生まれたばかりの幼竜がどのくらいお腹がすいているのかはわからない。
そもそも、お腹がすいているかもわからない。
だが、お腹がすいたら、すぐに食べられるようにしてあげたほうが良いだろう。
小屋から出ると、シギショアラは俺の胸にしがみついて、小さな声で鳴いた。
フェムとモーフィもついてきてくれた。
「りゃー」
「寒いか?」
声をかけて、シギショアラを手で包む。
真夜中に俺が出てきたことに気づいて、魔狼が二匹ほど、小屋から出てきた。
「わふ?」「わふふ?」
「おう。起こしちゃったか。また明日、しっかり紹介するからな」
「りゃぁ」「わふわふ」
しゃがんで、シギショアラを魔狼に見せる。シギショアラは怯えることなく、ぱたぱた羽を広げている。
挨拶がてら互いに匂いをかがせてから、倉庫に入る。
倉庫に入るとシギショアラはきょろきょろ見回した。
「食べたい肉とかある?」
「……」
『わふっ。これがうまいのだ』
シギショアラは無言で周囲を見回していた。
フェムは尻尾を振りながら、地竜の肉を鼻で示す。
「これか」
『そうなのだ』
地竜の肉を少しだけ切り取って、シギショアラの鼻先にもっていく。
少し匂いを嗅いだ後、パクパク食べた。
「うまいか?」
「りゃー」
幼竜は機嫌よさそうに見える。満足するまで肉を食べさせた。
それから地竜の肉を一抱え持って倉庫を出る。
台所の保存庫に入れておいてもらうことにした。
そうしておいて、俺たちは再び眠りについた。
朝。俺は「りゃーりゃー」鳴く声で目を覚ました。
「お腹すいたの?」
「りゃー」
言葉はわからないが、たぶんお腹がすいたということだろう。
俺は寝ぼけ眼で台所にいって肉を取り出す。
それから食堂に移動して、肉を食べさせた。
「アルさんのご飯も用意できてますからね」
「ありがとう」
完全に衛兵小屋に住み込んでいるミレットが朝食を並べてくれた。
とても助かる。
起きていたコレットは興味津々といった感じでシギショアラを撫でていた。
少し遅れて起きてきたルカがシギショアラを見て目を細める。
「シギショアラちゃん、可愛いわね」
「だろ」
なんか自慢したくなる。
俺が肉をあげている間、ちょくちょくシギショアラを撫でていたコレットが言う。
「シギちゃん、いっぱい食べるんですよー」
「りゃあ」
「シギちゃんってなんか可愛いわね」
「シギショアラだと長いからあだ名!」
シギちゃんというのは、愛称としてはいいかもしれない。
コレットの言う通り、シギショアラは少し長い。
「そうだな。シギって呼びやすくていいかもな」
「でしょでしょ、おっしゃんもそう思うでしょ」
「そうだな。みんなはどう思う?」
「いいと思うのじゃ」「いいとおもうのだわ」「いいと思います!」
ヴィヴィとユリーナとクルスが賛同してくれた。
肉を一生懸命食べているシギショアラにも尋ねる。
「シギって呼んでもいいか?」
「りゃーー」
シギは嬉しそうにバタバタ羽をばたつかせる。
「じゃあ、お前のあだ名はシギだ!」
「りゃありゃあ」
羽をバタバタさせながら、シギは卵の殻から出てきた。
それまで、シギは卵の殻の中に、半分入ったままだった。
出てくるときに開けた上部以外、卵の殻は綺麗に残っているのだ。
「シギちゃん。もう殻はいいのか?」
「りゃあ」
「そうか」
もういいらしい。孵化から半日経って外に出たくなったのだろう。
「シギちゃんの卵の殻を貸してほしいのだけど」
「りゃー」
ルカの申し出にシギは気前よく返事する。
どうやら貸してもいいらしい。
「いいってさ」
「ありがとう」
ルカはものすごくうれしそうだ。古代竜の卵の殻を調べたいという気持ちはわかる。
魔獣学者なら当然だ。
肉を食べ終わったシギは、すぐに寝始めた。赤ん坊だから仕方がない。
連れて歩いて起こしてしまったらかわいそうだ。
俺はシギをベッドに寝かせて、ミレットに世話を頼んでから衛兵の業務に向かった。
村の入り口に座って1時間後。
「りゃあああああああああああ」
小屋の中から声が響いた。
俺の横で横たわっていたフェムが驚いて飛び起きる。
俺は急いで小屋に向かった。ひざが痛いので走らないが出来る限り急いだ。
俺の部屋に入ると、困った顔でミレットがシギを抱きかかえていた。
「シギちゃんが泣きやんでくれなくて」
「りゃありゃありゃあ」
