強敵討伐後のお楽しみといえば、戦利品回収である。
みんなで黙々と戦利品を回収していく。
有用な部位や、貴重な部位を見極めるのも冒険者の大切な仕事だ。
ある意味、冒険者は全員素材鑑定士でもあるのだ。鑑定の腕が収入を左右する。
いつもは誰か一人は見張りに立つ。戦利品回収に集中して奇襲で全滅など目も当てられない。
だが、今回はフェムたちがいるので全員で回収だ。
「首一杯あるから回収しがいがありますね」
「そうだな」
クルスは楽しそうだ。
胴体を解体していたルカが顔を上げる。
「アル。ちょっと手伝ってくれない」
「お、なんだ?」
「ヒドラの胆嚢なんだけど。壊しちゃいそうで……」
「わかった」
ヒドラは胆嚢で猛毒を作り出して貯蔵するのだ。状態がいいものはとても高価だ。
魔法アイテムの貴重な材料になる。
「どれどれ」
「気を付けるのよ? 分かってると思うけど猛毒なんだからね」
「了解」
素手で触ったら死にかねない。だが、ナイフなどの冒険道具を使うと壊れやすい。
俺は魔法障壁で両手を覆う。
慎重に切り出して、魔法の鞄に無事収納した。
「ありがと」
「こういうのは魔導士の役割だからな」
お礼を言うルカに返していると、
「すごいです。熟練の技ですね」
いつの間にかに後ろに来ていたクルスに褒められた。
そんなクルスをルカがたしなめる。
「あんたははやく、首の回収済ませちゃいなさい。牙だけじゃなく、ちゃんと額の硬鱗も集めるのよ」
「わかってるよー」
ヒドラは貴重な素材がたくさん採れる。
あらかた採り終えるころ、魔狼たちが尻尾を振りながらうろうろしていた。
よだれを垂らしている奴までいる。
「もしかして、ヒドラの肉食べたいの?」
「わふわふ」
どうやら食べたいらしい。
「おいしくないぞ?」
「「え?」」
クルスとルカが同時に声を上げた。
「わふぅ?」
フェムは首をかしげている。
「アル、こんなの食べたことあるの?」
「あるぞ。若いころだけどな」
「えぇ……よくこんなの食べようと思うわね」
ルカは本気で引いている。
長い冒険で食料が足りなくなったのだ。仕方なく倒したヒドラを食べた。
ものすごく、まずかった。
例えれば、魚の内臓を、どぶに1週間浸したような味がした。
そんなことを、ルカたちに語った。
「それで俺は計画の重要性を学んだんだ。ちゃんと食料は余分に買っていかなければとかな」
「へー」
ルカは興味なさそうに返事をする。
だが、クルスは首をかしげていた。
「ぼくは、おいしいと思いましたけど」
「「え?」」
今度は俺とルカが同時に声を上げた。
クルスの驚きは、おいしくないと言ったことへの驚きだったのか。
「クルスも食ったことあるのか?」
「はい」
クルスは勇者だ。小さいころから潤沢な資金援助を受けてきたはずだ。
最初の冒険から、優秀な冒険者がサポートについていたはず。
育つ前の勇者を殺されたら人類の損失だから当然だ。
ヒドラを食う羽目に陥るほどの苦境に立ったことはないはずだ。
「どうして、ヒドラなんて食べたのよ」
「うーん。ヒドラって、ちょっとうなぎに似てるでしょ?」
「うなぎにあやまれ」
「ヒドラって、うなぎみたいにおいしいのかなって、気になったから食べてみたんだよー」
「へ、へー」
ルカは、ドン引きしている。
「すこし生臭くて、固いけどおいしかったよ」
「あれを美味しいと思う人類がいるとは……」
勇者は人類ではないのかもしれない。
そのとき、クルスの喉がごくりとなった。
「……もしかして、クルスも食べたいの?」
「え? いいんですか? やったー」
クルスは目を輝かせる。
けして、食べていいと言ったわけではないのだが、クルスは食べる気満々である。
「わふう?」
フェムがとがめるような目をしている。
肉はフェムたちにくれるんじゃないんですか?
そう訴えているように見える。
「俺は好みの味じゃないから、クルスとフェムたちで分ければいいよ。な、ルカ?」
「え、ええ。そうね。あたしも別に食べたくないから。いらないわよ」
「ありがとうございます」
「わふぅ」
フェムは少し不満げだ。
肉は全部もらえると思っていたのだろう。
「フェム。一緒に分けようね」
「……わふ」
嬉しそうなクルスと対照的に、フェムは元気がない。
魔狼たちも尻尾がしゅんとなっている。さっきまではみんなの尻尾がぶんぶん揺れていたというのに。
少し可哀そうになる。
「あのさ、クルス」
「なんですか、アルさん」
「クルスとフェムで分けろって言ったけど、フェムたちは数が多いからさ。なるべくフェムたちにたくさん上げて欲しいんだ」
「……はい」
クルスが少ししょんぼりした。
巨大なヒドラをどれだけ食うつもりだったのか。恐ろしい。
クルスは村に帰ればミレットのおいしいご飯が待っているのだ。
「あまり欲張ると、夕ご飯食べられなくなるぞ」
「はい」
フェムたちの尻尾がまたぶんぶん振れ始めた。
「じゃあ、ぼくはこのぐらいで……」
「クルス?」
「はい。じゃあ。このくらいで……」
大き目にとろうとしたので、たしなめた。
クルスの分を少しだけ切り取って、残りはフェムたちに与える。
「わふわふぅ」
フェムが大喜びで魔狼たちに分配していく。
魔狼たちはとても嬉しそうに食べている。
それをクルスはうらやましそうに見ていた。
「クルス。魔法で肉焼こうか?」
「あ、ぜひお願いします」
クルスの肉を焼いていると、
「わふわふわふぅ」
魔狼たちが集まってきた。
「もしかして焼いてほしいのか?」
「わふ」
狼も生肉より焼いた肉のほうが好きなのだろうか。
魔狼だから普通の狼とは違うのかもしれない。
「焼くぐらいならいいぞ」
ついでに、魔狼たちの分の肉も焼いてやる。
『ありがと』
「気にするな」
ヒドラの肉が焼ける、嫌な臭いが立ち込めた。
肉がミディアムレアぐらいに焼けると、魔狼たちはバクバク食べ始めた。
クルスもおいしそうに食べている。
「アルさんも食べますか?」
「い、いや、俺はいいよ」
「そうですかー」
あれほどまずいはずのヒドラの肉も、クルスが食べるとおいしそうに見える。
でも、絶対食べたくはない。
「うげー」
ルカはやっぱりドン引きしていた。