目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
痴れ姫と蔑まれた私が、異国の王を従え、女帝として即位しました
痴れ姫と蔑まれた私が、異国の王を従え、女帝として即位しました
すぴか
異世界恋愛和風・中華
2025年06月05日
公開日
1.8万字
完結済
冷宮に閉じ込められ、痴れ姫と呼ばれていた少女。 誰からも期待されず、誰からも顧みられず、ただ生きながらえていた彼女が、ある日、自ら運命を動かす。 きっかけは、一切の言葉を話さぬ異国の王との出会い。 これは、血と謀、そしてひとしずくの想いが交差する、ある姫の物語。

第1話


清涼殿に仕える侍女たちは皆知っている。


「お菓子さえ渡せば、あの痴れた姫は何でも言うことを聞く」と。


ある日、光風霽月の誉れ高き少傅様が、ふと私に桜餅を一つくださった。

ただそれだけで、私は何年ものあいだ、彼に付きまとうようになった。


少傅様は表立っては何も言わなかったけれど、裏では私のことをたいそう疎んでいたらしい。

「羞知らず」「自ら枕を抱えて薦めるような女」――そんな言葉まで口にしていたと、あとから聞かされた。


けれど、そのときの私には、そんな言葉の意味すらわからなかった。

ただ、美味しいものをくれる少傅様は、きっと良い人に違いない。


そう思って、恩返しをしなきゃ、と本気で信じていたのだ。


そんなある日、奥州から戦の敗報が届いた。

御父様に最も寵愛されていた三番姉が、和親のために遠国へ嫁がされることになったという。


三番姉の御母様――中宮様が、桜餅の詰め合わせを手に私のもとを訪れ、深く頭を下げて仰った。


「どうか、あの子の代わりに嫁いでいただけませんか」


私は口元の餅くずを指で拭って、ひらりと手を振った。


「そんなに気に病まなくても大丈夫よ。お嫁に行くだけなんでしょう? 姉上が嫌なら、私が行けばいいわ」


その返答が、どれほど軽率だったか――

私は後になって、身をもって思い知ることになる。


御学問所の前で衛士に止められたとき、ようやく気がついた。

御父様は、私のことなどとっくにお忘れになっていたのだ。


当然、門番たちが私の名を知っているはずもなく、取り次がれることもなかった。

でも、中宮様は桜餅を一箱くださった。

ここで引き下がったら、せっかくの桜餅が無駄になる。


そう思った私は、頭をかきながら大声で叫んだ。


「父上ーっ! 十六です! どうか門を開けてくださりませー!」


「無礼者! ここは学問所ぞ。騒ぎ立ててよい場ではない!」


衛士が怒鳴り、手にした薙刀がきらりと光った。


私は裾をつまみ、全速力で走り出す。

御殿のまわりを何度もぐるぐると駆け回りながら叫んだ。


「父上ーっ! 十六です! お話がありますの!」


「何者か! ここで騒ぐとは――!」


ばたん、と扉が開き、公卿たちがぞろぞろと姿を現した。

中宮様は言っていた。


「御父様は金色の御袍をお召しになり、龍の文様を縫い取られている」と。


私は人混みの中からそれを見つけ、肩で息をしながら手を振った。


「お願いです! 止めてあげてください! 十六、もうクタクタですの!」


御父様は手を上げて衛士を下がらせ、私をじっと見つめた。


「十六? どこの十六だ?」


私はその場にひれ伏し、地に額をこすりつけて言った。

「十六は、清涼殿の東の間に住まう者にございます。母は林の更衣にございます」


「林の更衣……? 誰だ、それは」


御父様のそばに控えていた老女官が、そっと耳打ちした。


「かつて皇后様にお仕えしていた女房にございます。初夜に陛下のご機嫌を損ね、それきり二度と召されず……その後、十六姫をご出産なさいましたが、御名も賜われぬままに――」


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?