次の日の朝。
やはり魔狼たちはネズミやモグラを積み上げていた。
「いつもすまないな」
「わふわふぅ」
魔狼たちはいっせいに尻尾を振る。
全員を存分に撫でてやった後、ねずみの山を検分する。
昨日のこともある。入念に調べた。その様子をモーフィがじっと見ている。
俺が懸念していた通り、ねずみの遺骸にまじって魔鼠がいた。
「これは魔鼠だよな」
『今日も仕留めたのだぞ』
「えらいぞ。フェム」
「わふぅ」
フェムを撫でてやってから尋ねる。
「最近、魔鼠以外に、変わったことはある?」
『縄張り内にゴブリンを見かけるようになったのだ』
「ゴブリン?」
ゴブリンは人間の子供くらいの大きさの人型の魔獣だ。知能は高くはない。
だからといって油断はできない。
個体としての戦闘力は低いが、集団で行動するため、危険度は高い。
ゴブリンに襲われて滅んだ村だってあるのだ。
『もともとゴブリンはたまに来るのだ』
「多くなったってこと?」
『そうなのだ。だがフェムたちが狩っているから安心なのだぞ』
魔獣の生態系に変化が起きつつあるのかもしれない。
もともと、この辺りの生態系の頂点は魔狼と魔熊だ。
最近は魔狼が優勢だが、魔熊も有力な魔獣であるのは間違いない。
「魔熊には動きはある?」
『侵入しようとしてくる魔熊は増えたのだ』
「そうか」
『だが、追い返しているのだぞ!』
フェムは自慢げだ。尻尾もびゅんびゅん揺れている。
「フェムは偉いな」
俺はフェムをほめてやりながら考える。
生態系が変化したのは確からしい。
いまは魔狼たちの努力で、影響を抑えられている。だが、いつ限界を迎えてもおかしくはない。
「なるべく早く調査したほうがいいかもな」
「わふ?」
フェムはきょとんとしていた。
同時にモーフィの鳴き声が聞こえる。
「もぉぉ」
さっきまで、俺の隣で大人しくしていたのに、いつの間に移動したのか。
倉庫の向こうからモーフィが走ってくる。
「モーフィ?」
「もぉもぉ」「GYAGYAGGAAA」
モーフィはゴブリンを一匹咥えていた。
ゴブリンがじたばたと暴れるため、モーフィは顔を殴られ蹴られている。
「大丈夫か?」
「わふぅ!」
俺とフェムは慌てて駆け寄った。
モーフィはゴブリンを下におろしたので、俺が素早く魔法で退治する。
「モーフィ、怪我はないか?」
『ほめて』
念話でそう言いながら、モーフィは頭をこすりつけてくる。
ほめて欲しくてゴブリンを見つけに行ったのかもしれない。
「えらいけど……あぶないぞ?」
『だいじょうぶ』
撫でてやりながら、モーフィーが怪我してないか調べる。
あれほど殴られていたのに、腫れも傷もなかった。
もとは巨大な牛なのだ。巨体の耐久力をそのままに小さくなっているのかもしれない。
魔獣ならば縮小化したら能力は落ちる。だが、モーフィは霊獣だ。
能力があまり落ちていないのかもしれない。
「でも、びっくりするからほどほどにね」
「もお!」
モーフィの無事が確認出来たら、次に調べないといけないことがある。
「このゴブリンってどこにいたの?」
「もぅ」
モーフィは歩き始める。ついて来いというのだろう。
俺は黙ってモーフィについていく。フェムもついてくる。
倉庫の裏側からさらに3分ぐらい歩いたところでモーフィは止まる。
「もぅもぅ!」
「ここで捕まえたの?」
『つかまえた』
「よく気付いたな」
「もうっ!」
モーフィをほめてやると嬉しそうに鳴いた。
モーフィの声に反応したのか、草陰からゴブリンが飛び出してくる。
「GYAAGYAA」「GYAAA」「GYAAA」
その数三匹。
ゴブリンは目の前の敵との力量差を図るほどの知能はない。
躊躇なく襲い掛かってくる。
俺は魔法を飛ばして即座に退治した。
「まだいたのか……。少し調べるから手伝って」
「……わふ」「もぅ」
俺は周囲を調べ始める。フェムは心なしか元気がない。
少し調べると穴があった。見覚えがある。
『粘土をとった穴なのだ』
「そうだな」
小屋を建てたとき、レンガを作るために森の中から粘土質の土を集めた。
その際にできた穴が森の至る所にある。
「ゴブリンは、ここを巣穴にしようとしていたのか?」
『かもしれないのだ』
臭いを一生懸命嗅いでいたフェムが言う。
モーフィが気づいてよかった。俺はモーフィを撫でてやった。
『縄張りに侵入された上に、ここまで接近を許してしまったのだ。恥ずかしいのだ』
フェムは落ち込んでいる。尻尾にも元気がない。
「もぅ」
慰めるように、モーフィがフェムをぺろぺろ舐めている。
牛の嗅覚は鋭い。だが狼の嗅覚も鋭いのだ。
フェムが気づけなかった臭いに、モーフィが気付けたとは考えにくい。
「モーフィなんでわかったの?」
「もぅ?」
モーフィは首をかしげる。
「臭いで分かったの?」
『わるいかんじした』
「ふむ」
霊獣独特の感覚があるのかもしれない。
特にモーフィは勇者クルスによって聖別された霊獣だ。
何か特別な感覚を持っていてもおかしくはない。
「モーフィ。また悪い感じがしたら教えてね」
『わかった』
ゴブリン3体の戦利品回収はしない。
ゴブリンから採れる素材は質が悪すぎて値がつかないのだ。
ゴブリンが武器などを持っていた場合は、それが戦利品となる。だがそれも大抵ガラクタだ。
だからこそ、冒険者にゴブリンは嫌われる。
討伐依頼任務でもなければ、ゴブリンはわざわざ狩りたくない類の魔獣だ。
「フェム。ゴブリン食べる?」
『食べないのだ。ものすごくまずいのだぞ』
「そうか」
ゴブリンは冒険者だけでなく、魔狼にも不人気らしい。
俺はゴブリンの遺骸を炎魔法で焼却した。
「午後から調査したほうがいいな」
ゴブリンが村の近くに巣を作ろうとしていたのだ。
もう、あまりゆっくりしないほうがいいだろう。
俺は午後から異変の調査に行くことを決心した。