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33 モーフィの復活

 次の日の朝食の後。

 コレットは子供たちと遊びに行き、ミレットが村人に薬を届けに行ったあと。


 ヴィヴィに袖をつかまれた。


「アル、少し付き合うのじゃ」

「どうした?」

「昨日邪魔されたモーフィの術式を完成させるのじゃ」

「わかった。付き合おう」


 それを聞いていたのあろう。ルカがやってくる。


「ちょっとまって。あたしも同行させてもらうわね」

「来るな来るなっ。また邪魔する気じゃろ」

「邪魔しないわよ」

「わらわを信用していない目をしているのじゃ。不愉快じゃ」

「そんなことないわよ。ただ暴走したときに止めないといけないし」

「暴走なぞしないのじゃ」


 ルカはそういうが、どう考えても警戒している。

 ヴィヴィの元魔王軍四天王という立場を考えれば、ルカの考えもわかる。


「あ、楽しそう。ぼくも行きたいな」


 クルスは笑顔だ。こっちはルカと違い、無邪気な笑顔だ。

 他意もないのだろう。

 好奇心で単純にスケルトンとなるところを見てみたいだけだ。


「まあまあ。ヴィヴィ。みんなで見学するぐらいいいだろ」

「アルがそういうのなら、仕方ないのじゃ」

「ありがと」

「でも、絶対! 邪魔するでないぞ」

「わかってるって。ルカもクルスも、邪魔はするなよ?」

「邪魔しないですよー」

「失礼ね。邪魔しないって言ってるでしょ」


 俺はフェムを探す。見当たらなかった。

 一緒に来たがると思ったのだが意外である。


 そう思いながらミレットの家を出る。


「わふ」

「ひあ」


 フェムが玄関のすぐ外で待っていた。

 ヴィフィが驚いて変な声を出す。


「びっくりさせるでないのじゃ!」

「わふぅ?」


 フェムは首を傾げいている。きょとんとしているように見えるが、尻尾をぶんぶん振っている。

 絶対わざとだ。驚かせようと、玄関の外で待機していたに違いない。


「ほどほどにな?」

「わふわふ」


 機嫌よく尻尾をふりながら、フェムはてくてく歩いていく。

 当然自分も参加するといった感じだ。

 ついて来るなと、ヴィヴィが言うかと思ったが、なにも言わなかった。


 少し歩いて、モーフィの骨のあるところまで来る。

 牛肉倉庫のすぐ近くだ。


 肉がついたまま放置すると悪臭が放ち始めるから、処置はしている。

 魔法で血や肉は綺麗に除去したのできれいなものだ。


「昨日はどのあたりまで進めていたんだ?」

「うむ。八割ぐらい魔法陣を描いたところで、そこの戦士に邪魔されたのじゃ」

「なるほど」

「二時間ほど描けて、描いたのに。ぐちゃぐちゃなのじゃ」


 そういって、ヴィヴィはルカを見る。

 ルカは腕組みしたままぶっきらぼうな口調でこたえた。


「謝らないわよ」

「その必要はないのじゃ」


 そして、少しだけ寂しそうな顔をする。


「仕上げはアルが帰ってからしようと思っていたらこのざまじゃ」

「そうか」


 ヴィヴィが、俺を待っていてくれたというのは嬉しい。

 仮に失敗したとしたら、俺がいたほうがいいのは間違いない。

 失敗時、村に及ぶ被害を考慮してくれたのだ。


「ありがとうな」

「なにがじゃ?」


 ヴィヴィは首を傾げた。

 そんなヴィヴィの頭を撫でてやる。

 照れたように「子供じゃないのじゃ。やめるのじゃあ」というのが可愛い。


 それから、俺は魔法陣の残骸を観察する。

 ヴィヴィの言うとおり、ぐちゃぐちゃだ。効率的に魔法陣を潰している。

 さすがはルカ。優秀な戦士なだけはある。


「これは、いちから描きなおした方が早いな」

「そうじゃな」


 ヴィヴィは指の先に魔力をともす。


「見てるがよいのじゃ」

「ちゃんと見てるぞ」


 ヴィヴィは魔法陣を描き始めた。

 流暢なものだ。指の運びが美しい。

 微に入り細を穿った、素晴らしい魔法陣だ。


「見事なものだな」

 思わず口に出ていた。


「すごいの?」

 ルカが尋ねてくる。


「まあ、すごいぞ」


 戦闘魔法陣、速さと威力を両立させた魔法陣なら、俺もヴィヴィには負けない。

 だが、ゆっくり描く魔法陣は、俺よりヴィヴィの方が上だと思う。


「そうなんだ」


 ルカはじーっと見ていた。

 戦士だから見学しても大した意味はない。だがかなり真剣に見ている。

 知的好奇心旺盛なルカらしい。


 一方。

「ほーれ。とってこーい」

