壁が爆発する少し前。俺は魔力の動きと殺気を感知していた。
ほとんど無意識に、横になったまま、条件反射で魔法障壁を張った。
直後、大きな音とともに壁が爆発した。
爆風とともに壁の破片が障壁にぶち当たる。
障壁が間に合わなければ、全員無事では済まなかっただろう。
モーフィとフェムが素早く飛び起きる。
「ひぇ、なんじゃ、なんじゃあ」
一方ヴィヴィは寝ぼけてバタバタしていた。
俺はシギを抱いたまま、飛び起きる。
「りゃ、りゃっ」
シギは怯えているのか、俺にしがみついている。
崩れた壁の隙間から一人の男が侵入してきた。
「おはよ——」
挨拶しかけた男に、俺は無言で魔法弾を撃ち込んだ。
男が張った障壁ごと小屋の外へと吹き飛ばす。
「話を……」
まだ口を開こうとしている。
舐めた話だ。会話したければ、日が昇ってから、玄関から来るべきなのだ。
俺は魔法弾を容赦なくぶち込んだ。
男は必死の形相で障壁を張り続けている。
「ぐおおおおおお」
男は叫ぶ。
俺の魔法弾が障壁を砕く。魔法弾を食らった男が倒れた。
そこで、俺はひとまず攻撃をやめる。
「なんか用か?」
「……竜の子を渡せば命だけは助けてやろう」
地面に倒れた状況で、これだけ言えるとは大したものだ。
シギショアラを渡すことなどありえない。
「お断りだ」
「ならば力づくで奪わせてもらおう」
ビキビキと音を立てて、こめかみから二本の角が生えていく。鋭い爪が伸びていく。
それだけでなく、魔法弾で付けた傷も一気に回復していった。
「やはり魔人か」
「いまさら後悔しても遅い」
魔人は勝ち誇るように言う。
俺の魔法弾を食らった今でも、絶対的な自信があるのだろう。
「後悔しながら焼け死ね!」
魔人が火炎弾を放ってきた。
村の近くで火炎は危険だ。障壁で弾くだけでは、火事の危険がある。
だから水弾ですべて撃ち落とす。
「りゃっりゃー、りゃ」
俺の胸にしがみつきながら、その様子を見ていたシギが嬉しそうに鳴く。
花火のようなものだと思っているのかもしれない。
確かに綺麗ではある。
俺は水弾と同時に魔法弾を連続で放った。数発目で障壁が砕ける。
魔人の顔が引きつった。
「たとえ魔人だろうが、俺に魔法戦を挑むとはいい度胸だ」
「くそがっ!」
魔法戦では勝てないと判断したのだろう。
魔人は腰の剣を抜いて、襲い掛かってくる。
シンプルだが、よく鍛えられた業ものだ。
目にも止まらなぬ素早さ。身体能力を魔法で上げているようだ。
魔人は魔法能力も身体能力も高いのだ。
鋭い斬撃。一流の剣士でも防御も回避も難しかろう。
それを連続で浴びせかけてくる。
俺は魔法障壁を操って、斬撃をさばく。
隙を見て腹に魔力弾をぶち込んだ。
魔人は吹き飛んだあと、再度襲い掛かるため跳躍する。
その踏み込みの瞬間、重力魔法をかけた。重くするのではない。軽くしたのだ。
魔人は自身の脚力で上空高くに飛び上がる。
「うおおおおおおおお」
「空中ならよけようもあるまい」
俺は右手で火炎弾を連続で放ちながら、左手で特大の魔法弾を作り出す。
火炎弾は対人では効率がよい。高温の火炎は、かすめるだけでダメージを負う。
対象の近くで炸裂させればより効果的だ。
上空に向かって放てば、火事の危険もないので安心だ。
「ぬうおおおおおお!」
火に包まれて魔人は叫ぶ。
障壁を何度も張りなおして、全方位から襲い掛かる火炎に必死に対処しているようだ。
「これもやろう」
特大の魔法弾を何度も圧縮した高濃度の魔法弾をぶっ放す。
障壁がたやすく砕けた。
同時に周囲にたまっていた火炎がそのまま魔人を焼いていく。
再度重力魔法を発動する。今度は重くしたのだ。
火だるまになった魔人を、一気に地面へと叩きつけた。
それでも、魔人はまだ息がある。
油断はしない。すかさず魔法の縄で拘束した。
そこまでしたところで、クルスやルカたちがやってきた。
「終わりましたか?」
「終わったぞ。手伝ってくれても良かったんだがな」
「まさか。アルさん邪魔されるの嫌がるでしょ?」
クルスはそんなことをいいながら、にこりと笑う。
「りゃっりゃっ」
シギは興奮しているのか、羽をパタパタしていた。
そんなシギを撫でながらルカが言う。
「戦っている間、警戒しといてあげたんだから感謝しなさいよね」
「それはありがとう」
ルカたちにもお礼を言う。
魔人は俺一人でも大丈夫だと判断したのだろう。
そして魔人が陽動であった可能性に備えてくれたのだ。
頼りになる仲間たちである。
「おっしゃん、だいじょうぶ?」
「怪我はありませんか?」
コレットとミレットが遅れて出てきた。
二人とも不安そうだ。
「大丈夫だ。怪我もないぞ」
「そうでしたか」
「悪い奴は倒したから、安心していいぞ」
「わかった!」
ミレットと、コレットも安心したようだ。
一方、ルカは魔人を調べていた。
「こいつが卵泥棒ね」
「そうだな」
魔人を包んでいた炎を消す。
魔人は、黒焦げになりつつも、まだ息がある。
「何のために古代竜の卵を盗んだんだ?」
「……お前らには関係のないことだ」
「竜大公をゾンビ化させて支配するのが目的ってところか」
「……わかっているならなぜ聞く?」
黒焦げになった魔人は体力とともに精神力を失っていたのだろう。
黙秘を貫こうとはしなかった。
成竜となった古代竜をゾンビ化させるのはほぼ不可能だ。
だからこそ、人質として卵が必要だったのだろう。
「もう竜大公は死んだ。まだ卵がいるのか?」
「幼竜ならばゾンビ化も容易かろう」
「りゃー」
俺の胸にしがみついていたシギが、怒るように鳴く。
「ゾンビ化させたあとどうするつもりだ?」
「人族を支配するためだ。人族の肉はうまい」
魔人ならば特に不思議のない動機だ。
だが少し単純すぎる気もする。
その後も尋問した。
だが、もうシギを狙っている魔人はいないという以外、有効な回答は得られなかった。
それを聞いていたルカが神妙な顔で言う。
「アル。あとはあたしに任せてくれる? この前クルスが捕縛した魔人との関連も調べたいし」
「それはかまわないけど。関連あると思うか?」
「調べてみないとわからないけどね。クルスが捕縛したほうの魔人も魔獣を集めたりしていたようだし」
「ふむ」
魔人は個人主義だ。魔人同士で連携することはまずない。
あるとすれば、魔人を圧倒的な力で支配する何者かがいる場合だろうか。
だが、それは少し考えにくい。
「ルカに任せる」
「ありがと。シギちゃんの親を殺して家の壁を破壊したし、放火の罪も加わるし。結構重い罰になると思うわ」
そういって、ルカは魔人を連れて王都に戻っていった。
その後、俺たちは、不安そうに様子を見に来た村人に、もう大丈夫明日説明するからと言って安心させた。