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2章

42 衛兵と魔族。農業を始めることにする

 勇者クルスたちが去った後、俺は日常に戻った。

 衛兵として村の門の横に座るのだ。


「アルさん、おはようございます」

「おはようございます。お気をつけて」


 農作業に向かう村人たちが笑顔で挨拶していく。

 最近さぼっていたのに何も言われない。

 フェムでさえ、倉庫の床下で子魔狼たちの子守をしているというのに。


「衛兵は、本当に要らない可能性……」


 このままでは村のお荷物である。

 ただでさえ、衛兵業務は暇なのだ。座っているだけだし。

 最近では霊獣モーフィがいるので安全だ。


「まずいかもしれない」

「なにがまずいのじゃ?」


 ヴィヴィはいつものように、地面に魔法陣を描いている。


「いや、なに。仕事が暇すぎるから」

「衛兵なんて、なにもなければ暇なものじゃ。暇な方がいいに決まっているのじゃ」

「そうかなぁ」

「衛兵が忙しい村がどんな状態か考えてみるのじゃ」


 衛兵の忙しい村。魔獣や盗賊団などが毎日襲撃してくるとか。

 村人が毎日のように行方不明になるとか。

 考えただけでも恐ろしい。


「確かに、衛兵は暇な方がいいな」

「じゃろ?」

「とはいえ、役に立ってるところも、たまには見せたほうがいい気も」

「気になるなら、衛兵しながらできる仕事を探せばいいのじゃ」


 ヴィヴィはそういうが、まったく思いつかない。

 俺はずっと冒険者だった。冒険者以外、なにもしてこなかったのだ。 


「難しい問題だな」

「そうじゃろか」


 そんなことを話していると、ミレットがやってきた。村長も一緒だ。

 実はミレットは村長候補らしい。ミレットは薬師・村でも珍しい知識階級なので当然ではある。

 それで村のいろんな仕事を手伝ったり村長の秘書的な仕事もやっているのだ。


「アルさんは役立ってますよ。薬草採取の護衛とか牛肉を町に売りに行くときの護衛とか」

「そう言ってくれると助かる」

「だからいつまでもいてくださって、いいんですからね」


 ミレットが俺の手を握ってきた。


「お、おお。ありがと」


 ミレットは俺を高く評価してくれているらしい。ありがたい。

 村長がこちらを見ながらニコニコしている。


「アルフレッドさん。衛兵小屋の件なのですが」

「村の財産である衛兵小屋を燃やしてしまって申し訳ないです。暇を見つけて、小屋は立て直そうかと思っているのですが……」


 俺が衛兵小屋を燃やしたわけではない。

 衛兵小屋が炎上した原因はルカとヴィヴィの争いだ。もちろん二人が悪いわけでもない。

 だが、二人とも俺の仲間なわけで、小屋ぐらい自腹で直した方がよかろうとも思う。


「いえいえ。それには及びませんよ」

「ですが、それでは」

「近々建て直そうと思っていたものですし。しばらくはミレットの家で、ゆっくりしてください」

「ですが、それではミレットさんにご迷惑では?」

「私は全然大丈夫です!」


 ミレットが力強く言ってくれる。ありがたい。

 だが、あまり甘えるのも良くない。近いうちに建て直そうと心に決めた。


「村長。建て直すときは、あの辺りがいい気もするのですがどうでしょうか?」


 そういって、俺は倉庫の近くを指さした。

 村の中では気兼ねすることも、村の外ならばできる。

 具体的には、ヒドラの解体などだ。あれは臭いのだ。


「ですが、村の近くとはいえ、村の外だと寂しいでしょう」

「魔狼たちが倒れたとき、家に入れてやりたいですし……」


 次、魔狼たちが病気になったとき、屋内に入れてやりたい。

 今は夏だから、具合の悪い魔狼たちはモーフィの毛に包まれて眠っていた。

 だが、魔狼たちが倒れたのが冬だったら。

 具合の悪い魔狼たちに降り積もる雪を想像するだけで胸が痛む。


「魔狼たちを中に入れてやるには、広さが必要になりますから」

「むむ。確かに」


 村長は悩んでいる。


「狼さんたち、かわいそうでしたものね」


 ミレットは賛同してくれた。

 ヴィヴィが俺の袖をくいっと引っ張る。


「モーフィの小屋も作るのじゃ」

「それは……」


 ヴィヴィの要望には応えてやりたい。だが、流石に無理じゃないだろうか。

 小山のようなモーフィが入るのだ。小屋は山のようになってしまう。


