戦士ルカに倉庫の裏に連れていかれた。
真新しい倉庫から、新鮮な木材の香りが漂ってくる。
「えっと。戦士さま、わたくしめになんのごようでございますか?」
「口調がぶれぶれよ、アル」
「アルとはいったい? わたくしめはラルともうす——」
「馬鹿にされてる気分になるから、やめてくれない?」
「あ、はい。すみません」
ルカは呆れたようにため息をついている。
「ルカさん、いつからお気づきに?」
「クルスが四天王を討伐しようとしたとき、付けヒゲ外そうとしたでしょ。そこで気づいたの」
「意外とばれてなかった!」
俺の変装も捨てたものではない。
「仕方ないでしょ! 声変えてたし。ヒゲ付けてるし!」
「そうか」
「で、ひざの調子はどうなの?」
「結構いい感じだぞ。ムルグ村には温泉もあるしな。湯治ってやつだ」
「そ。それならいいわ」
「心配してくれたのか。ありがとう」
「はぁ? なんで、あたしが心配しなきゃいけないのよ」
ルカは顔を赤くする。口調はきつめだが、基本素直なのだ。
「黙って出奔しちゃったけど、王都はどうなってるんだ?」
「あんたねぇ。どれだけあたしが迷惑したと思ってるのよ」
ルカは怒っているようだ。
だから俺は謝る。
「すまん」
「まあいいんだけど」
また、ルカはため息をついた。
パーティメンバーがやらかした時、ルカはいつも怒る。
だが謝るとすぐ許してくれる。
そして、なんだかんだ言いながら尻ぬぐいしてくれるのだ。
「アルが冒険者ギルドで受注した記録は、あたしが隠蔽しておいたわ」
「おお、それはすまない」
ギルドで依頼を受注したのに、誰も何も言ってこないと思っていたのだ。
ルカが尽力してくれていたらしい。
「苦労かけたな」
「ひざが痛いあんたは、どうせ足手まといだし?」
まだ足手まといではないと思う。十分戦えるはず。
ただ、冒険者暮らしがしんどいのは確かだ。
「そんなことはないはずだけど……。配慮ありがと」
「それにあたしは冒険者ギルド王都管区長になったから、融通は結構きかせられるの」
ちょっと驚いた。
王都管区長とは、王都とその周辺十都市の冒険者ギルドを統括する立場だ。
「結構な出世だな」
「あたしら伝説のS級冒険者だし。当然じゃない?」
「俺に来た就任依頼は辺境のギルドマスターだったぞ」
「アルの場合、経験と戦闘力を買われたんじゃない? 王都管区長なんて、ほぼ名誉職だし」
「そんなもんか」
「まあね。実務は都市ごとのギルドマスターたちが全部やってるわよ。だからこそ、片田舎に来れるわけだし」
ルカはとても強いうえに、まだ若い。お飾りにして、現場で働かせないのはもったいない。
だからといって、要職を用意しないわけにもいかない。
それゆえ、名誉職の管区長にするというギルド上層部の判断は理解できる。
「名誉職とはいえ、お偉いさんには変わりないでしょ。アルの受注書をごまかすぐらいのことは楽勝なわけ」
「ということは、当然、ルカは俺がこの村にいること知ってたんだよね?」
「当たり前でしょ」
その割に俺の変装に気づくの遅いな。そう思ったが、俺は何も言わない。
お世話になっているのだ。配慮ぐらいする。
「言っておくけど、あんたに会いにムルグ村に来たわけじゃないんだからね」
「わかってるって。ドラゴンだろ?」
「そそ。グレートドラゴンのゾンビなんて放置したら被害が大変なことになるから」
「魔王軍の残党の暗黒魔導士がグレートドラゴンをゾンビにしたとか?」
「そうだけど、何で知ってるのよ?」
「クルスにきいた」
「あの馬鹿……」
そう言ってから、ルカは舌打ちした。
クルスは俺がアルフレッドだと気づいていない。つまり一般村人だと思っていたのだ。
魔王軍残党の暗黒魔導士がどうとか、ドラゴンゾンビがどうとか。
