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75 古代竜の孵化

 卵、シギショアラは一度だけびくりと動いてすぐ止まる。そしてまた動く。

 今度は数度ブルブルと震えるように動いた。


 卵を両手で抑えながら俺はつぶやく。


「シギショアラが動いた」

「ふふ。アルさん、妊婦さんみたいですね」


 ミレットが冗談かと思ったのか、そんなことを言って笑う。

 フェムも生暖かい目で見てくる。


『お腹を蹴ったっていいたいのだな?』

「本当だぞ。シギショアラが動いたんだ」

「そうなんですねー」「わふーん」


 ミレットはニコニコしていた。フェムは興味なさげに頭を後ろ足でかいていた。

 ミレットもフェムは信用していなさそうだ。

 それを見ながら、俺は卵を優しくなでる。


「本当なのに……」


 フェムたちは信用してくれなかったが、確かに震えたのだ。

 もしかしたら孵化が近いのかもしれない。


『一日、二日でかえるなら、竜大公が一言教えてくれたと思うのだ』

「そうですよ。お母さんなら孵化したシギショアラちゃんを見たいと思うんですよね」


 フェムとミレットの主張は、正しいように思う。

 俺は竜大公の言葉を思い出す。


「いや、でも竜大公はすぐに孵るって言ってたし」

『古代竜基準のすぐなのだぞ。数か月でもおかしくないのだ』

「そうかもしれないけどさ。それに、ゾンビ化しそうで限界だったらしいし」

「なるほどー」


 ミレットは優しい手つきで卵に触れる。

 フェムも椅子に座る俺のひざに前足を乗せて卵の匂いを嗅いだ。


『シギショアラは動いてないのだ』

「動く気配はないですねー」


 それからしばらくの間、卵は全く動かなかった。



 夕方になる。

 昨日と同じように、一緒に風呂に入った。夕食を食べるときも卵と一緒だ。


 夕食の間中、俺の隣に座ったクルスが卵を撫でまくっていた。

 クルスが撫でると、人知を超えた何かが起こりかねないのでほどほどにしてほしい。


「シギショアラちゃん、元気な竜にうまれるんですよー」

「クルスはシギショアラが気に入ったんだな」

「白くて丸くて、なんか可愛いです」

「そうか」


 卵が可愛いというのは、俺にも分かる。

 確かに卵は可愛いのだ。


 ルカが冷めた目で否定してくる。


「いや、卵自体は可愛くはないでしょ」

「そうだろうか」


 そんなことを言っていたくせに、夕食の後ルカはシギショアラを撫でに来る。

 ユリーナやモーフィ、フェムにヴィヴィも隙があれば撫でに来るのだ。

 ミレットやコレットも撫でに来る。


「やっぱりルカもシギショアラが可愛いんだろ」

「これは学術的好奇心だから」

「はいはい」


 みんな卵が可愛いに違いない。


 俺は寝室に戻ると、大切にシギショアラを抱えたままベッドに入った。

 一緒にベッドに入ったフェムとモーフィも、しばらく卵の匂いを嗅いでいた。


 真夜中。

 俺は卵が震える振動で目を覚ました。

 目が覚めて最初に見えたのは、いつの間にかに入ってきていたクルスだった。


「むーにゅ」

「寝てるし……。というか重いし……」


 クルスはへんな声を出しながら、気持ちよさそうに眠っている。

 俺の腹の上にあるシギショアラを抱くような格好だ。

 つまり俺の腹の上にはシギショアラとクルスが乗っている。

 どうりで重いはずである。


 俺は卵を両手で触ってみる。ふるふると震えていた。

 大丈夫なのだろうか。心配になった。


 震えてるってことは中で死んでるってことはないはずだ。

 病気とか苦しんでるとかによる震えじゃなければよいのだが。


「シギショアラ、がんばれ」


 俺は小さな声でそうつぶやくと、卵をぎゅっと優しく抱きしめた。


 ——ピキっ


 音がして、卵の上部にひびが入った。


 ——ピシピキっパキっ


 上部の卵の殻の一部がはじけ飛んだ。

 そこから白い小さな竜が顔を出す。


「りゃー」

「おお、シギショアラ。おはよう」


 驚いて、間抜けな挨拶をしてしまった。

