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41 勇者の帰還

暗黒魔導士カーティスを捕えた後は、恒例の戦利品回収だ。

 巨大ヒドラと巨大バジリスク、計20体もいる。


「首も結構復活したので、解体しがいがありますね」

「食べようとするんじゃないわよ」

「わかってるよー」


 クルスとルカも楽しそうに解体していく。

 俺もカーティスの見張りをヴィヴィとフェムに任せて戦利品回収に参加する。


「クルスの腹痛はゾンビのなりそこないを食ったからかもな」

「なりそこないですか? なりそこないってどんな状態ですか?」


 クルスが首をかしげる。

 それを見た魔獣学者でもあるルカが説明してくれる。


「ゾンビにするには、体の自由を完全に奪わなきゃでしょ? そのために体にいろいろな魔法をかけるわけ」

「ふむふむ」

「今回のゾンビには、巨大化と再生強化もかかっていたわね。もう術式がたっぷりぶちこまれているわけ」

「術式かー」

「それは、もはや呪いにちかいわね」

「こわい」


 クルスはそういうが、全然怖がっていない。

 クルスは呪い耐性も非常に高いのだ。


「ゾンビ化するための術式に寄生虫を使うってのがあるの。脳に侵入して行動を奪う寄生虫。虫に寄生して自ら死ぬよう行動させる寄生虫とか有名よね」

「有名なの?」

「バッタとかカマキリを水に飛び込ませたり、カタツムリを自分から鳥に食べられるように行動させたりとか」

「へー」

「で、ここからが本題なんだけど。クルスの腹痛は寄生虫が原因ね」

「ひぇー」


 クルスがやっと嫌悪感を示す。

 さすがのクルスも寄生虫は苦手らしい。


 自然界にいる脳に作用して行動を奪う寄生虫。それを暗黒魔導士が利用しないわけがない。

 魔法で改造した特殊な寄生虫をゾンビ化させたい生き物にとりつかせるのだ。


「クルス。村に帰ったら、虫下し飲んどけよ」

「はい」


 クルスはさすがにしょんぼりしている。

 ミレットの薬は胃腸薬と解毒薬だった。毒といっても冒険者と貴族、村人ではそれぞれ異なる。

 冒険者の思い浮かべる解毒は魔獣毒への対処だ。貴族ならヒ素など暗殺への対処。

 そして村人にとっての解毒は食中毒への対処である。

 食中毒の中には寄生虫が原因となるものも少なくない。


 だからおそらく、ミレットの薬には虫下し効果があったのだろう。

 でも、村に帰るまで教えてやらない。クルスは少し懲りたほうがいいのだ。


「いいか、クルス。これに懲りたら、ちゃんとしたもの食べるようにしろよ」

「はいっ」

「わふぅ」


 フェムが悲し気に鳴く。


「フェムどうした?」

『フェムは魔狼たちになんてものを食べさせてしまったのだ』

「フェムは悪くないだろ」


 それでもフェムは少し落ち込んでいた。

 責任感の強い王である。



 戦利品回収を終え村へと帰還する。

 カーティスはフェムが咥えている。むごむご言っているが気にしない。


 村に帰ると、魔狼たちを見舞った。


「お前たち大丈夫か?」

「わふわふ」


 だいぶ、元気そうに見える。

 俺は魔狼たちを撫でてやった。ルカも魔狼たちを撫でている。

 クルスがミレットに縋りつく。


「ミレットさん、虫下しをください!」

「クルスさん、どうしたんですか。落ち着いてください」


 魔狼を診ていたミレットは困惑している。


「ミレット。クルスたちに飲ませた薬に虫下し効果ってあった?」

「はい、当然解毒薬なので」

「だってさ。良かったな」


 クルスはへたへたと座り込む。


「ゾンビになったらどうしようって怖かったよー」

「よかったなクルス」


 耐性の高いクルスだ。虫下しで虫を弱めさえすれば、体内の抵抗でいくらでも処理できるだろう。

 それに寄生虫はゾンビ化に必要なたくさんの過程の一つに過ぎない。それだけではゾンビにはならない。

 しかも、種族ごとの調整も必須だ。体内に巣くっていたとしても、クルスがゾンビになる可能性は極めて低い。


 むしろ一時的とはいえ、クルスを苦しめたのがすごいのだ。

 おそらく、再生特化効果は寄生虫にもかかっていたに違いない。


「一応魔法でも診てやる」


 ゾンビ化の寄生虫はただの寄生虫ではない。魔術をかけられた寄生虫なのだ。

 きわめて微量に、魔力を発する。

 とても探知は難しいが、ゾンビ化の寄生虫がいるかもしれないと知っていれば、ぎりぎり探知できる。


「はい。アルさん。お願いします」


 クルスは上着を脱いで上半身裸になりかける。


「ちょっと、待ちなさい!」


 ルカが慌てて止めた。

 おかげで控えめな下乳が見えただけで済んだ。


「クルス。別に脱がなくていいぞ」

「はい」


 俺は慎重かつ丁寧にクルスの体内を魔法で精査した。

 十分後。


「よし、寄生虫は残ってないぞ」

「よかったー」


 本当に嬉しそうだった。


