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89 ミレットの怒り

 次の日の朝。

 シギショアラが鳴くので目を覚ました。


「りゃありゃ」

「どうした? お腹すいたのか」


 条件反射的に、魔法の鞄に手を伸ばす。

 その手をシギがつかんだ。


「りゃっ」

「む? トイレか」

「りゃありゃあ」


 俺はシギを抱えてトイレに行く。

 教えたわけでもないのに、シギはトイレを覚えている。俺やフェム、モーフィがトイレに行くので覚えたのだろう。


 シギにトイレをさせた後、食堂へと向かった。

 食堂には、アントン兄妹とクルスたちがそろっていた。


「「「おはようございます!」」」

「お、おはよう」


 アントン兄妹は同時に起立すると勢いよく挨拶してくる。

 ちょっとびっくりした。シギも驚いたのか羽をびくっとさせた。


「起きてきて大丈夫なのか?」

「はい。おかげさまで。傷もふさがりましたし。俺も妹たちも動けます」


 アントンは元気なようだ。妹たちもうんうんとうなずいている。


「結構重傷だったのだし。無理するなよ。特にリザさんは」

「ユリーナ様の治癒魔術のおかげで大丈夫です。ありがとうとざいます」


 昨日一番重傷だった、弓使いのリザはユリーナに頭を下げる。

 ユリーナは照れ臭そうにしていた。


「傷はふさがったと言っても、体力はそうはいかないだろう。回復するまで衛兵小屋に泊まっていけばいいぞ」

「いえ! そこまでご迷惑をおかけするわけには……」

「遠慮するな」

「ありがたいのですが、任務もありますし」


 アントンが遠慮する。

 薬草採取の任務にも期限はあるのだろう。冒険者にとって任務期限は大切だ。

 そんな3人に向けてユリーナが優しく言う。


「それでも、明日まで休んでいかないとダメだわ。かなり血を失っているのだから無理は厳禁なのだわ」

「ユリーナさまがそうおっしゃるのでしたら……」


 3人の傷をいやしたユリーナに言われて、兄妹はそれ以上遠慮するのをやめた。


 朝食を食べている途中、末の妹である弓使いリザが尋ねてくる。


「あの、衛兵小屋って……」

「ああ、この建物のことだぞ」

「小屋……屋敷ではなく、小屋なのですか?」

「そうだぞ」


 リザは釈然としてなさそうだ。だが、それ以上は尋ねてこなかった。

 遠慮したのかもしれない。


 そんなリザに向かってミレットが言う。


「元々は本当に小屋だったんですよ。でも、一旦焼けた後にアルさんが魔法で建て直したらこうなりました」

「……なるほど。魔法で?」


 ミレットの説明にもリザはわかっていなさそうだった。

 建築に魔法を使うことはあまり一般的ではない。だから仕方ない。


 だから俺が補足する。

「田舎だから、土地も余ってるしな。魔法を使って建築すると楽なんだ。それで、つい大きくなっちゃって」

「アルフレッドさんは本当にすごい魔導士だったのですね」


 アントンは感心したようだ。

 そういえば、俺が戦っているところを見たのはエミーだけだ。

 そんなエミーが勢い込んで言う。


「アルフレッドさんの魔法は本当にすごかったんです! バジリスク5体を一人であっという間になぎ倒して」

「一人で?」


 家で気絶していたリザが驚く。

 それを聞いていた、クルスまでテンション上がりはじめた。


「アルさんは、すごいんですよ! ドラゴンだろうが魔人だろうが倒しますからね。バジリスクなんて百体いても楽勝ですよ」

「それは……すごいんですね」

「でしょー」


 クルスはなぜか自慢げだ。

 流石にバジリスク百体は楽勝ではない。

 ……倒せるが、とても面倒だろう。


 クルスは楽しそうに俺の自慢話を続けている。三兄妹も真面目な顔で聞いていた。

 恥ずかしい。


「クルス。そろそろやめときなさい」

「えー」

「いいから」