シギは大きな声で鳴いている。
「お腹がすいたのかな?」
「肉も食べてくれないんです」
シギの横には細かく切り分けられた地竜の肉が置かれている。
俺はミレットからシギを受け取った。
「りゃあ……りゃあ」
小さな声で鳴きながらシギは俺の胸に頭をこすりつけてくる。
「どうした、お腹がすいたのか?」
「りゃあ」
『たぶん起きたときに、親が見えなかったから泣いたのだ』
フェムがそんなことを言う。
確かに俺が抱いた後は、甘えるように小さな声で鳴くだけだ。
「竜の生態はよくわからないな。シギちゃん、お腹は減ってないか」
「りゃあ」
お腹がすいてそうな声な気がした。
地竜の肉をシギの鼻先にもっていく。パクパク食べる。
ミレットが悲しそうな顔になる。
「私が食べさせようとしたときは食べてくれなかったのに……」
「シギちゃん。ミレットに失礼だぞ」
「りゃっ!」
拒否するといった感じの鳴き声だ。
どうやら、俺の手から以外、食べる気はないらしい。
その日は衛兵業務にもシギを抱いて連れて行った。
夕方、帰ってきたルカに今日起きたことを説明した。
興味深そうに聞いていたルカが言う。
「親と認めたものからしか、ご飯をもらわないという習性でもあるのかしら」
「わからん。もしかしてこの指輪の効果かな?」
「竜大公の玉璽? ありえるわね」
それからルカの指導の下、実験した。
まずは俺以外の者が餌をやって食べるか試した。やはりかたくなに食べなかった。
次に玉璽の指輪をはめたクルスやルカが餌をやってみる。それでも食べなかった。
そして、指輪をはめていない俺の手からはパクパク食べた。
「指輪は関係ないみたいね」
「だな」
「親以外からは餌をもらわないと考えたほうがいいかもしれないわね」
それはとても面倒だ。一日何度も俺が餌をやらなければならない。
その上、見えないところにいると泣き喚くのだ。
でも、なぜか、少し嬉しかった。
指輪を指にはめたり外したりしていたルカが言う。
「アルが付けたときと私たちが付けたときで微妙に色違う気がする」
「え? そうかな?」
「アル。ちょっとつけてみてよ」
俺は玉璽の指輪を指にはめる。ほんの少しだけ色が変わった。
もともとほんの少しだけ青みがかった白だったが、その青みが少し増したのだ。
「極地にある氷山の色みたいだな」
「氷山って青いんですか?」
クルスが首をかしげて聞いてくる。
「俺も極地には一回しか行ったことないが、綺麗な青だったぞ」
クルスたちとパーティーを組む前。
一度だけ、極地にだけ育つという植物を採取してほしいという依頼で極地付近に行ったことがある。
行くだけで数か月かかった。その分実入りはよかったのだが、とても苦労した。
俺の指にはまった玉璽を観察していたヴィヴィが言う。
「ふむ。色が変わったと気づいてから改めて魔力探知したら、アルが付けている時だけごく微量に魔力の流れが変化している気もするのじゃ」
「そういわれたら、そうだな」
つけている俺が気づかない程度の微量な魔力の変化だ。
玉璽は元から魔力を帯びている。決して弱くはない魔力だ。
だから微量な変化に気が付かなかった。
「アルがはめてないと意味がないのかもね」
「個人特定型の魔道具は珍しいし高度なのだわ」
ルカとユリーナがそんなことを言っていた。
一方クルスとコレットはシギを撫でている。
「ぼくもシギちゃんにご飯あげたかったなー」
「コレットもー。おっしゃんいいなー」
そんなクルスとコレットに、フェムとモーフィが体をこすりつけている。
自分たちになら、ご飯をくれてもいいのだぞと言いたげだ。
「フェムとモーフィちゃんにおやつあげる!」
「わふ」「もう」
コレットからおやつをもらって、フェムとモーフィは嬉しそうに尻尾を振った。
その夜も俺はフェムとモーフィと一緒に寝る。当然シギも一緒だ。
二時間おきぐらいに、シギが起きて泣くので、そのたびに起きて餌をやる。
冒険者だから、夜中に何度も起きることは慣れている。
魔獣の襲撃でたたき起こされるよりははるかにましである。
二回目の餌やりの際、ヴィヴィがベッドに入り込んでいることに気が付いた。
モーフィに抱きついている。
ヴィヴィはシギが鳴いても全く起きないのがすごいと思う。
日の出の前。東の空がぼんやりと明るくなり始めたころ。
突然、俺の部屋の壁が爆発した。