深刻な顔をしているルカと衛兵小屋の食堂へと向かう。
「りゃぁ」
ルカを見て、シギは羽をバタバタさせて喜んでいた。
ルカが優しくシギをなでた。ルカの険しい表情も少し和らぐ。
「盗人と別人……いや、魔人はひとではないから別魔人か。ってどういうことだ?」
「昨日の魔人を冒険者ギルドと司法省が協力して取り調べたのだけど……」
司法省の取り調べは信用できる。
司法省の所有する魔道具の中には、嘘をついたら反応するものがある。
それだけでなく、嘘をつくと耐え切れない激痛が走るものだってある。
その魔道具の効果を最大限に引き出すための専門職がいるのだ。
「はい」と「いいえ」で答えられる質問を的確に繰り出し真実を暴く専門家だ。
「あいつ不死殺しの矢とゾンビ化の呪い。その術法を知らなかったのよ」
「それはおかしな話だな」
シギの親である竜大公ジルニドラは盗人と戦い、不死殺しの矢とゾンビ化の呪いをかけられた。
それを知らないというのはおかしい。
つまり昨日の魔人は卵を盗み竜大公を死に追いやった魔人ではないのだ。
「でも、昨日の魔人自身は自分が盗んだと証言しているの」
「当然、魔道具にかけたんだろう?」
「もちろん。魔道具は魔人が嘘を言っていないと示していたわ」
おかしな話である。魔道具は嘘はつかない。
「卵を盗んだ目的については?」
「昨日の話と同じ。人を支配し、人を食べるため」
俺はしばらく考えて答えを出す。
「……なるほど。ということは記憶の書き換えか」
「そう。本人は嘘をついていないのに、術法を知らない。そうなったら記憶の書き換えしかない」
記憶を書き換えられていた場合、本人にとってそれは事実になる。
そうなれば、魔道具では感知できない。
この場合の記憶の書き換えとは、暗示程度のものではない。
暗示や思い込み程度では魔道具はしっかりと暴いてくれる。
魔道具をだますには、魔法で完全に記憶を置き換える必要がある。そしてそれは非常に高度な魔法だ。
「魔人の記憶は一週間より前には遡れなかったの。そのころに魔法をかけられたのだと思う」
「問題は、どちらが偽物かだな」
ルカはうなずく。
術法を忘れさせられているのか、盗んだという記憶を植え付けられたのか。
「おそらくだけど、盗んだという記憶を植え付けられたんだと思う」
「どうして?」
「術法を忘れさせる理由がわからないし」
盗んだという記憶を植え付ける動機ならすぐ思いつく。
仮の犯人として仕立て上げるためなどである。
「竜大公の反撃で記憶が飛んだ可能性はないのか?」
「……それはあるけど」
ルカは真剣な表情で考え出した。
「古代竜(エンシェントドラゴン)の生態と同じように、使う魔術体系もよくわかっていないんだろう?」
「否定はできないけど……」
「記憶を飛ばす魔術などもあるかもしれない」
「それなら楽でいいのだけど」
竜大公の反撃で術法の記憶を失っているならば矛盾はない。
その場合、昨日の魔人は卵泥棒だったということになる。それならばもう安心だ。
だが、それはこちらにとって都合の良すぎる仮定に過ぎない。
俺はシギの頭を撫でる。
「最悪の事態を想定しておいた方がいいだろう。警戒しといたほうがいいかもな」
「そうね」
「りゃぁ」
気持ちよさそうにシギは鳴いた。
その時、クルスとユリーナが帰ってきた。
クルスは鞄から肉を取り出してシギの鼻先にもっていく。
「シギちゃん! 美味しいお肉かってきたよ」
「りゃっ!」
シギは顔をそむけた。
かたくなに俺の手から以外、食べる気はないらしい。
「うぅ……」
「元気出すのだわ」
泣きそうなクルスをユリーナが慰める。
俺はクルスの手をつかんだ。
「仕方ないな。俺と一緒にやれば食べるかもしれない」
「あ! そうかもです」
クルスが嬉しそうに微笑む。
俺はクルスと一緒に肉を持って、シギの鼻先に肉を近づけた。
「シギ、クルスが買って来てくれた肉だぞー」
「りゃあ」
ハムハムと食べ始めた。美味しかったのだろう。
翼をバタバタさせている。
「おお、喜んでる。これ何の肉?」
「ユニコーンです」
「えっ?」
どうやら買ってきたのではなく、狩ってきたらしい。
ユニコーン自体は強力な害獣だ。
ユニコーンは処女だけに懐くと言われている。裏を返せば、処女以外を容赦なく殺しに来るのだ。
街道などにでたら、流通が止まる。
処女でなければ、男女問わず襲うのでたちが悪い。老若男女関係ない。牛や馬でも容赦はない。
その上強い。とても厄介だ。
「王都につながる主要街道にユニコーンの群れが出たとかで退治しに行ったんですよー」
「そうか、それは大変だったな」
群れで暴れるとは厄介なことこの上ない。繁殖期だったのだろうか。
「シギちゃんのために肉を多めにもらってきました!」
自慢げなクルスの後ろではフェムがじっと見ていた。
「クルス。フェムの分もできれば……」
「もちろん、フェムちゃんのぶんもありますよ!」
「わふぅ!」
フェムの尻尾がバッサバッサと揺れる。
「フェムちゃん達にはユニコーン一頭、丸ごとあげるよ」
「わふっ」
クルスとフェムは衛兵小屋の外へと出て行った。
狼小屋の方で分配するのだろう。
パタパタ羽をばたつかせ、シギはそれを見送った。
そんなシギにモーフィが鼻を寄せる。
「りゃー」「もうもう」
会話しているかのように鳴きあっている。
俺はシギをモーフィの背中に乗せた。
「りゃ、りゃー」
まだ怖いのか、俺にひしっと抱きついてくる。
「俺から離れて遊ぶようになるにはもう少しかかるのかな」
「焦ることはないわ。そのうち離れるようになるでしょ。無理に離さないほうがいいわよ」
「そんなもんか?」
「古代竜については知らないけど、たぶんね」
魔獣に詳しいルカが言うのだ。そういう習性をもつ魔獣の方が多いのだろう。
「もう」
モーフィは俺にしがみつくシギを優しく舐めていた。
シギは気持ちよさそうにりゃーと鳴く。
そして、俺はモーフィを優しく撫でてやった。
シギも少しずつだが、周囲に慣れ始めた気がする。
まだまだ、臆病で俺にべったりだ。
だが近いうちに元気に走り回るようになるのだろう。
そんな日が来るのは楽しみであり、少し寂しいような気もするのだった。