魔人の襲撃があってから、数日。ムルグ村は平和だった。
あらたな魔人の襲撃もない。近くにたまっていた魔獣も元の住処へと帰っていったようだ。
その日、朝起きて外に出ると、ほんの少しだけ肌寒かった。
冷たい風にひざが痛む。
シギショアラは、いつものように抱っこ紐で俺の腹の前にいる。
「夏もおわりかー」
「りゃぁ」
シギショアラは嬉しそうに鳴く。パタパタと羽をはばたかせた。
極地の大公の公子であるシギショアラは、冬の方が好きなのかもしれない。
俺は痛む左ひざをそっと撫でた。
それをシギは興味深そうにじっと見ていた。
フェムとモーフィもよってきた。
涼しい風に鼻をひくひくさせている。
『冬は獲物を捕るのが大変なのである』
「もっもう!」
フェムとモーフィは冬はあまり好きではなさそうだ。
モーフィは霊獣なのでご飯を食べなくても死なない。それでも、動物だった時の記憶があるのだろう。
「モーフィはともかく、フェムたちはお肉たくさんあるだろ」
『そうなのだが……』
倉庫には地竜の肉などがたくさん入っている。一冬ぐらい、たとえ狩りをしなくても越せるだろう。
それでもフェムは心配そうだ。
冬を越せなくて、亡くなる野生動物は少なくない。
魔獣もそのあたりは同じなのだろう。
「今年はヴィヴィの魔法陣付きの狼小屋もあるしな。そんなに寒くはないと思うぞ」
「わふ」
「もしなにか必要なことがあれば、遠慮なく言えよ」
『助かるのだ』
そんなことを話していると、畑の方からヴィヴィとコレットが歩いてきた。
俺より早起きして、畑をみてきてくれたのだろう。
ヴィヴィたちの周囲には魔狼が3頭いた。
「ヴィヴィもコレットもおはよう」
「おっしゃん、おはよう!」
「アル。遅いのじゃ」
ヴィヴィは麦わら帽子をかぶって、つなぎの作業着を身に着けている。
完全に農作業モードだ。
「おっしゃーん!」
「おう、コレットは元気だな」
コレットが飛びついてきたので、抱きかかえてやった。
きゃっきゃとコレットは、嬉しそうに笑う。
「りゃ、りゃ」
「シギちゃんは元気だね!」
シギが羽をばたばたさせながら、コレットに頭をこすりつける。
コレットもシギの頭を撫でていた。
「ヴィヴィ、魔狼と一緒に畑を見回ってたのか?」
「ちがう! こいつらが勝手についてきたのじゃ」
そういってヴィヴィは魔狼たちを追い払おうとする。
だが、魔狼たちはヴィヴィにぴょんぴょん飛びついた。魔狼たちは遊んでもらっているつもりなのだろう。
「やめるのじゃ」
「わふわふっ」「わふっ」
魔狼はヴィヴィより大きい。
一頭の魔狼が肩に手を置いて、顔をぺろぺろ舐めている。
残りの二頭はヴィヴィに体をこすりつけていた。
ヴィヴィは魔狼の手をつかんで地面におろす。
「仕方ないから撫でてやるのじゃ。だから舐めるのはやめるのじゃぞ?」
「わふぅ?」
ヴィヴィが魔狼たちを順番に撫でていく。魔狼たちは首をかしげた。
ヴィヴィに撫でられて、驚いたのかもしれない。
でも尻尾は勢いよく揺れていた。
「ヴィヴィ、魔狼たちが怖くないのか?」
「こ、怖くないのじゃ! 怖かったことなど、一度もないのじゃぞ」
「へー」
「ほんとじゃぞ!」
最近、ヴィヴィはフェムと一緒に寝たりすることも多い。一緒に魔獣狩りなどにも行った。
魔狼に慣れたのかもしれない。
ヴィヴィと魔狼たちが仲よくなったのなら、何よりである。
俺は玄関前に腰かけた。石がひんやりとしている。
ヴィヴィとコレットも隣に座る。
しばらくそうしていると、クルスが出てきた。
クルスは朝から元気だ。
「おはようございます!」
「クルスおはよう」
挨拶もそこそこに、クルスは横たわると、俺の太ももの上に頭を乗せた。
膝枕というやつだ。
「おはようといったばかりなのに、もう寝るのか」
「えへへ」
まだ眠りたりないのかもしれない。
俺はクルスの頭を撫でてやった。
いつの間にかに寄ってきた子魔狼たちがクルスの匂いを嗅いでいる。
「りゃー」
その時、ぴょんとシギが抱っこ紐から地面へと飛び降りた。
そして、俺の足に手を触れながらきょろきょろする。
今まで、ひと時も俺から離れなかったシギが自ら飛び降りたのだ。
「シギ。ここで見ているから、近くなら歩いていいぞ」
「りゃー」
シギは恐る恐るといった感じで、数歩だけ歩いて、すぐに戻ってくる。
子魔狼たちが、そんなシギに寄って行く。鼻をクンクンとさせていた。
子魔狼たちの後ろにはフェムが無言で立っている。
「わふ」
「りゃぁ」
シギも羽をバタバタさせたりしながら、子魔狼たちの匂いを嗅いでいる。
「シギをよろしくな」
「わふ」「わふわふ」
俺は子魔狼たちの頭を撫でる。
フェムも子魔狼とシギの匂いを交互に嗅いでいた。
『仲良くやれそうでよかったのだ』
「フェム、シギのこと心配してくれてありがとうな」
「わふ」
子魔狼たちがシギに近づき始めたときから、フェムは寄ってきてくれていた。
何かあれば止めるつもりだったのだろう。
クルスは俺にひざ枕されたまま、シギを抱き上げる。
「シギちゃん。一人で歩けるようになったんだねー」
「りゃっ」
クルスは自分の胸の上にシギを乗せて優しくなでる。シギは暴れなかった。
「俺以外にだっこされても暴れないとは」
「えへへー。嫉妬ですかー」
「むしろ成長が嬉しい」
「そうですかー」
赤子の成長は早いものだ。
頭では理解していても、実際に見ると感動してしまう。
「あ、わらわも抱っこしたいのじゃ」
「コレットも!」
「あたしが抱っこすべきだと思うの」
ヴィヴィとコレットに混じって、いつの間にかにやってきたルカがそんなことを言う。
だれが次にシギを抱くかを争い始める。
くじで決めるべきだという意見が主流になったころ、
「はいはい。朝ごはんができましたよ」
やってきたミレットがひょいと、シギを抱きあげた。
「「「あっ!」」」
「りゃあ」
シギも特に不満はないようだ。
機嫌よく羽をバタバタさせた後、ミレットの胸元に頭を突っ込んだ。
「もう。シギちゃんお乳は出ませんよ」
「りゃー」
シギは頭を突っ込んだまま、鳴いている。柔らかくて気持ちがいいのかもしれない。
ミレットもまんざらでもなさそうだ。
「シギちゃんは甘えん坊ですね」
「ユリーナおかあさんにも、甘えてもいいのだわ」
起きてきたユリーナもそんなことを言う。
だが、シギはミレットの胸が気に入ったのか離れない。
「ミレットお母さんの方がいいみたいです。ね、アルお父さん」
「お、おう」
突然、話を振られた。困る。
その後、シギを全員にだっこしてもらった。
これから秋が来る。シギショアラもどんどん成長するのだろう。
竜大公ジルニドラの代わりに俺がしっかり育てなければなるまい。
俺は右手の薬指にはめた玉璽を撫でた。