「アルさんがそういうなら……」


 クルスがやっと大人しくなる。

 だが、アントンがはっとする。


「クルスさんって、もしかして聖光の勇者、クルス・コンラディン様ですか?」

「そうだけど……。ぼくのことしってるの?」


 クルスの二つ名はたくさんある。聖光の勇者というのは、そのうちの一つだ。

 クルスが肯定すると、3人は驚いて立ち上がる。


「勇者様とお会いできるなんて!」

「握手してください!」

「いいですよー」


 クルスは快く応じている。

 ファンへの対応は、手慣れたものだ。


 クルスに握手をしてもらいながらエミーが尋ねる。


「ですが、勇者様は王都にいらっしゃるものだとばかり」

「えっとね、昼間は王都にいるんだけど、夜はこっちに来てるんだよー」

「……? なるほど?」


 エミーはわかってなさそうだ。

 いつの間にかに起きてきていたヴィヴィが言う。


「ふっふっふ。わらわの魔法陣で王都と、この村は行き来できるのじゃ」

「そうなんだよー、便利だよね」

「転移魔法陣を……すごいですね」

「であろ?」


 ヴィヴィは自慢げだ。


 三兄妹は魔族であるヴィヴィを見ても驚く様子がない。

 魔族は街に入っても街で暮らしても違法ではない。だが偏見の目を向けられがちだ。

 そこで人族の国で暮らす魔族は冒険者になることが多い。

 冒険者ならば、実力勝負で出自は関係ないからだ。

 冒険者である三兄妹も魔族は見慣れているのだろう。


「エミーたちは王都から来たの? それなら一緒に帰る?」

「いえ、王都ではなく、別の街で……」


 詳しく聞いてみると、しばらく前に俺たちが牛肉を売りに行ったところだった。

 近くの大きな街と言えばあそこになる。


「クルスさんのお仲間ということは、アルフレッドさんもユリーナさんも、ルカさんも魔王を討伐された、あの?」

「ああ、そうだぞ」

「す、すごいです。バジリスクを鮮やかに倒された時、ただ者ではないと思いましたが、やはり……」


 三兄妹は感動を深めたようだ。

 ばれたということは、念のために言っておかなければならない。


「実は、俺がこの村で暮らしているのは内緒なんだ」

「そうだったのですか」

「うむ。だから内緒にしておいてくれ」

「わかりました。アルフレッドさんは命の恩人ですから! 絶対に秘密にします!」


 三兄妹は真剣な表情でうなずいた。


 朝食後、三兄妹は温泉に入りに行った。療養するためだろう。

 そして、クルスたちは王都に向かった。


 俺が衛兵の業務に向かおうとすると、ミレットによび止められた。

 ミレットは少し怒っているように見えた。


「アルさん」

「どうしたの?」

「アルさん。どうして言ってくれなかったんですか?」

「え? 何を?」


 正直、ミレットが何のことを言っているのかわからない。

 だから聞き返したのだが、その問いでミレットはさらに怒ったようだった。


「クルスさんが勇者で、アルさんが魔王を討伐したメンバーの一人だってことです!」

「あれ? 言ってなかった?」

「聞いてません!」


 既に言ったものだと思っていた。

 ミレットは目に涙を浮かべている。


「そんなに私信用無いですか!」

「いや、そういうことじゃなくて」

「じゃあ、どういうことですか!」


 ミレットに真剣な目で見つめられる。

 距離が近い。吐息がかかるほどだ。


「ごめん。言うの忘れてた」

「もう!」

「ほんとにごめん。一応村長には面倒だから言ってないんだけど。ミレットに言わなかったのはもう言ったと思っていて」


 しばらく謝った。

 その様子をシギとモーフィとフェムはじっと見つめていた。

 少し恥ずかしいが仕方がない。



 ミレットに許された俺が、衛兵業務についたのは一時間ほどあとだった。

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