「念のために、魔狼たちも診よう」

『頼むのだ』


 クルスの精査でコツをつかんでいたため、一匹あたり3分ほどで終えることができた。

 それでも一時間ほどかかった。


「大丈夫。魔狼たちのなかにも寄生虫はいないぞ」

『ありがとう』

「わふわふ」


 魔狼たちも嬉しそうだ。

 それを見ていたルカが言う。


「ミレットの薬も大きいけど、霊獣モーフィの力のおかげもあるかもしれないわね」

「モーフィの?」

「霊獣には呪いとかを浄化する力があるし」

「ゾンビ化寄生虫は呪いみたいなもんだから、回復が早まるってのはあったかもしれないな」


 ヴィヴィが嬉しそうにモーフィを撫でた。


「モーフィ偉いのじゃ」

「もぉ」



 全員の無事を確認してから、改めてカーティスを尋問する。

 俺に加えて、クルスやルカもいる状況では、なにをしようと怖くはない。

 それでも手足は一応拘束していある。


「西部山脈でドラゴンゾンビを作って。失敗して一人になっても今度はヒドラにバジリスクってことか」

「…………」

「で、魔王軍の再興とか本気でできると考えているのか?」

「魔王様は必ず復活する。それまでの短い平和を怯えて暮らすがよい」

「そうか。復活するっていう根拠でもあるのか」

「…………」


 肝心なところは黙ってしまう。


「お前、攻撃魔法が得意なんだってな」

「そうだ。魔王軍でも有数の実力だ」

「で、魔法陣は苦手と」

「…………」

「ゾンビ化も苦手だろ。実際ヒドラ一匹失敗しているしな」

「…………」

「寄生虫も、お前の力量では作れないだろ。どこから手に入れた?」

「…………」


 都合の悪いことには答えないようだ。ぺらぺらしゃべってくれたヴィヴィが特殊なのだろう。


「ヴィヴィ」

「なんじゃ?」

「魔王軍でゾンビ化の専門家ってどのくらいいるんだ?」

「いないと思うのじゃ。そもそも、魔王はゾンビ化の魔術を禁じておったのじゃぞ」


 俺はカーティスを睨みつける。


「カーティス。お前、魔王の命令を破っておいて、魔王軍復興など恥ずかしくないのか?」

「ふん。魔王さまはゾンビ化魔術を許可しておられる。そこの四天王が知らなかっただけだろう」


 カーティスの言葉はおそらく嘘ではない。

 魔王軍との戦いで、魔王軍がゾンビを使ってきたことは何度もある。

 だからこそ、俺やルカはゾンビの知識を仕入れたのだ。

 それをヴィヴィに説明すると、ヴィヴィは困った表情をみせた。


「それは……そうなのかもしれぬのじゃ。なにせわらわはアルたちに敗れて早々に戦線離脱したのじゃからな」

「四天王の中でも最弱。四天王の面汚しよ」


 カーティスがそんな事をいって、ヴィヴィを笑う。


「ガウッ」


 カーティスの髪の毛にフェムが噛みついた。そしてぶんぶんと振り回した。


「ひえぇ、痛い痛い」

「その辺でやめてやれ」

「わふ」


 しばらく、振り回させてから、フェムを止めた。

 カーティスの頭髪が結構な数、周囲に散らばった。


 カーティスの尋問では碌な情報は得られなかった。


 その日の夜。

 ミレットやコレット、フェムたち魔狼も交えて外で夕食を食べた。

 ヒドラの肉ではない、ちゃんとした鶏の肉だ。

 現在、ムルグ村では、牛の肉が一番安い。


「もぉ」


 だが、モーフィが見ている前でモーフィの肉を食べる気にはならなかった。

 だから鶏肉をみんなで食べる。


 食事中。


「ヴィヴィ、ちょっとちょっと」

「なんじゃ?」

「…………」「…………」


 クルスとヴィヴィが密談していた。

 女の子同士、話したいこともあるのだろう。




 次の日の朝。

 一応心配していたのだが、魔狼たちは完全に元気になったようだ。

 狩りに出かけたり、倉庫の下でくつろいだりしている。


 そして、ルカたちが村を発つ時間になった。


「色々ありがとね。元気でね」

「寂しくなります……」


 ミレットは泣きそうだ。


「もう、そんな顔しないで」

 ルカはミレットを慰める。


「やだやだやだやだー」

「やだやだやだぁ」


 クルスは駄々をこねていた。コレットも真似している。

 教育に悪い。


「なに駄々こねてるのよ。王都にたくさん仕事が溜まってるでしょ」

「でもー」

「カーティスも裁判にかけないとだめだし」

「それはルカがやっといてよ」

「ふざけんじゃないわよ!」

「うぅ……」


 クルスは泣きそうだ。


「いつでも来ていいからな」

「ほんとですか?」

「おう」

「えへへ」


 クルスは少しだけ元気になった。

 だが、クルスは勇者。忙しい身だ。そう簡単には来られないだろう。


「あと、俺がムルグ村にいることはみんなには言うなよ?」

「わかってますよー」


 なんどもなんども、振り返りながら、クルスとルカは帰っていった。

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