「わふわふぅ」


 クルスは飽きたのか、少し離れたところでフェムと遊んでいた。

 クルスとフェムは、万一失敗したときのための要員なので、それでいいと思う。

 興味を持たれて質問攻めにされる方が面倒くさい。


 二時間ほどたって、魔法陣が完成した。


「アル。確認して欲しいのじゃ」

「了解」


 一人ではどうしても見落としの可能性がある。

 ヴィヴィは慎重だ。


 俺は改めてしっかりと解析した。やはり完成度が高い。

 設計段階でなんどもアドバイスを求められた。

 だから概要はすでに知っている。それゆえ、短時間で解析を終えることができた。


「うん、素晴らしいと思う」

「そうじゃろそうじゃろ」

「ここのところとか、発想がいいね。勉強になった」

「むふふ」


 ヴィヴィが照れていた。


「魔法陣、完成したんですか?」

「わふ?」


 遊んでいたクルスとフェムもやってくる。


「発動はまだだけどな」

「楽しみです」


 クルスはわくわくしているようだ。子供っぽいところがある。


「では行くのじゃ……」


 ヴィヴィが厳かに呟くと、魔法陣に魔力を込める。

 モーフィの骨全体が輝きだした。


 しばらくして。

「モォオオオオオオ」


 声帯を持たないはずのモーフィが大きな声で鳴いた。

 魔力で鳴いているのだ。

 それからゆっくりと立ち上がる。


 魔法陣は成功だ。モーフィはスケルトンとして蘇った。


 ヴィヴィはモーフィの眼前に立つ。


「モーフィ。もしわらわを恨んでいるなら、復讐しても良いのじゃぞ」


 ヴィヴィは目をつぶった。覚悟を決めているようだ。

 いくら本人が覚悟を決めていようと、モーフィにヴィヴィを殺させるわけにはいかない。


 俺はいざというときのために、いつでも魔法を放てるよう準備する。

 だが、


「もぉ」

 モーフィは鼻の骨をヴィヴィに優しくこすりつける。


「わらわを、許してくれるのかや?」

「もぉぉ」


 ヴィヴィが鼻の先を撫でてやっている。

 小山のようなモーフィは嬉しそうに鳴いていた。


 モーフィが暴れなくてよかった。

 スケルトンには生前の意思と記憶が残っている。

 そして自分の意思通りに行動できる。


 それゆえ、スケルトン化の術式が完璧に成功したとしても、暴れる可能性はあった。

 だからこそ、ルカが邪魔をしたというのもあるのだが。


「モーフィ……?」


 俺は恐る恐る呼びかける。

 ヴィヴィは許された。だが、モーフィにとどめを刺したのは俺だ。


「もぉぉ」

——パク


 モーフィは鳴きながら俺を頭から咥えた。だが、ダメージはない。

 あまがみというやつか。害意を感じない。


「はわわ」


 クルスの慌てる声がする。

 俺は咥えられたまま、手で顎の下を撫でてやった。

 しばらく撫でると、モーフィは満足したのか放してくれた。


「アルさん、大丈夫でしたか?」

「大丈夫だ」


 モーフィは俺を恨んでいないらしい。


「ありがとう、モーフィ」



 和解した後、モーフィを連れて村の外の倉庫まで行く。

 村の中ではモーフィも窮屈だろう。


「この辺りで好きにすればいいのじゃぞ。でも、あまり遠くに行ったらだめじゃ」

「もお」


 モーフィはご機嫌に倉庫の近くで横になる。

 魔狼のこどもたちは、怯えることなく、モーフィの匂いを嗅いでいた。

 いつもは魔狼たちがたくさんいるのに、今日は子魔狼以外はいない。


「スケルトンって何食べるんですか?」

「消化器官とかないからな。基本、魔力しか食べないぞ」


 クルスが尋ねてきたので、教えてやる。


「わらわが刻んだ魔法陣から魔力は供給されるのだ」

「そうなんですか。でも、それだとヴィヴィさんが疲れませんか?」

「なにゆえじゃ?」

「いや、モーフィでかいし。消費魔力も大きいんじゃないですか?」

「別にわらわが供給しているわけではないのじゃ。かけ流しの温泉の排水から魔力を抽出しておるのじゃぞ」

「へー」


 クルスが感心していた。

 俺もヴィヴィからその発想を聞いたときには驚いたものだ。


 その時、急にフェムの尻尾がピンと立った。耳も立っている。

 緊張しているように見える。


「フェム、どうした?」

『魔狼たちがヒドラを見つけたのである』

「そうか」


 ならば討伐しなければなるまい。

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