
「だって…私が受け入れなければ、この人私と別れるって言うんだもの…私だって、愛してたのよ…!この人のことを、愛してたのよっ!」
父の頬にも涙が伝っていた。
ここにも、歪んだ愛の形があったと知る。
その後2人の間には、ゆり…百合亜が産まれた。
俺の名前と同じ漢字を付けたのは、どんな思いがあったからなのか。
2人は、それでも関係を深めることはできなかった。
父は母に背徳心を感じ続け、母もそんな父の心を洗い流してやることはできなかった。
俺がゆりのアパートに行った同じ日に、父が家を出たのは…そんな意味があったと知る。
でも、これでハッキリした。
ゆりへの気持ちは、許されない愛ではなかった。
…俺達に血の繋がりはない…!
何も縛られず、不安になることなんてなかった…!
ゆりに会いたい。
今すぐ会いたい…!
「…もう遅いですよ。何もかも」
それを阻むのが、かつて信頼した男だったなんて。
「ゆりは…あなたが帰ってこないことで精神を病んで、俺をあなただと思い込んでます」
「…君は、それでいいのか?」
「…覚悟の上です。逆に…」
フフ…っと笑う白鳥。
何を言い出すのか、ジッと耳を澄ませてしまう。
「美しいあなたになれて…幸せなんだ俺は。そのうえ、愛するゆりも手に入った…」
最高に幸せです…と言った声が、確かに自分に似ていて…身震いする。
何も言わずに携帯を切り、俺はゆりのアパートに向かった。