次の日の朝。
シギショアラが鳴くので目を覚ました。
「りゃありゃ」
「どうした? お腹すいたのか」
条件反射的に、魔法の鞄に手を伸ばす。
その手をシギがつかんだ。
「りゃっ」
「む? トイレか」
「りゃありゃあ」
俺はシギを抱えてトイレに行く。
教えたわけでもないのに、シギはトイレを覚えている。俺やフェム、モーフィがトイレに行くので覚えたのだろう。
シギにトイレをさせた後、食堂へと向かった。
食堂には、アントン兄妹とクルスたちがそろっていた。
「「「おはようございます!」」」
「お、おはよう」
アントン兄妹は同時に起立すると勢いよく挨拶してくる。
ちょっとびっくりした。シギも驚いたのか羽をびくっとさせた。
「起きてきて大丈夫なのか?」
「はい。おかげさまで。傷もふさがりましたし。俺も妹たちも動けます」
アントンは元気なようだ。妹たちもうんうんとうなずいている。
「結構重傷だったのだし。無理するなよ。特にリザさんは」
「ユリーナ様の治癒魔術のおかげで大丈夫です。ありがとうとざいます」
昨日一番重傷だった、弓使いのリザはユリーナに頭を下げる。
ユリーナは照れ臭そうにしていた。
「傷はふさがったと言っても、体力はそうはいかないだろう。回復するまで衛兵小屋に泊まっていけばいいぞ」
「いえ! そこまでご迷惑をおかけするわけには……」
「遠慮するな」
「ありがたいのですが、任務もありますし」
アントンが遠慮する。
薬草採取の任務にも期限はあるのだろう。冒険者にとって任務期限は大切だ。
そんな3人に向けてユリーナが優しく言う。
「それでも、明日まで休んでいかないとダメだわ。かなり血を失っているのだから無理は厳禁なのだわ」
「ユリーナさまがそうおっしゃるのでしたら……」
3人の傷をいやしたユリーナに言われて、兄妹はそれ以上遠慮するのをやめた。
朝食を食べている途中、末の妹である弓使いリザが尋ねてくる。
「あの、衛兵小屋って……」
「ああ、この建物のことだぞ」
「小屋……屋敷ではなく、小屋なのですか?」
「そうだぞ」
リザは釈然としてなさそうだ。だが、それ以上は尋ねてこなかった。
遠慮したのかもしれない。
そんなリザに向かってミレットが言う。
「元々は本当に小屋だったんですよ。でも、一旦焼けた後にアルさんが魔法で建て直したらこうなりました」
「……なるほど。魔法で?」
ミレットの説明にもリザはわかっていなさそうだった。
建築に魔法を使うことはあまり一般的ではない。だから仕方ない。
だから俺が補足する。
「田舎だから、土地も余ってるしな。魔法を使って建築すると楽なんだ。それで、つい大きくなっちゃって」
「アルフレッドさんは本当にすごい魔導士だったのですね」
アントンは感心したようだ。
そういえば、俺が戦っているところを見たのはエミーだけだ。
そんなエミーが勢い込んで言う。
「アルフレッドさんの魔法は本当にすごかったんです! バジリスク5体を一人であっという間になぎ倒して」
「一人で?」
家で気絶していたリザが驚く。
それを聞いていた、クルスまでテンション上がりはじめた。
「アルさんは、すごいんですよ! ドラゴンだろうが魔人だろうが倒しますからね。バジリスクなんて百体いても楽勝ですよ」
「それは……すごいんですね」
「でしょー」
クルスはなぜか自慢げだ。
流石にバジリスク百体は楽勝ではない。
……倒せるが、とても面倒だろう。
クルスは楽しそうに俺の自慢話を続けている。三兄妹も真面目な顔で聞いていた。
恥ずかしい。
「クルス。そろそろやめときなさい」
「えー」
「いいから」
「アルさんがそういうなら……」
クルスがやっと大人しくなる。
だが、アントンがはっとする。
「クルスさんって、もしかして聖光の勇者、クルス・コンラディン様ですか?」
「そうだけど……。ぼくのことしってるの?」
クルスの二つ名はたくさんある。聖光の勇者というのは、そのうちの一つだ。
クルスが肯定すると、3人は驚いて立ち上がる。
「勇者様とお会いできるなんて!」
「握手してください!」
「いいですよー」
クルスは快く応じている。
ファンへの対応は、手慣れたものだ。
クルスに握手をしてもらいながらエミーが尋ねる。
「ですが、勇者様は王都にいらっしゃるものだとばかり」
「えっとね、昼間は王都にいるんだけど、夜はこっちに来てるんだよー」
「……? なるほど?」
エミーはわかってなさそうだ。
いつの間にかに起きてきていたヴィヴィが言う。
「ふっふっふ。わらわの魔法陣で王都と、この村は行き来できるのじゃ」
「そうなんだよー、便利だよね」
「転移魔法陣を……すごいですね」
「であろ?」
ヴィヴィは自慢げだ。
三兄妹は魔族であるヴィヴィを見ても驚く様子がない。
魔族は街に入っても街で暮らしても違法ではない。だが偏見の目を向けられがちだ。
そこで人族の国で暮らす魔族は冒険者になることが多い。
冒険者ならば、実力勝負で出自は関係ないからだ。
冒険者である三兄妹も魔族は見慣れているのだろう。
「エミーたちは王都から来たの? それなら一緒に帰る?」
「いえ、王都ではなく、別の街で……」
詳しく聞いてみると、しばらく前に俺たちが牛肉を売りに行ったところだった。
近くの大きな街と言えばあそこになる。
「クルスさんのお仲間ということは、アルフレッドさんもユリーナさんも、ルカさんも魔王を討伐された、あの?」
「ああ、そうだぞ」
「す、すごいです。バジリスクを鮮やかに倒された時、ただ者ではないと思いましたが、やはり……」
三兄妹は感動を深めたようだ。
ばれたということは、念のために言っておかなければならない。
「実は、俺がこの村で暮らしているのは内緒なんだ」
「そうだったのですか」
「うむ。だから内緒にしておいてくれ」
「わかりました。アルフレッドさんは命の恩人ですから! 絶対に秘密にします!」
三兄妹は真剣な表情でうなずいた。
朝食後、三兄妹は温泉に入りに行った。療養するためだろう。
そして、クルスたちは王都に向かった。
俺が衛兵の業務に向かおうとすると、ミレットによび止められた。
ミレットは少し怒っているように見えた。
「アルさん」
「どうしたの?」
「アルさん。どうして言ってくれなかったんですか?」
「え? 何を?」
正直、ミレットが何のことを言っているのかわからない。
だから聞き返したのだが、その問いでミレットはさらに怒ったようだった。
「クルスさんが勇者で、アルさんが魔王を討伐したメンバーの一人だってことです!」
「あれ? 言ってなかった?」
「聞いてません!」
既に言ったものだと思っていた。
ミレットは目に涙を浮かべている。
「そんなに私信用無いですか!」
「いや、そういうことじゃなくて」
「じゃあ、どういうことですか!」
ミレットに真剣な目で見つめられる。
距離が近い。吐息がかかるほどだ。
「ごめん。言うの忘れてた」
「もう!」
「ほんとにごめん。一応村長には面倒だから言ってないんだけど。ミレットに言わなかったのはもう言ったと思っていて」
しばらく謝った。
その様子をシギとモーフィとフェムはじっと見つめていた。
少し恥ずかしいが仕方がない。
ミレットに許された俺が、衛兵業務についたのは一時間ほどあとだった。