夕食の席に向かう途中もクルスは俺にべったりくっついている。
腕を組んで離さない。
「アルさん、それって卵ですよね、お土産ですか? オムレツがいいと思います」
「いや、これはお土産じゃないんだぞ」
俺は卵をクルスから遠ざけた。
竜大公の公子シギショアラを食べられるわけにはいかないのだ。
「そうなんですかー」
「この卵についても、夕食時に説明するからな」
「はい」
クルスは手を伸ばして卵を撫でる。
「少しあったかいです」
「食べたらだめだからな」
「はい」
そのやり取りをじっとルカが見ていた。
さすがは魔獣学者。この卵がただの卵じゃないことに気づいたのだろうか。
夕食を食べながら、経緯を説明した。
魔獣の生息域の変化は、古代竜(エンシェントドラゴン)が原因だったこと。
その古代竜は極地を治める竜の大公で、卵を取り返すために来たということ。
そして竜大公は死に、公子シギショアラの卵を託されたことを説明した。
「アル、卵を見せてくれないかしら」
「いいけど、大切に扱えよ」
「わかってるわよ、あたしを誰だと思っているの?」
「そうだな。失礼した」
ルカは古代竜の卵がいかに貴重か理解している。きっと俺よりも理解しているだろう。
ルカに卵を手渡すと、真剣な目で観察を始めた。
「これが古代竜の……」
「初めて見るか?」
「もちろん。というか、世界中探しても古代竜の卵を見たことある人なんていないわよ」
「それもそうか」
そもそも人が訪れるのも困難な場所に古代竜はいるのだ。
そして古代竜は卵を厳重に守っている。見ようがない。
学者としての好奇心がうずくのだろう。ルカの目は輝いていた。
ユリーナが真剣な顔でつぶやいた。
「魔人が何のために竜大公の卵を盗んだのかしら?」
「食べるためかなー?」
クルスが見当はずれのことを言う。
いくらグルメな魔人でも食べるために、竜大公の卵を盗んだりはしないだろう。
俺も考えてから、思いついたことを言ってみる。
「古代竜の幼竜を手懐けて使役するとか?」
「うーん。いくら古代竜でも幼竜だとそんなに強くないわよ?」
「そうなのか」
「それに成竜になるまでに数百年かかるって言われているし」
「む? 竜大公は巣立ちするまで10年から20年って言ってたぞ」
「そうなの?」
ルカは少し驚いた様子だった。
古代竜の生態は、学者でもよくわかっていないのだ。
「それは新事実ね」
「あ、だけど、巣立ちってのが成竜になることとは限らないかもな」
「古代竜は強いから、成竜まで育たなくても一頭で生きていけるってこと?」
「そうそう」
ルカは真剣に考えている。
「まあ、育ててみないとわからないな」
「毎日観察させてね」
「それはかまわないぞ」
そんなことを話している間、コレットやミレット、クルスやユリーナが卵を観察していた。
優しくなでたりしている。
みんな興味津々といった感じだ。
大切に扱ってくれるのなら、撫でるぐらいなら構わない。
優しく卵を撫でていたミレットが尋ねてくる。
「アルさん。仕事中とかシギショアラちゃんは、どうするんですか?」
「持っていくつもりだよ。魔人が襲ってくることはまずないとは思うんだけど、念のためね」
「さっきみたいに手で持っていくんですか?」
そういわれたら、少し不便だ。
卵を抱えている間、手がふさがってしまう。
座っているだけでいい衛兵業務ならまだしも、農業やっている間は困る。
「でも、魔法のかばんに入らないしな。小屋に置いておくわけにもいかないし」
「なるほどー。あ、そうだ」
クルスが何かを思いついたのか、自分の魔法のかばんをガサゴソし始めた。
そして、革のひも状のものを取り出した。
「アルさんにこれあげます」
「これは?」
「ヒドラの革で作った抱っこひもです」
クルスはどや顔だ。
なぜそんなものがかばんの中に入っているのか、理解できない。
「どうしてこんなものを?」
「冒険の途中で赤ん坊を拾った時のために作っておきました」
「お、おう」
斜め上の方向に用意がいい。
ちなみにヒドラの革は丈夫で、加工が難しいので高価だ。
せっかくいただいたので、抱っこひもを身に着けて卵を入れてみる。
抱っこひもは両肩でつるし、背中に回すベルトで固定するかたちだ。
卵を入れると、ちょうどお腹の辺りで固定される。
「これ結構いいかも」
「そうでしょう。使う機会がなかったので、役に立ってよかったです」
そうそう使う機会はあるまい。
冒険中に赤ん坊を拾うなどないに越したことはない。役に立たなくてよかったのだ。
紐を調節してくれていたルカが言う。
「そういえば、竜大公から遺品をもらったって言ってたわよね」
「そうだぞ」
「なにもらったの?」
「まだ確認してなかったな」
もらった小さな袋から中身をテーブルの上に出した。
中には指輪が入っていた。
「これどんな効果があるんだ?」
「さぁ……」
「竜大公が宝としてくれたのだから、すごい効果がありそうだけどな」
袋を調べていたクルスが言う。
「なんか布みたいなの入っていますよ」
「どれどれ」
クルスが見つけた布を見る。絹の布だ。
魔法がかかっており、容易には破れないだろう。
「なんか書かれていますね」
布には文字が書かれていた。これも魔法で焼き付けたものだ。
消滅の間際に焼き付けたのかもしれない。
『これなる指輪は竜大公の玉璽にして、宝物庫の鍵でもある。
この指輪を持っている限り、古代竜はそなたに力を貸すであろう。
アルフレッド・リント。この指輪と宝物庫の中身はそなたにゆずる。好きに使うがよい。
わが子シギショアラを頼む』
俺の名前が書かれているということは、やはり消滅の間際に魔法で焼き付けたのだろう。
宝物庫の中身はくれるのはありがたい。だが、宝物庫が位置するのは極地だ。
取りに行くだけで相当しんどい。
一緒に読んでいた、ルカがつぶやく。
「玉璽ってえらいものもらったわね……」
「育てるために使うって約束したからな。成長したらシギショアラに渡そう」
「そうね、それがいいかも」
それまでの間、指輪を盗まれないように俺は指にはめておいた。