それらは機密とされる情報だ。
クルスはめちゃくちゃ強い。素直でいい子だ。
だが、機密を守るとか、そういう意識が低い。不安になる。
「あとで叱らないと……」
「ほどほどにな」
「ドラゴンゾンビ。それもグレートドラゴンよ。レッサーもかなりいるみたい。厄介だわ。せっかくだしアルにも手伝ってもらうからね」
「それなんだけど」
俺はルカを倉庫の中へと案内する。そしてドラゴン産の戦利品を見せた。
「もうドラゴンたち討伐しちゃった」
「えっ?」
「わざわざ来てくれたのに、すまんな」
「ほんとだよ!」
ルカはそのあとドラゴンゾンビたちの骨や牙などを見分していた。
「レッサードラゴンの牙とか、20体分ぐらいない?」
「よくわかったな」
「いくらアルでも、きつくなかった?」
「まあ、ヴィヴィや、フェムっていう魔狼王たちにも手伝ってもらったからな」
「魔王軍四天王がドラゴン退治ねぇ」
そういって、ルカは少し考えている様子だった。
「ルカー? まだかかるの?」
その時、勇者クルスが倉庫をのぞきに来た。
「あー、クルス。あたしらの仕事は終わっていたみたいよ」
そういって、ルカはドラゴンの骨を見せる。
「うわ! すごい」
クルスは単純に驚いている。
ルカにばれていた以上、クルスだけに正体を隠す理由もない。
「クルス。久しぶりだな」
そういって俺は付けヒゲをとった。
「え、もしかしてアルさん?」
やはり勇者は気付いていなかったようだ。心底驚いている。
この騙されやすさは心配になる。世の中いい人ばかりではないのだ。
「隠しててすまんな」
「気にしてません。それより、どうしてこんなところに? ぼくはアルさんは各地を転戦しているとばかり」
「それはね、クルス」
ルカが事情を説明する。
なにやら、ルカがクルスにうその説明をしていたらしい。各地を転戦しているから王都に帰れないとかそんな風に。
「ルカ、なぜそんな嘘を?」
俺がそう尋ねると、ルカに睨みつけられた。
「アルがムルグ村で療養しているなんてばらしたら、クルスがムルグ村に向かおうとするでしょ」
「当然だよ。アルさんがいるのなら、ぼくも向かうさ」
ルカの言葉にクルスが同意する。
なぜか勇者クルスは俺と一緒に行動したがる傾向があるのだ。
もっと勇者として責任感を持ってほしいところだ。
「勇者が仕事放棄して片田舎に向かったら困る人がいっぱいいるんだからね!」
「そんなことないよー」
ルカの苦言を、クルスは暢気に否定する。
やはり、こいつは自分の重要度がわかっていない。
「俺の場合はひざの療養だから……。クルスたちは来なくてもいいんだぞ。とくに大きな仕事があるわけでもないし」
「え?」
クルスは首をかしげると、ドラゴンゾンビたちの骨を見回す。
「ま、まあ。今回は大仕事があったわけだが……普段はないんだ」
「そうでしたかー。それにしてもドラゴンをすでに討伐しているとはさすがです」
クルスはしばし考える。そして
「ぼくもムルグ村に引っ越そうかな?」
「なんでだよ」
「いや、アルさんの指導を受けてもっと強くなろうと思って」
「それはやめたほうがいいかも」
「えー」
ルカがクルスをたしなめる。
「いい加減にしなさい。クルス。あんたにも仕事があるでしょ」
「えー。うーんでも」
クルスはムルグ村への移住をあきらめきれないようだ。
「勇者が王都を離れると騒ぎになるだろ。民が不安になるし。いつでも遊びに来ていいから。な?」
「……アルさんが、そうおっしゃるなら。わかりました」
しぶしぶ同意してくれた。
「じゃあ、クルスもルカも、今日は泊って行けよ」
「王都を出てからの活躍のお話を聞かせてください」
そんなことを話しながら外に出ると
「あ、俺の住んでた小屋燃えたんだった」
焼け落ちた衛兵小屋が目に入った。