なぜこんなところに勇者の奴が?
それが俺の最初に思ったことだ。
「……まずい」
「どうしました?」
慌てて俺は声を魔法で変えた。
背を向けたまま勇者に向かって返答する。
「いえ、なんでもありません」
「……どこかでお会いしました?」
「いえ、初対面かと」
怪しまれている。背を向けたままなのに。
「どこかであった気がするんですけどー」
勇者は前に回り込もうとしてくる。
背を向けようとしている俺を中心に勇者はぐるぐる回っている。完全に疑っているようだ。
「どうしたんですか?」
ミレットが不思議そうな顔でその様子を見てくる。
勇者は戦闘力は最強だが、騙されやすい。少しだけ抜けている。
顔半分を隠している今なら、ごまかせる気がする。
俺は布が顔半分を覆っていることに感謝した。
ありがとう。布。ありがとう臭い薬草。
俺は隙を見て、先日ミレットにもらった付けヒゲをつけた。
それから勇者の方を見る。
「ムルグ村に御用とのことでしたな。ご案内しましょうぞ」
「はい、ありがとうございます」
勇者はひげを見て首を傾げた。騙せたようでよかった。
「じゃあ、アルさん帰りましょうか」
「アルさん?」
「いや、それがしの名前はラルですぞ?」
「そうでしたか」
勇者はあっさり騙される。
ミレットは少し考えた後、何かに気づいたようでサムズアップしてきた。
正体を隠そうとしていることに気づいてくれたようだ。
察しがよくて助かる。
勇者とミレットは徒歩で、俺はフェムに乗ったまま進む。
「犬に乗ったままですみませんのう。足を悪うしてもうて」
「いえいえお気になさらず」
声と口調を変えたおかげで、勇者は俺を老人ラルだと信じ切っている。
少し良心が痛むが仕方ない。
無邪気な感じで、ミレットが自己紹介する。
「わたしミレットって言います。こっちは……」
「ラルですじゃ」
「これはご丁寧にどうも。ぼくはクルス・コンラディンです」
「立派なお名前ですね」
「ありがとうございます」
勇者は伯爵さまだ。当然立派な家名をもっている。
「ところで、ムルグ村にはなんの御用で?」
「えっと、グレートドラゴンのアンデッドを討伐しに来ました」
「それって……」
ミレットは気付いたようだ。俺たちがこの前退治した奴ではないのかと。
だから俺は誤魔化す。
「それは、まっこと恐ろしげな話ですな」
「はい。ドラゴンゾンビは魔王軍残党の暗黒魔導士が作り出したようで」
「暗黒魔導士ですか」
「あ、ご安心ください。暗黒魔導士は討伐しました。西部山脈に研究所を作っていたんですよ! ぼくが見つけました」
勇者は自慢げに胸を張る。
「それは素晴らしいことでございますな」
「でもですね、ドラゴンゾンビはすでに王都に向けて進撃を開始していまして。それで討伐を頼まれてしまったんです」
勇者の話を聞いて、俺は理解した。
西部山脈と王都を直線で結ぶと、フェムの森やムルグ村をちょうど通る。
「なるほど」
「それで、ドラゴンゾンビの進路に近いムルグ村を守ろうと思いまして」
「ありがたいことですじゃ」
「いえいえ、ぼくも補給させてもらおうと思ってますし」
勇者は笑顔だ。
「なにもない村ですけど、補給とか大丈夫ですか?」
「全然大丈夫です!」
何が大丈夫なのかわからないが、勇者クルスは自信ありげだ。
「それにしても、ドラゴン討伐とは。クルスさん、お強いんですね」
「鍛えてますから。それに仲間もいますから」
「クルスさんは私と同じくらいの歳の女の子なのにすごいです」
「あまり褒めないでください」
勇者は照れていた。
いつ頃ドラゴンゾンビの脅威がなくなったと説明しようか。
それを俺は一生懸命考えていた。
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しばらく歩いて、村についたとき。俺は思わず声を出した。
「なんじゃこれーーー」
衛兵小屋が燃えていた。
村の近くには川がある。俺は素早く水魔法を唱えると、火を消し止めた。
「大変なことになっていますね」
勇者は俺の魔法をみても何とも思わなかったみたいだ。
さすが勇者。高位魔導士に囲まれて育っただけのことはある。
少々の魔法では動じない。魔法は当然のものと考えているようだ。
「なにがあったのです?」
村に入って俺は尋ねる。
「無法者が、襲ってきたのです! ヴィヴィさんが守ってくれようとしたのですが、その……」
村長が俺を見て叫んだ。
