夕食後、温泉に入る。竜大公の公子の卵、シギショアラも一緒だ。
脱衣所で、卵を持っていると、クルスが心配してくれた。
「ゆで卵になっちゃいませんか?」
「竜大公によると、火炎耐性が強いらしいし大丈夫だろ」
「なるほどー」
「それはそうと、なぜクルスまで温泉に入ろうとしているんだ?」
「え? ぼくだってお風呂ぐらい入りますよ!」
服を脱ぎかけていたクルスは、不服そうに頬を膨らませる。
俺が言いたいのはそういうことではない。
「えっと、混浴するのはどうかと思うぞ?」
「ぼくは気にしません」
「ああ、そう」
クルスを説得するのは面倒なので、俺はそのまま風呂に入る。
モーフィやフェムと卵を洗って湯船に入る。
すると先に湯船に入っていたクルスが寄ってきた。
「シギショアラちゃん、あったかいですかー?」
クルスは卵を撫でている。当たり前だが、シギショアラは反応しない。
クルスは優しく語り掛けながら、卵を撫でつづける。
「お母さんだと思って甘えていいんですよー」
「わふぅ?」「もぅ?」
クルスが変なことをいうので、フェムたちが困惑している。
クルスはシギショアラの母親になるつもりだろうか。
可愛がってくれるなら、それもかまわない。
「クルスはこの子のお母さんになりたいのか?」
「アルさんがお父さんで、ぼくがお母さんですね!」
「え?」
そんなことを言われても困る。
クルスは目をキラキラさせて、卵を撫でている。
「まあ、お母さんとかは置いといて、可愛がるのはいいんじゃないかな」
「えへへ」
風呂から上がって自室に戻るとルカとユリーナが待っていた。
「卵見せてくれない?」
「いいぞ。思う存分見てくれ」
ルカに卵を渡すと、眺めたり撫でたりいろいろしていた。
「いつ頃孵るのかしら?」
「それは聞かなかったな」
「そう」
卵をぎゅっと抱きながら、ユリーナが言う。
「早く生まれてきてほしいのだわ」
「古代竜を見るのは初めてではないだろう?」
俺たちのパーティーが魔王軍と戦いを繰り広げていたころ、古代竜と遭遇したことがある。
要塞をおとす助力を頼んだのだ。
「幼竜は見たことないのだわ」
「あたしもないわね」
「この子を、私とクルスの子として育てたいのだわ」
ユリーナがそんなことを言う。
「いや、それはだめだぞ。託されたのは俺だからな」
「仕方ないわね」
あっさりユリーナは引き下がる。
ルカも優しく卵を撫でる。
「立派な竜に育てなきゃね。あたしにできることがあったら何でも言ってね」
「ああ、頼りにしてるぞ」
魔獣学者のルカが手伝ってくれるなら心強い。
俺はふと思い出したことをユリーナに尋ねてみた。
「そういえば、俺たちが出発する前、クルスとユリーナで魔人を討伐するって言ってたな」
「それがどうかしたのかしら?」
「魔人との戦いはどうだった?」
「どうって、クルスも活躍したし私もいたから死者なしで無事討伐したのだわ」
魔人は強いとはいえ、クルスとユリーナがいれば安定する。
「竜大公の卵を盗んだのも魔人らしいし関係あるのかなって」
「うーん。たぶん、そういうのはないと思うのだわ」
「魔人ってそもそも個人主義でしょ? つるんでたりしないんじゃないかな?」
ルカの指摘は正しい。魔人同士の仲はよくないのだ。
「竜大公の卵を盗むって大々的な計画がありそうだと思って」
「魔人と他の誰かが組んでる方が可能性はあると思うけど」
「それもそうか」
竜大公の玉座から卵を盗み出すことに成功した魔人は生きているのだ。
不死殺しの矢を使い、ゾンビ化の呪いを扱う魔人だ。
容易い相手ではないだろう。
そして、俺が卵を保護していると知ったら、襲撃してくる可能性は高い。
「いざというときは手伝ってもらうかも」
「任せて!」
ルカは力強くうなずいた。
次の日。数日ぶりに衛兵業務につく。
ミレットがやってきて、俺の抱える卵を撫でる。
「シギショアラちゃん、元気に育つんですよー。あ、少し動いたかも」
たぶん卵は動いてない。動いたのは俺の腹筋である。
クルスにもらった抱っこ紐で卵をつるすと、ちょうどお腹の前に来る。
その卵を撫でられるのだ。
「なんか。妊婦になったような気になってきた」
「うふふ。アルお母さんですね」
そんなことを話していると、向こうからフェムが駆けてくるのが見えた。
数頭の魔狼を引き連れ、走っている。
「わふっ」
「どうした?」
『縄張りを総点検してきたのだ』
「おっ、どうだった?」
魔狼の縄張り、その外側を囲むように強力な魔獣たちがたまっていた。
それを昨日フェムが吠えて脅してくれた。古代竜が消えた今、元の住処に戻ってくれると助かるのだが。
『まだ全部ではないけど、ほとんど逃げて行ったのだ』
「そうか、それは助かる」
『ゴブリンもたくさん狩ったのだぞ』
「わふっ」「わふわふっ」
フェムが自慢げに言うと、魔狼たちも嬉しそうに尻尾を振っている。
俺はフェムたちを思う存分撫でてやった。
一方、ヴィヴィは狼小屋の近くで、魔狼たちに話をしていた。
魔狼が苦手なヴィヴィにしては珍しい。
ヴィヴィはモーフィの上に乗っている。モーフィと一緒なら狼も大丈夫なのかもしれない。
「よいか、おぬしら。これは退治したほうがいいネズミじゃ」
「わふぅ?」
「で、こっちは退治しなくてもいいネズミじゃ」
「わふぅ……」
「こっちのネズミはほとんど作物を食べないのじゃ。虫とか食べるから放置したほうがいいのじゃ」
「わふ」
ヴィヴィはネズミの種類について教えている。
正直、俺も知らなかった。ネズミは全部害獣だと思っていた。
「わふわふ」
「やめ、やめるのじゃ、犬臭いのじゃ」
魔狼たちがモーフィの上のヴィヴィに飛びついて顔を舐めている。
モーフィも楽しそうに、魔狼たちを舐めたりしていた。
そのとき、卵がびくっと動いた。