「モーフィは霊獣なのじゃ。きっと小さくなれるに違いないのじゃ」

「そうかな」

「フェムに可能なことが、モーフィに不可能なはずがないのじゃ」

「わふぅ?」


 名前を出されたフェムが寄ってくる。


「寄ってくるでないのじゃ!」


 怯えたヴィヴィが俺の背中にしがみつく。

 俺はそのままモーフィの元へと向かう。


「モーフィ。小さくなれるの?」

「もぉ」


 返事をしてくれた。でも、俺には牛語はわからない。


「小さくなれると言っておるのじゃ」

「牛の言葉、わかるの?」


 モーフィもヴィヴィも頭に角が生えている。角仲間のよしみで言葉がわかるのかもしれない。


「うむ」


 ヴィヴィは自信満々だ。


『撫でて欲しい、といってるのだ。そもそもモーフィは人の言葉がわからないのだ』


 フェムはモーフィの言葉を理解できるらしい。

 俺は背中のヴィヴィを見る。


「ふぃーふぃー」


 ならない口笛を吹いて、ごまかそうとしていた。


「小さくなれないか尋ねられる?」

『やってみるのだ』

「わふわふわふ」

「もぉー」

「わふわふ」

「もぉ」


 会話を始めた。さすが魔狼王である。

 ヴィヴィは悔しそうにしている。


「おお、フェムすごい」

『……モーフィは狼の言葉がわからないのだ』


 会話が成立しているように見えただけだった。

 フェムは牛の言葉を理解できる。だが、牛の言葉を発することはできないようだ。

 言われてみれば、「わふ」と「もぉ」では似ても似つかない。


「あ、そっかぁ」

「所詮は犬ころなのじゃ!」


 勝ち誇るヴィヴィの背中からフェムは覆いかぶさるようにして、ヴィヴィの頬を舐める。


「やめ、やめるのじゃああ」


 俺はモーフィを撫でた。


「モーフィは霊獣になって日が浅い。そのうち人の言葉もわかるようになるかもしれないし。それからモーフィの小屋については考えよう」

「もぉ」


 モーフィは気持ちよさげに鳴いた。

 衛兵小屋については後日考えるということになった。



 村長とミレットが去った後、俺は衛兵しながら村の農地を見る。

 俺がのんびり座っている間も、村人たちが一生懸命働いていた。

 農地はさほど広くはない。


「畑狭いよな」

「そうでもないのじゃ。こんなものであろ」


 ヴィヴィは俺の横に立って、しばらく農地を見ていた。


「狭さよりも土地がやせているのが気になるのじゃ」

「土地がやせてる?」

「うむ。温泉にしみ出している魔鉱石のせいかもしれぬのじゃ」


 温泉に魔鉱石が混じっているならば、土地に混じっていても不思議ではない。

 よく見れば、栽培している植物も家畜のえさ的なものが多い。

 土地がやせているからこそ、ムルグ村は牧畜で生計を立てているのかもしれない。 


「魔鉱石は農地に混ざるとまずいの?」 

「そうじゃぞ。魔族領の土地の貧しさも魔鉱石の含有量に由来すると言われているのじゃ」


 そういえば、ヴィヴィは魔王軍四天王として、土地の改良に従事していたらしい。

 そんなことを思い出していると、いいことを思い出したといった感じでヴィヴィが笑顔になった。


「よし、アル。開墾するのじゃ」

「突然何を言い出すんだ」

「アルも衛兵業務だけだと暇じゃろ」

「それはそうだが……」


 村のために何かできることがあるなら、それに越したことはない。

 それに、おいしい野菜が採れれば俺が嬉しい。


「土地の改良は、わらわの得意分野なのじゃ」


 ヴィヴィがやる気だ。ここまでやる気のヴィヴィをみるのは初めてかもしれない。

 ヴィヴィのやる気を削ぐこともない。


「よし。じゃあ開墾するか」

「うむ。あ、だがひざが痛いなら無理しなくていいのじゃぞ?」

「無理しないさ」


 ヴィヴィが心配してくれた。

 善は急げという。

 俺はヴィヴィと一緒に村長のところに行く。早速、森の一部を開墾する許可をもらった。


 そして、忘れてはいけないことがもう一つ。


「フェム」

「わふ?」

「森を切り開く。良いだろうか?」

『かまわぬ』


 森を縄張りとする魔狼王の許可がおりた。

 これで思う存分開墾できるというものだ。


「開墾するぞー」

『ひざはいいのか?』


 フェムまで心配してくれた。

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