俺は驚異的な回復を見せたクルスをしばらく眺めていた。心配だったからだ。
いくら耐性の高い勇者とはいえ、そんなに早く回復するとは思えない。
「フェムー、まてー」
「まてー」
「わふぅ」
クルスは家の外に出て、コレットと一緒にフェムを追いかけまわしている。
「ほんとに回復はやいわね」
「さすがは勇者様ってところか」
「勇者といっても限度があるでしょ」
「……そうだな」
クルスの腹痛はほぼ確実にヒドラ肉のせいだと思う。
なぜ、腹痛になったのか。そしてなぜ回復がこれほど早かったのか。
俺にはわからなかった。
ヒドラ肉は無害なはず。俺も食べたことがあるからわかる。
もし、肉が毒ならば、クルスよりも先に魔狼たちも苦しんでいるはずだ。
クルスが腹痛になった原因がわからない。
そんなことを考えていると、ルカが俺の袖を引っ張った。
「どした?」
「四天王はどこいったの?」
「む?」
ルカに言われて、初めてヴィヴィの不在に気が付いた。
クルスが体調を崩して、バタバタしていたから気づかなかった。
「コレット」
「なに、おっしゃん」
フェムを追いかけていたコレットが駆けてくる、
「ヴィヴィってどこいったかわかる?」
「モーフィの世話だよ」
「そうか。教えてくれてありがと」
「えへへ」
それを聞いていたルカがもじもじする。
「見に行かなくていいの?」
「心配なのか?」
「……心配ってわけじゃないけど。モーフィがどうなったか気になるし」
ルカがモーフィを気に掛けるとは意外だ。
「ルカって、牛好きだったっけ?」
「違うわよ! 暴れたら大変なことになるって思ってるだけ」
「そうか」
俺とルカは村の外にある倉庫に向かう。そこにモーフィがいるのだ。
「あ、ぼくも行きます」
「コレットもいくー」
そんなことを言って、クルスとコレットが付いて来る。
コレットはフェムに乗ってご機嫌だ。
倉庫まで行くと、モーフィが横になっているのが見えた。
ヴィヴィはモーフィの鼻の頭を撫でている。
「おーい、ヴィヴィ」
「お、帰ってきたのじゃな」
ヴィヴィはこっちを見て嬉しそうに笑う。
「ヴィヴィ、調子はどうだ?」
「うむ。悪くないのじゃ」
「モーフィは?」
「もぉ」
モーフィは横になったまま、静かに鳴いた。
「牛っていつも立っているものだと思うんだが、大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃ。これは撫でやすいように、しゃがんでくれているだけじゃ」
「それならいいんだがな」
「アルもモーフィを撫でてやってほしいのじゃ」
「うむ」
俺は優しくモーフィの顎の下を撫でてやる。すべすべしている。
骨なのだから当たり前だ。
「もぉぉ」
モーフィは静かに鳴く。
スケルトンになっても、人懐こいようだ。
「ぼくも撫でたいです」
「コレットもー」
それを見ていたコレットやクルスたちも撫でたがる。
「構わぬのじゃ」
「わーい」
「やったー」
コレットは俺の横に来て、「えへへ」と笑いながら、撫で始める。
モーフィも気持ちよさそうに「ふんふん」鼻を鳴らしている。
モーフィはスケルトンだ。息をしないはずなので、鼻が鳴るはずがない。
でも、確かにふんふん言っている。
「まるで息しているみたいだな。どういう仕組みなのだろうか」
「魔法なのじゃ」
ヴィヴィは、どや顔だった。
「モーフィはいいこだねー」
クルスがモーフィの額を撫でた。
クルスの撫でたところが淡く光っている。
「む? クルスなにした?」
俺が尋ねると、クルスはきょとんとする。手はモーフィを撫でたままだ。
「モーフィを撫でてますよ?」
「どうしたのじゃ?」
ヴィヴィも首をかしげている。
「いや、クルスの撫でたところが光っているから」
「え? ほんとじゃ!」
光っているモーフィを見てヴィヴィは驚く。
「な、なにをしているのじゃ。良からぬことをしているのではないじゃろうな?」
