次の日の朝食の後。
コレットは子供たちと遊びに行き、ミレットが村人に薬を届けに行ったあと。
ヴィヴィに袖をつかまれた。
「アル、少し付き合うのじゃ」
「どうした?」
「昨日邪魔されたモーフィの術式を完成させるのじゃ」
「わかった。付き合おう」
それを聞いていたのあろう。ルカがやってくる。
「ちょっとまって。あたしも同行させてもらうわね」
「来るな来るなっ。また邪魔する気じゃろ」
「邪魔しないわよ」
「わらわを信用していない目をしているのじゃ。不愉快じゃ」
「そんなことないわよ。ただ暴走したときに止めないといけないし」
「暴走なぞしないのじゃ」
ルカはそういうが、どう考えても警戒している。
ヴィヴィの元魔王軍四天王という立場を考えれば、ルカの考えもわかる。
「あ、楽しそう。ぼくも行きたいな」
クルスは笑顔だ。こっちはルカと違い、無邪気な笑顔だ。
他意もないのだろう。
好奇心で単純にスケルトンとなるところを見てみたいだけだ。
「まあまあ。ヴィヴィ。みんなで見学するぐらいいいだろ」
「アルがそういうのなら、仕方ないのじゃ」
「ありがと」
「でも、絶対! 邪魔するでないぞ」
「わかってるって。ルカもクルスも、邪魔はするなよ?」
「邪魔しないですよー」
「失礼ね。邪魔しないって言ってるでしょ」
俺はフェムを探す。見当たらなかった。
一緒に来たがると思ったのだが意外である。
そう思いながらミレットの家を出る。
「わふ」
「ひあ」
フェムが玄関のすぐ外で待っていた。
ヴィフィが驚いて変な声を出す。
「びっくりさせるでないのじゃ!」
「わふぅ?」
フェムは首を傾げいている。きょとんとしているように見えるが、尻尾をぶんぶん振っている。
絶対わざとだ。驚かせようと、玄関の外で待機していたに違いない。
「ほどほどにな?」
「わふわふ」
機嫌よく尻尾をふりながら、フェムはてくてく歩いていく。
当然自分も参加するといった感じだ。
ついて来るなと、ヴィヴィが言うかと思ったが、なにも言わなかった。
少し歩いて、モーフィの骨のあるところまで来る。
牛肉倉庫のすぐ近くだ。
肉がついたまま放置すると悪臭が放ち始めるから、処置はしている。
魔法で血や肉は綺麗に除去したのできれいなものだ。
「昨日はどのあたりまで進めていたんだ?」
「うむ。八割ぐらい魔法陣を描いたところで、そこの戦士に邪魔されたのじゃ」
「なるほど」
「二時間ほど描けて、描いたのに。ぐちゃぐちゃなのじゃ」
そういって、ヴィヴィはルカを見る。
ルカは腕組みしたままぶっきらぼうな口調でこたえた。
「謝らないわよ」
「その必要はないのじゃ」
そして、少しだけ寂しそうな顔をする。
「仕上げはアルが帰ってからしようと思っていたらこのざまじゃ」
「そうか」
ヴィヴィが、俺を待っていてくれたというのは嬉しい。
仮に失敗したとしたら、俺がいたほうがいいのは間違いない。
失敗時、村に及ぶ被害を考慮してくれたのだ。
「ありがとうな」
「なにがじゃ?」
ヴィヴィは首を傾げた。
そんなヴィヴィの頭を撫でてやる。
照れたように「子供じゃないのじゃ。やめるのじゃあ」というのが可愛い。
それから、俺は魔法陣の残骸を観察する。
ヴィヴィの言うとおり、ぐちゃぐちゃだ。効率的に魔法陣を潰している。
さすがはルカ。優秀な戦士なだけはある。
「これは、いちから描きなおした方が早いな」
「そうじゃな」
ヴィヴィは指の先に魔力をともす。
「見てるがよいのじゃ」
「ちゃんと見てるぞ」
ヴィヴィは魔法陣を描き始めた。
流暢なものだ。指の運びが美しい。
微に入り細を穿った、素晴らしい魔法陣だ。
「見事なものだな」
思わず口に出ていた。
「すごいの?」
ルカが尋ねてくる。
「まあ、すごいぞ」
戦闘魔法陣、速さと威力を両立させた魔法陣なら、俺もヴィヴィには負けない。
だが、ゆっくり描く魔法陣は、俺よりヴィヴィの方が上だと思う。
「そうなんだ」
ルカはじーっと見ていた。
戦士だから見学しても大した意味はない。だがかなり真剣に見ている。
知的好奇心旺盛なルカらしい。
一方。
「ほーれ。とってこーい」
