竜大公の肉体を焼却した後、俺は祈りをささげた。
子を護るために遠くの地で亡くなった竜大公に敬意を払うべきだと思ったのだ。
ヴィヴィやフェム、モーフィも、大人しく黙祷していた。
黙祷を終えるとヴィヴィたちが卵を見に来る。
「ふむ。これが古代竜の卵なのじゃな」
『古代竜の大きさの割には小さいのだ』
「もうもう」
竜大公と約束したのだ。卵は大切に持ち帰らねばならない。
「大きさ以外は普通の鶏の卵と変わらない感じだな」
「簡単には割れないのじゃな?」
「そう竜大公は言っていたけど」
粗雑に扱う選択肢はない。
あくまでも竜大公の公子なのだ。
『魔法の鞄にいれるといいのだ』
「それができたらいいんだけどね」
『できないのだな? だけど卵をかばんに入れてることあった気がするのだ』
買い出しに行って色々買ったとき、卵を鞄に入れたことがあった。
フェムはその時のことを言っているのだろう。
「魔法の鞄には生きてるものは入れられないんだ」
「わふ?」
「この前入れたのは無精卵だっただろ?」
「わふぅ?」
フェムは無精卵と有精卵の違いを知らないらしい。
狼にとって卵は食べるものなのだ。無精卵と有精卵の違いなど気にしたことないのかもしれない。
俺は一応無精卵と有精卵の違いをフェムに説明した。
『そうなのだなー』
「もうもう」
フェムとモーフィはとても感心していた。
「手でもっていくしかないな。フェム。ゆっくり走ってもらえるか?」
『了解なのだ。揺れないよう気を付けるのだ』
「頼む」
俺たちは帰路につく。
特に魔獣に襲われることもなく順調に進む。
ずっと手に持っているのは疲れてくるので、毛布で包んで腹のところに縛り付けた。
途中で一度野宿をして、次の日の昼過ぎに魔狼の森の端に到着する。
その間もずっと卵、シギショアラが気になってしょうがない。
ヴィヴィたちも気になるようで、休憩のたびに見に来た。
魔狼の森の端では、魔狼たちが数頭待っていてくれていた。
魔狼同士の挨拶を邪魔したら悪いので、俺は一度フェムから降りる。
フェムと魔狼たちは互いに臭いをくんくんと、嗅ぎあっていた。
「わふわふ」
「わふ!」「わふぅ!」
それからフェムが吠え、魔狼たちが返した。
きっと、なにかを報告しているのだろう。
フェムが誇らしげに言う。
『魔狼たちはちゃんと縄張りを護ったのだぞ』
「えらいな。ありがとう」
「わふっ」「わふわふっ」
俺は魔狼たちを一頭ずつ撫でまくった。
それを見ていたフェムが言う。
『まだ、近くには魔獣がいるのだ』
「だろうな。でも竜大公はいなくなったし、そのうち戻っていくだろう」
『早く戻るように少し脅してやるのだ。よいか?』
「いいぞ」
フェムは一度大きく息を吸う。そして、
「わふ……『ヴィヴィ。耳をふさいでおいた方がいいのだ』」
「なんでじゃ!」
『いまから大声で吠えるのだ』
ヴィヴィは地竜の吠え声で漏らしたのだ。
それより強い魔狼王フェムの吠え声を食らえば、漏らさないわけがない。
もちろん、地竜の時と違って、直撃を食らうわけではない。
だから大丈夫かもしれないが、念のために耳ぐらいふさいでおくべきだろう。
「仕方ないのじゃ」
ヴィヴィはあっさり言うとおりにする。
「どうしてそんなことしなきゃいけないのじゃ!」などというのかと思ったが素直だった。
漏らしたくないのだろう。
改めてフェムは大きく息を吸った。
「がああおおおおおおおおんっ!!!」
「もおおおおおおおおおおんっ!!」
魔力を込めた魔狼王の全力の吠え声だ。
竜大公ほどではないが、地竜の吠え声よりもはるかに威力がある。
なぜかモーフィも一緒に吠えていた。
モーフィの吠え声には魔力が混じっていない。ただ鳴いただけだ。
「ひぃ」
ヴィヴィは小さく悲鳴を漏らした。だが耳をふさいでいたおかげだろうか。
漏らしはしなかった。
『これで、周囲の雑魚は逃げていくと思うのだ』
「だろうな。すごい吠え声だった」
「わふ」「もう」
ほめてやると、フェムは嬉しそうに体をこすりつけてくる。
なぜかモーフィも一仕事終えたといった顔をしていた。
フェムとモーフィを思う存分撫でてやった。
ムルグ村に到着したときには、日没間際になっていた。
クルスが小屋の前に座っていた。魔狼を撫でたりしている。
「アルさーーーん!」
俺たちを見つけると、クルスはものすごい勢いで走ってくる。
そして飛びつかれる。
とっさにお腹の前にある卵をかばう。卵は頑丈との話だが、念のためだ。
「なかなか帰ってこないから心配してたんですよ」
「それはすまなかった」
二泊三日だ。小旅行といった感じだろうか。
「クルスったら毎日夜遅くまで、小屋の前でアルのこと待っていたのだわ」
「それは……、待たせてすまなかった」
「えへへ」
クルスは照れている。別に褒めてはいないのだが。
小屋の中からルカが出てきた。クルスの声で帰宅を知ったのだろう。
「ルカ。ありがとう。ルカの調査結果のおかげで解決できたよ」
「あらそう。何よりね」
ルカと会話している間も、俺はずっとクルスに抱きつかれていた。
「お話聞かせてください!」
「なにからはなせばいいのやら……」
少し考えていると、ミレットとコレットが小屋から出てくる。
「おっしゃん、おかえり!」
「ただいま。いい子にしてたか?」
「うん! みれっとねえちゃんがさびしそうだったよ!」
コレットはいつものように元気だ。
ミレットが俺の右手を両手でつかむ。
「さびしかったです」
「お、おう……、すまなかった」
「アルさん。おかえりなさい」
「ただいま」
そういうと、ミレットは嬉しそうに微笑んだ。
少しドキッとした。可愛い。
俺にしがみついたままのクルスは、毛布にくるまれた卵をちらちら見ている。
きっとお土産だと思っているのだろう。
「アルさん。お話! お話聞かせてください」
「おお、そうだったな」
ミレットがさりげなくクルスを引き離す。
「つもる話も、あるでしょうけど、夕飯の準備ができていますよ」
「お腹がすいたのじゃ」
「もぅ、もう!」
ヴィヴィに同意するようにモーフィが鳴く。
「まあ、話は夕ご飯を食べながら聞けばいいのだわ」
「そうね。それがいいわ」
ユリーナとルカの意見どおり、とりあえず、みんなで夕食を食べることにした。