「あ、ほんとだ。光ってる」
クルスは笑顔だ。
「ほんとだー。きれい」
コレットもキャッキャと喜んでいる。
「やめるのじゃ、モーフィになにかあったらどうするのじゃ」
ヴィヴィは慌ててクルスに飛びかかろうとしたが、ルカが抑える。
「落ち着きなさい。そんな悪い感じはしないわ」
「信用できないのじゃ」
「大丈夫ですよ、ほら」
「もぉおもぉ」
モーフィは気持ちよさそうに鳴いている。
クルスがモーフィを撫でるにつれ、光が強くなってきた。
「モーフィ。痛くないのじゃな?」
「もお」
ヴィヴィの心配をよそに、モーフィは気持ちよさそうだった。
それを見て、ヴィヴィも少しほっとしたようだ。
「ならばいいのじゃが……」
俺も謎の現象に戸惑っていた。
「これ、なにが起きてるんだ?」
「アルがわからないってことは魔法的な現象ではないわね」
「そう思うけど」
俺もヴィヴィも、二人ともわからないのだ。現代魔法で説明できる現象ではないかもしれない。
「じゃあ、勇者的ななにかなんじゃない?」
「そうなのか?」
ルカはしばらく考える。そして、何かを思い出したようだった。
「神代の文献で、勇者の聖別っていうのを読んだことがあるわ」
ルカは学者でもあるのだ。専門は魔獣と神代文字だ。
当然、神代の文献は山ほど読んでいる。
「聖別?」
「そ、聖別。簡単に言うと、普通のものを聖なるものにする儀式みたいな感じかしら」
俺も聖別自体は知っている。聖職者が武具や器具などを、聖なる武具、器具にするための儀式だ。
ゴースト系の退治クエストを受ける冒険者は武具を聖別してもらうのが一般的だ。
それは神の御業であり、魔法とは異なる術理で働く奇跡だ。
「聖別って、聖職者がするものだろ」
「そうだけど、奴らの聖別ってたいしたことないでしょ?」
「たしかに」
聖職者に聖別してもらった武具では、下級ゴーストぐらいにしか効果はない。
それも下級魔法より、ずっと弱いのだ。だからゴースト退治クエでは魔導士が主戦力となる。
「実は、ほとんどの聖職者って神と何か関係があるってわけじゃないの。声を聞いた奴なんてめったにいない。ただ昔から伝わる儀式をなぞってるだけ」
「まじか」
「知識さえあれば聖別自体誰でもできるわ」
「ルカもできるのか?」
「できるわよ?」
「そうだったのか」
「で、聖なる神が大地に落とした力のかけらと言われるのが勇者。聖神の加護を受けたクルスの聖別は本当の聖別」
俺がクルスを見ると、クルスは
「えへへ」
照れていた。
魔王を殺せるのは勇者が持つ聖剣だけだった。それと似たようなものかもしれない。
地上において強大な聖なる力を行使できるただ一人の人間が勇者なのだ。
「ちなみにスケルトンが聖別されたらどうなるんだ?」
「聖なるスケルトンになるんじゃない? 聖牛骨? いわばセイントモーフィね」
「な、なるほど」
クルスに撫でられたモーフィは光り輝いた。そして光は太陽のごとく輝いて収束する。
「モーフィはいいこだね」
「もぉ」
「どういうことなのじゃっ」
ヴィヴィが叫んだ。
真っ白な巨大な牛がクルスに鼻をこすりつけている。
「骨じゃなくなっているんだが。これは?」
「これは、ええっと……。アンデッドの聖別だから……」
ルカも混乱している。
モーフィは、大きさはそのままに、真っ白な牛になっていた。
毛は長く、角も大きい。神々しさすら感じる。
「食料は、どうすんだよ」
すぐに慌てていたルカが平静を取り戻す。頼りになる。
「うん。思い出した。文献でアンデッドの聖別について、読んだことがあるわ。モーフィは霊獣になったのよ」
「ということは?」
「これまで通り、食事は魔力よ」
「そうか」
それなら安心だ。
ルカが神代文字と魔獣の専門家でよかった、
相変わらずモーフィは人懐っこく甘えてくる。可愛い。
そんなモーフィをみて、ヴィヴィも嬉しそうだった。