「わふわふぅ」
クルスは飽きたのか、少し離れたところでフェムと遊んでいた。
クルスとフェムは、万一失敗したときのための要員なので、それでいいと思う。
興味を持たれて質問攻めにされる方が面倒くさい。
二時間ほどたって、魔法陣が完成した。
「アル。確認して欲しいのじゃ」
「了解」
一人ではどうしても見落としの可能性がある。
ヴィヴィは慎重だ。
俺は改めてしっかりと解析した。やはり完成度が高い。
設計段階でなんどもアドバイスを求められた。
だから概要はすでに知っている。それゆえ、短時間で解析を終えることができた。
「うん、素晴らしいと思う」
「そうじゃろそうじゃろ」
「ここのところとか、発想がいいね。勉強になった」
「むふふ」
ヴィヴィが照れていた。
「魔法陣、完成したんですか?」
「わふ?」
遊んでいたクルスとフェムもやってくる。
「発動はまだだけどな」
「楽しみです」
クルスはわくわくしているようだ。子供っぽいところがある。
「では行くのじゃ……」
ヴィヴィが厳かに呟くと、魔法陣に魔力を込める。
モーフィの骨全体が輝きだした。
しばらくして。
「モォオオオオオオ」
声帯を持たないはずのモーフィが大きな声で鳴いた。
魔力で鳴いているのだ。
それからゆっくりと立ち上がる。
魔法陣は成功だ。モーフィはスケルトンとして蘇った。
ヴィヴィはモーフィの眼前に立つ。
「モーフィ。もしわらわを恨んでいるなら、復讐しても良いのじゃぞ」
ヴィヴィは目をつぶった。覚悟を決めているようだ。
いくら本人が覚悟を決めていようと、モーフィにヴィヴィを殺させるわけにはいかない。
俺はいざというときのために、いつでも魔法を放てるよう準備する。
だが、
「もぉ」
モーフィは鼻の骨をヴィヴィに優しくこすりつける。
「わらわを、許してくれるのかや?」
「もぉぉ」
ヴィヴィが鼻の先を撫でてやっている。
小山のようなモーフィは嬉しそうに鳴いていた。
モーフィが暴れなくてよかった。
スケルトンには生前の意思と記憶が残っている。
そして自分の意思通りに行動できる。
それゆえ、スケルトン化の術式が完璧に成功したとしても、暴れる可能性はあった。
だからこそ、ルカが邪魔をしたというのもあるのだが。
「モーフィ……?」
俺は恐る恐る呼びかける。
ヴィヴィは許された。だが、モーフィにとどめを刺したのは俺だ。
「もぉぉ」
——パク
モーフィは鳴きながら俺を頭から咥えた。だが、ダメージはない。
あまがみというやつか。害意を感じない。
「はわわ」
クルスの慌てる声がする。
俺は咥えられたまま、手で顎の下を撫でてやった。
しばらく撫でると、モーフィは満足したのか放してくれた。
「アルさん、大丈夫でしたか?」
「大丈夫だ」
モーフィは俺を恨んでいないらしい。
「ありがとう、モーフィ」
和解した後、モーフィを連れて村の外の倉庫まで行く。
村の中ではモーフィも窮屈だろう。
「この辺りで好きにすればいいのじゃぞ。でも、あまり遠くに行ったらだめじゃ」
「もお」
モーフィはご機嫌に倉庫の近くで横になる。
魔狼のこどもたちは、怯えることなく、モーフィの匂いを嗅いでいた。
いつもは魔狼たちがたくさんいるのに、今日は子魔狼以外はいない。
「スケルトンって何食べるんですか?」
「消化器官とかないからな。基本、魔力しか食べないぞ」
クルスが尋ねてきたので、教えてやる。
「わらわが刻んだ魔法陣から魔力は供給されるのだ」
「そうなんですか。でも、それだとヴィヴィさんが疲れませんか?」
「なにゆえじゃ?」
「いや、モーフィでかいし。消費魔力も大きいんじゃないですか?」
「別にわらわが供給しているわけではないのじゃ。かけ流しの温泉の排水から魔力を抽出しておるのじゃぞ」
「へー」
クルスが感心していた。
俺もヴィヴィからその発想を聞いたときには驚いたものだ。
その時、急にフェムの尻尾がピンと立った。耳も立っている。
緊張しているように見える。
「フェム、どうした?」
『魔狼たちがヒドラを見つけたのである』
「そうか」
ならば討伐しなければなるまい。