ヴィヴィの魔法陣から放たれた火で小屋が燃えたのだろう。
俺はヴィヴィと対峙している奴を見る。
そこには、勇者パーティの一人、戦士ルカがいた。
「やべえ」
俺は慌ててヴィヴィとルカの間に割ってはいる。
勇者パーティの一員だから当然なのだが、ルカはものすごく強い。
一対一で戦えば、俺でも苦戦するほどだ。それどころか10回に3回は負けてもおかしくない。
「すまぬのじゃ。無法者が暴れて。わらわは止めようとしたのじゃが……」
俺のみたところ、ヴィヴィは魔法陣を描きながら魔法をぶっ放したのだろう。
で、失敗したのだ。
戦闘時は失敗してもいいからぶっぱなせと教えたのは俺だ。怒れない。
ヴィヴィの頭を撫でてやる。
「すまぬ、旅の戦士よ。この者は魔族でもよい魔族なのですぞ」
「なにがよい魔族なのよ! こいつはねぇ」
「なにかしましたかな?」
「巨大なアンデッドを作ろうとしていたの!」
モーフィーのスケルトン化を見られたのだろう。
「おなじアンデッドでも、ゾンビとスケルトンは違いますぞい」
俺は冷静にルカに語り掛ける。口調と付けヒゲのせいで本当に老人になった気分だ。
「違うって言っても大きすぎるでしょ! どっちにしろスケルトンは紛れもなくモンスターよ」
「そうはおっしゃいますが、聞いたところによれば、衛兵に竜牙兵や人のスケルトンを使っている都市もあるとか? それと牛のスケルトンと何が違うので?」
「それは、その……」
ルカは口ごもる。
「そうだそうだ! ヴィヴィちゃんは悪くないぞ!」
「キレる若者ってやつだ、恐ろしい」
「都会の不良ってやつだぞ」
「都会は恐ろしいところだ」
村人の会話が聞こえてくる。
「ぐぬぬ」
戦士ルカは、勇者パーティの一員としてちやほやされてばかりだった。
このような雰囲気は初めてだったのだろう。
「また暴れたの? ルカは困った子だなぁ」
勇者クルスがルカに呆れた感じで言う。
実際には勘違いして暴れるのは主にクルスだった。だがクルスには自覚がないようだ。
「クルス! 魔王軍四天王のヴィヴィがこんなところにいたわ! 討伐しないと」
「えっ?」
俺は驚きのあまり、声が出てしまった。
まさかヴィヴィが魔王軍四天王だったとは。いや、本人はそう名乗っていたが嘘だと思っていた。
「魔法軍四天王は四人とも討伐されて捕縛されたはずでは?」
「はぁ? 四天王が五人いるのは常識でしょ」
ルカがそんなことをいう。恥ずかしながら知らなかった。
前線でずっと戦ってきた俺が知らなかったってことは、ヴィヴィは大したことはしていないのだろう。
名前だけの四天王の可能性が高い。
「最後の四天王として魔法軍復興を企てているに決まっている! 巨大な牛を使って侵攻するにちがいないんだから!」
パーティで最も博識である戦士ルカ。なぜか戦士なのに頭がいい。
読みは大体当たっている。
確かにヴィヴィは魔王軍復興を企てて、巨大な猪を使って侵攻しようとしていた。
未遂で終わったが。
「そういうことなら、討伐しないといけないかもね」
勇者クルスが聖剣の柄つかに手をかけた。
「ちょっと、待った」
クルスとルカ、二人を相手にしたら、俺は確実に負ける。
当然、ヴィヴィも勝てない。簡単に討伐されてしまう。
時間稼ぎもかなり難しい。
やむを得ない。
そう考えて、正体を明かし説得しようと、俺が付けヒゲに手をかけたとき、
「してんのーは悪くない!」
「してんのーをいじめるな!」
コレットたち、村の子供たちがかばうようにヴィヴィにしがみつく。
「お前たち……」
ヴィヴィは感動しているようだ。目に涙が浮かんでいる。
「子供たちがそういうならいっか」
クルスはあっさりと引き下がる。クルスはそういうやつだ。
人情系に弱いのだ。特に子供にはめっぽう弱い。
だから悪い奴に騙されたりするのだが。
だが、ルカのほうはそう簡単にはいかないはずだ。
俺はそう思ったのだが、
「はぁ。仕方ないわね」
ルカもあっさりと引いてくれた。
「かたじけのうございます」
俺はほっとして頭を下げる。
「その代わり、牛のスケルトンはちゃんと管理してくださいね」
「心得たのじゃ」
クルスが笑顔で言って、ヴィヴィがほっとした様子で返事する。
クルスは笑顔のまま、ヴィヴィを囲む子供たちの頭を撫でていく。
クルスの子供好きは昔から変わらない。
万事解決。よかったよかった。
そう考えた俺の後ろから。
「おい。そこの腐れ魔導士。ちょっと来い」
「あ、はい」
マジ切れした様子のルカに呼び出された。