俺はヴィヴィ、フェム、そしてモーフィの様子を見る。
やる気十分。疲れもなさそうだ。
依然として、周囲の魔獣は警戒してこちらに突っ込んでくる気配がない。
俺はフェムに指示を出す。
「フェム。一番強そうな気配に突っ込むぞ」
『わかったのだ』
フェムは一度ぶるっと体を震わすと、走り出す。
モーフィに乗ったヴィヴィもついてきた。
「ヴィヴィ、なにかあれば守るつもりだが、油断はするなよ」
「わかっておるのじゃ」
「危ないと思ったら、すぐ逃げろよ。モーフィ、ヴィヴィを頼むぞ」
「もぅ」
力強くモーフィが返事をしてくれた。
モーフィは牛なので、強そうな印象がないが、実は強い。
『臭いが強くなってきたのだ。ドラゴンなのだぞ』
「了解。一度止まって」
「わふっ」
少し遠くに、地竜がいる。
この前戦った地竜より一回り大きい。
「やせている……、のかな?」
「やせているのじゃ」
ヴィヴィが断言する。
ドラゴンは硬い鱗でおおわれた分厚い皮膚を持っている。
だから、痩せていてもわかりにくい。
「ヴィヴィ、よくわかるな」
「見れば、なんとなくわかるのじゃ」
「そうか」
そんなことを話していると、地竜が大きく吠える。
「GYAAAAAOOOOOOO」
威嚇しているようにも思える。
だが、吠え声に威圧感がない。こもっている魔力が少ないのだ。
初めて会った時、フェムは吠え声に魔力を込めてぶつけてきた。
あの時のフェムの方がよほど威圧感があった。
「追い払えるならそれが一番なんだけども」
「そう簡単に行くなら苦労しないのじゃ」
「そうだよなぁ」
俺たちは地竜の様子を観察する。
この辺りは本来、地竜の生息域ではない。この地竜はどこから来たのだろうか。
何とかして、もともと住んでいた場所に戻ってほしい。
「GYAAAAAAAAA」
また地竜が吠えた。
フェムが耳をピンと立てた。
『これは仲間を呼んでいるのだ』
「そうなの?」
『そんな感じの魔力がこもっているのだ』
「へぇ」
フェムの言葉は正しかったようだ。魔獣が続々と集まってくる。
空を飛んでワイバーンがやってくるのが見える。
ドシドシと、地竜型のレッサードラゴンが走ってくる音が聞こえる。
俺はフェムから降りた。
「フェム。俺のことは気にしないで戦っていいぞ」
『でも……。アルはひざが痛いのだ』
「この程度の敵なら、動く必要はない」
『確かなのだな?』
「うむ」
『わかったのだ』
次に俺はモーフィに乗ったヴィヴィを見る。
「ヴィヴィ、モーフィに乗ったまま戦う? それとも俺の後ろで戦う?」
「アルの後ろで戦うのじゃ。モーフィはきっとわらわが乗ってないほうが強いのじゃ」
「そうか」
ヴィヴィがおりるとモーフィは悲しそうに首を傾げた。
「もぅ?」
「戦闘ならこっちの方がいいからな」
「……もう」
「怖かったら逃げてもいいぞ」
『にげない』
モーフィの言葉からは強い意志を感じた。
「モーフィもフェムも。そしてヴィヴィも。好きに戦っていいぞ。俺がフォローする」
「わかったのじゃ」「わふ」「もう」
「あ、ヴィヴィは俺から離れるなよ。広い範囲を障壁で守るのはめんどうだからな」
「わかっているのじゃ」
そうこうしている間に、地竜の周りにドラゴンが集まっていく。
地竜1匹、ワイバーン5匹、地竜型のレッサードラゴンが7匹だ。
「結構多いな」
「逃げたいのかや?」
「まさか」
ひときわ大きな声で地竜が吠えた。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」
「ひぁっ」
強力な魔力がこもっている。戦意を喪失させる竜の吠え声だ。
ヴィヴィは体を硬直させ、それからブルブルと震え始めた。普通はこうなる。
だからドラゴン討伐は軍隊をしても難しいのだ。
吠え声に耐えられずに体が硬直する。戦意を失い震えだす。
そこを蹂躙されたら、数百人の兵でも簡単に壊滅する。
「GYAAAAAA」「GOOOOOO」「GUAAAAAAA」
地竜の吠え声に呼応するように、竜たちが吠える。すべてに魔力がこもっていた。
攻撃開始の合図だ。
一斉に竜たちが襲い掛かってくる。
「がうっ」「もおおおお」
フェムが突撃していく。
一方、モーフィは大きくなった。みるまに、小山のような大きさになる。
「……おおっと」
モーフィ本来の姿を久しぶりに見て、少し驚く。
こんなに大きかったっけ?
本来の姿を知っている俺でさえそんなことを思ったのだ。
竜たちはもっと驚く。
「GAa……」「GOo……」
竜たちが委縮したところに、フェムが襲い掛かる。
フェムはレッサードラゴンの首に噛みつきねじ伏せる。
そこに急降下で襲い掛かってくるワイバーンは、俺が魔法で撃ち落とした。
竜種は総じて魔法耐性が高めだ。だから念のために三発ずつ撃ち込む。
「もおおおおおおおおお」
「Gya……」
モーフィは地竜にめがけて突進する。
地竜も迎え撃とうと火炎を吐くが全く効かない。
モーフィはそのまま頭突きする。地竜は跳ね飛ばされた。
のろのろと立ち上がった地竜がモーフィに噛みつくが牙も通らない。爪も全く効いていない。
「モーフィめちゃくちゃ強いな……」
フェムもレッサードラゴンをねじ伏せ、ワイバーンを切り裂いている。かなり強い。
だが、モーフィの活躍はすさまじい。
頭突きすれば地竜が吹っ飛ぶ。蹄で蹴られたら竜であっても致命傷だ。
「俺の出番がない」
それはいいことだ。
もともと、俺が一人でほとんど倒す気でいた。
だが、想定以上にモーフィとフェムが強かった。俺は軽く攻撃しただけで終わってしまった。
竜たちが全滅した後、フェムとモーフィが戻ってくる。モーフィはもう小さくなっている。
「フェム。モーフィ。お疲れ」
「わふ」
モーフィはヴィヴィに駆け寄る。
そして、心配そうに顔をぺろぺろなめる。
『だいじょうぶ?』
「だ、だいじょうぶじゃぞ」
硬直から解けたヴィヴィは強がるように言う。
それでも、モーフィは心配そうに寄り添っている。
ヴィヴィは、モーフィにギュッと抱き着く。
それを見ながら、俺はフェムを撫でてやった。
「わふう」
俺とフェムは目を合わせる。そしてうなずいた。
ヴィヴィの下半身はぬれていた。吠え声を浴びたときに漏らしたのだろう。
俺とフェムは、そのことには気付かないふりをすることにした。