 小さい竜は卵の殻から体を半分だすと、甘えるように顔を俺の胸にこすりつけてくる。


 親と同じく白くて美しい竜だ。足と手と翼もあるタイプの竜だ。


「えっとえっと、餌だよな、餌」

「むにゅう。どうしたんですかー」


 俺が慌てていると、クルスが目を覚ましてくる。

 そして、孵った白い竜に気づいて笑顔になった。


「わあ、シギショアラちゃん、かわいいです」

「りゃありゃあ」


 クルスに撫でられて、シギショアラは目を細めている。

 人懐こい竜らしい。

 フェムとモーフィも起きてきて、シギショアラの匂いを嗅いでいた。


「え、えさあげないと……」

「ドラゴンの赤ちゃんの餌ってなんですか?」

「な、なんだろう。ルカに聞きに行こう」


 俺は卵に半分入ったままの竜を抱えたままルカの部屋へと走った。

 クルスとフェム、モーフィもついてくる。


「ルカ、ルカっ! 起きてる?」

「……」

「ルカ! 起きてる?」

「……何時だと思ってるの! おきてるわけないでしょ」


 しばらくしてルカが出てきた。寝ていたところを起こされたからだろう。

 とても機嫌が悪そうだ。


「シギショアラが卵から孵ったんだけど、餌って何やればいいのかな?」

「うわ。これが古代竜の赤ちゃんなのね」

「りゃー」


 ルカの機嫌が一気によくなる。恐る恐るといった感じで撫でている。

 その騒ぎを聞きつけたのだろう。ユリーナやミレット、ヴィヴィも起きてきた。

 小さいコレットは起きてきていない。まだ眠っているのだろう。


「起こしてごめん」

「気にしなくていいのだわ。お産は時間を選ばないものだわ」

「そうですそうです」


 俺が謝ると、ユリーナとミレットは笑顔でそう言った。


 お産ではない。だが、生まれてきたシギショアラにとっては似たようなものなのかもしれない。

 ヴィヴィは嬉しそうに竜を撫でていた。


「おぬしの親御どのから、アルが託されたのじゃぞ。ちなみにわらわもその場にいたのじゃ。だから母と思ってよいのじゃ」

「りゃぁ」


 ヴィヴィの理屈はよくわからない。

 それを見ていたルカが言う。


「古代竜のあかちゃんの餌……」

「餌についても聞いてなかった。母竜がいないから乳もないし……」

「アル。落ち着きなさい。竜は哺乳類じゃないの。もともと母乳は出ないわ」

「あ、そっか」


 新しい生命の誕生に、柄にもなく動転していたらしい。

 少し恥ずかしい。


「他の竜と同じように、普通に肉とかでいいんじゃないかな」

「肉かぁ。牛とか鶏の肉でいいのかな?」

「いいと思うけど。それから竜も魔獣に分類されるわけだし、ここの温泉とかもいいかも」


 魔獣は魔力を食べることができるのだ。

 魔力が多く含まれた温泉のお湯は、きっとおいしい。


 それを聞いていたクルスがいいことを思いついたといった顔になる。


「あっ! モーフィのおしっことかいいんじゃないかな」

「やめなさい」

「もぅ?」


 とりあえず、俺はクルスをたしなめておいた。モーフィは首をかしげている。

 モーフィの尿は確かに魔力濃度がものすごく高い。だが、さすがに尿を飲ませるのは抵抗がある。

 非常時になったら、考えよう。


 そんなことを話しているうちに、俺は倉庫に入れた肉の存在を思い出した。


「フェム。倉庫に入れておいた地竜の肉とか少しもらっていい?」

『よいぞ』

「ちょっと、共食いなのだわ」


 ユリーナから待ったがかかった。

 だがルカが冷静に教えてくれる。


「いや、竜種と言っても全然違うから大丈夫よ」

「でも……」

「気持ちはわからなくもないけど。人間だって、同じ哺乳類の牛とか豚とか食べるでしょ?」

「そうだけど」

「竜種という分類は、ほ乳類ぐらい大きいのよ」


 魔獣学者のルカが大丈夫というなら大丈夫だろう。


「じゃあ、ちょっと倉庫に行ってくるわ」


 俺は卵に半分入ったままのシギショアラを抱えたまま倉庫へと走った。

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