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36 勇者、お腹をこわす

 魔狼たちとクルスがヒドラ肉を堪能した後、俺たちは帰路についた。

 俺はフェムに乗り、クルスとルカは徒歩だ。

 行きと違い、急ぐ必要もないのでゆっくり進む。


「うーん」


 途中、クルスが唸り始めた。珍しいことだ。

 心配になって俺は尋ねる。


「どうした?」

「えっと……。お腹がいたくて」


 ルカが呆れる。


「ヒドラなんか食べるからでしょ」

「ちがうよー。たぶん」


 クルスは否定するが根拠はないらしい。

 だが、クルスは何に対しても耐性が高い。

 毒キノコとか食べても結構平気だったりする。ヒドラ肉ぐらいで腹痛になるとも思えない。

 俺がヒドラ肉を食べたときも腹痛にはならなかった。ものすごくまずかっただけだ。


「トイレ行くなら待ってるぞ?」

「そういうのじゃないです」

「そうか」


 そういう痛みではないらしい。


「フェムは大丈夫か?」

「わふ?」


 平然としていた。さすが魔狼王である。

 ヒドラ肉なんて何ともないのだ。


「クルス。フェムに乗せてもらうか?」

「だいじょうぶですよー。歩けます」

「無理しなくていいんだぞ」


 大丈夫というクルスの顔はだいぶ青い。

 ここまで具合悪そうなクルスは初めて見る。


「ちょっと、無理しないでよ?」

「うん。ありがと」


 ルカも心配そうだ。

 クルスは、平気だと言い張って、てくてく歩く。

 だが、額からは脂汗が流れているし、顔色も真っ青だ。


「よし」


 俺はクルスを抱えると、フェムに乗せた。


「だ、大丈夫です」

「大丈夫には見えん」


 ほんの少しだけ、クルスはじたばたしようとした。だがすぐに大人しくなる。


「ルカ。フェム。少し走るぞ」

「りょうかい」

「わふ」


 ムルグ村まで急いで進んだ。

 村につくと、急いでミレットの家へと入る。


「ミレット。少し診て欲しい」

「どうしましたか?」

「クルスがお腹壊した」


 ミレットにことわって、クルスをベッドに乗せた。


「えへへ。ご迷惑おかけします」

「クルスちゃん、だいじょうぶ?」


 具合悪そうなクルスの様子をみて、コレットも心配そうだ。


「うん、だいじょうぶだよ」


 クルスは笑顔を浮かべているが辛そうだ。

 ミレットは、真剣な表情でクルスに尋ねる。


「なにか変なものとか食べましたか?」

「えっと……」

「心当たりだけでも、いいんですが」

「……えっと特にないかも」


 クルスがそんなことを言う。


「なに見得張ってんのよ。ヒドラの肉食べたからでしょ!」

「そんなの食べたんですか!」

「えへへ」

「ほめてません!」


 ミレットに叱られても、クルスにはこたえた様子はない。


「でも、フェムたちも食べてたし」

「フェムちゃんは魔狼でしょ!」

「そうでした。えへ」


 フェムたちは、ただの狼ではない。より強い魔狼なのだ。


「フェムは大丈夫?」


 コレットは心配そうにフェムに抱きつく。


「わふぅ」


 フェムは自慢げに尻尾を振る。まるで胃袋の強靭さを誇っているかのようだ。

 一方、ミレットはてきぱきと薬を調合していく。


「胃腸薬と、あと一応、解毒薬も飲んだ方がいいですね」


 ミレットの言葉を聞いて、クルスは首を傾げた。


「ヒドラの肉には毒はないはずです」

「ヒドラは戦闘中に毒を沢山はいていたんでしょう?」

「はい」

「その場合、解体の際に汚染された可能性もあります」

「なるほどー」


 クルスは感心したようにうんうんとうなずく。

 食用にできる肉の場合は注意して解体する。だがヒドラ肉を人が食べることになるとは思わなかった。

 だから、解体が雑だったのも否めない。


「今度からは、慎重に解体しないと」


 クルスがそんなことを言う。

 クルスは、まだ食べる気である。

 俺は呆れた。


「いいか、クルス。他に食料があるなら、ヒドラは食べないほうがいい」

「なぜですか?」

「お腹痛くなるかもしれないからな」

「なるほどー」


 クルスはうんうん頷いているが、とても不安になる。


「クルス、あんたいい加減にこりなさいよ。飢えてたら仕方ないけど。食料あるときにはまともなものを食べなさい」

「気を付けます」


 そんなことを言っている間に、ミレットの調合が終わった。

 ミレットの調合スピードはかなり速かった。


「はやいな」

「プロですから」


 ミレットは嬉しそうに微笑んだ。


「このまえ、アルさんに手伝ってもらって採取した薬草が早速役に立ちました」

「それはよかった」


 ミレットが調合した薬は緑色でどろっとしていた。量はコップの半分ぐらいある。

 薬を受け取ったクルスは涙目になった。


「なんか臭いです」

「薬ですから」


 俺はクルスを窘めた。


「クルス。お礼を言いなさい。クルスのために作ってくれたんだからな」

「はい。ミレットさん。ありがとうございます」

「いえいえ。仕事ですから。ささ、ググッといってください」

「はい」


 クルスは恐る恐る液体に舌を伸ばす。


「苦いです」

「薬ですから」


 ミレットは笑顔だ。


「良薬口に苦しっていうだろ。ちゃんと飲まないとダメだぞ」

「はい」


 クルスの返事に、いつもの元気がない。

 また舌を恐る恐るといった感じで伸ばす。


「そんな飲み方すると余計苦くなるぞ」

「でもー」


 ヒドラ肉の方がまずいと思うのだが。

 クルスの味覚がわからない。


「じれったいわね」


 ルカがクルスの鼻をつまんで、薬を口にねじ込んだ。

 ぐほっとか言いながらも、クルスは飲み込む。


「にがいよぉ」

「これに懲りたら、ヒドラ肉なんて食べるのやめなさいよね」


 クルスは大人しく横になる。

 そして5分後、起き上がろうとする。


「あ、効いて来たかも」

「そんなに早く効くわけないだろ。大人しくしてろ」

「はい」


 俺の言葉で、またクルスは横になった。

 確かにすこし顔色がよくなったように見える。

 その1分後。


「やっぱり効いて来たかも」

「いい加減にしなさい」


 再び起き上がろうとするクルスをルカが叱った。


「でも、本当に大丈夫だよ」

「いいから。大人しくしてなさい」


 クルスは本当に元気そうに見えた。

 俺はミレットに尋ねる。


「ミレット。こんなに早く効くものなのか?」

「いえ……。さすがにそれは」

「だよな」


 10分後。ほんの少し目を離したすきにクルスは歩き回っていた。


「フェムー」

「まてー」

「わふぅ?」


 コレットと一緒にフェムを追いかけて遊んでいる。

 ルカがクルスを怒鳴った。


「いい加減にしなさい」

「大丈夫だよ。もうお腹痛くないし」

「またそんなこと言って」

「薬が効いたんだとおもう」


 俺は呆れた。ルカと一緒にクルスを叱る。


「クルス、いい加減にしなさい。そんなわけないだろ」

「でも……」


 クルスは少ししょんぼりとする。

 普通に考えて、数分で回復するのがおかしい。

 だが、クルスを常人と同じ基準で考えるのが間違いだったのかもしれない。


「仕方ないな。少しでも具合が悪くなったらすぐ言うんだぞ」

「はーい」

「隠すなよ?」

「はいっ!」


 クルスは元気に返事をすると、フェムを追いかけ始めた。

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