俺がルカとユリーナを連れて食堂へと入るとフェムとモーフィもついてきた。
すぐに、食堂でコレットと遊んでいたヴィヴィが、俺たちに気づく。
「ユリーナ、今日は早いのじゃな」
「今日は仕事が少なかったから早めに帰ってきたのだわ」
基本的に、ユリーナはクルスやルカより遅いことが多いのだ。
治癒魔法の需要は高いので仕方がない。
逆にいえば、ユリーナの仕事が少ないということは、病人けが人が少ないということでもある。
とても喜ばしいことだ。
「ルカとユリーナがゾンビ化の情報を仕入れてくれたんだよ」
俺がそういうと、ヴィヴィは前のめりになった。
「ゾンビ化の情報とな? ついに黒幕がわかったのじゃな?」
「そこまですごい情報じゃないのだわ」
「残念ながらね」
懐のシギショアラがもぞもぞしはじめる。懐からだしてやって、テーブルの上に置いた。
ユリーナは、何気ないしぐさでシギを優しくなでる。
「どうする? クルスの帰宅を待つか?」
「あたしはどっちでもいいけれど」
「クルスを待った方がいいのだわ。仲間外れは可哀そうだわ」
ユリーナがそういうので待つことにした。
そのとき、コレットがテーブルの上のシギを抱きしめた。
「りゃっ」
「シギちゃん。あそぼ」
「りゃあ」
シギも機嫌よく羽をバタバタさせた。フェムがさりげなくコレットの後ろに寄り添っている。
コレットとシギが喧嘩しないよう見守ってくれているのだろう。面倒見のいい狼である。
コレットとシギはままごとを始めた。
シギが赤ちゃんでコレットがお母さん。フェムがお父さんのようだ。
「あら、シギちゃんまたおしっこしちゃったのねー、おしめかえてあげますよー」
「りゃりゃ」
「フェムお父さんも手伝って」
「わ、わふ」
フェムはぎこちない感じでコレットの遊びに付き合っている。
シギは状況を理解しているのかわからないが楽しそうだ。
下半身にタオルを巻かれて嬉しそうに羽をバタバタさせていた。
一方、モーフィは暇なのか俺の手をはむはむしている。
「俺の手はクルスと違ってうまくないだろ」
「もっも」
まるで子牛の様だ。モーフィなりに甘えているのかもしれない。とりあえず撫でてやる。
俺はヴィヴィとルカとユリーナとお茶を飲みながらクルスの帰宅を待った。
しばらくして、クルスが帰ってきた。
「アルさん、ただいまです!」
「おかえり。ルカとユリーナがゾンビ化に関する情報を仕入れたらしいぞ」
「ルカも、ユリーナも凄い!」
クルスに褒められて、ユリーナは照れていた。
ルカは照れずに真面目な顔で言う。
「事前にユリーナと話し合って、教会と冒険者ギルドの手に入れた情報を共有して確認済みよ。だから、これから話すことは確度の高い情報だと思ってくれていいわ」
「それは助かる」
「すごい!」
クルスは興味津々といった感じだ。
ユリーナが報告を開始する。
「ゾンビの材料と情報を仕入れてるやつを探したところ、一人の魔族が浮かび上がったわ」
「魔人じゃなくて魔族?」
「そう。まあ魔人の手先じゃないかしら。魔人が動いたら目立ちすぎるのだわ」
魔人は人を食らうので強大な魔獣として扱われる。都市の中にいればそれだけで討伐対象だ。
一方、魔族は偏見の目で見られることはあっても、基本的に市民として認められている。
領主によっては、迫害する場合もあるのだが。
「その魔族って言うのは、魔王軍の元幹部か?」
「いや、違うのだわ。アルも聞いたことないかしら? 森の隠者って」
「名前は聞いたことはある」
「誰ですか? それ」
クルスは首をかしげている。
クルスは知らないらしい。だが、今回ばかりはクルスが非常識というわけではない。
高名な魔導士なのは間違いない。だが良い話も悪い話も滅多に聞かない。
何しろ隠者なのだ。魔王軍と共闘しているわけでもないし、人里で暴れたわけでもない。
いつも人助けをしているわけでもない。
魔導士以外が知らなくても仕方がないことだ。
「えっとな。魔王軍と戦ってた時、大きな森を通ったことあるの覚えてるか?」
「はい。魔王領の東にある森ですよね」
「あそこな。十年前は荒れ地だったんだよ」
「……え? ほんとですか?」
クルスが驚くのも無理はない。
クルスを含めた俺たちが通ったときには、うっそうと生い茂る森林だった。
「あそこを荒れ地から森林に変えたのが森の隠者」
「……すごい」
「だろ。だけど、魔王領はずれにある荒れ地を森に変えたってだけだし。人族世界での知名度は低いがな」
ユリーナが優しくクルスの頭を撫でる。
「だから、クルスが知らなくても仕方ないのだわ」
「で、森の隠者がゾンビ化の材料を買いあさっていたってことか?」
「あさっていたって程ではないけど。買い集めていたのは間違いないわね」
「ふむ」
腑に落ちない。なぜ森の隠者が人里に急にでてくるのか。
しかもゾンビの材料を買い集めているのか。
「それは本当に森の隠者なのか?」
「間違いないわよ」
「どうしてそう言い切れるんだ?」
「冒険者ギルドは森の隠者と少ないながらも取引しているし。その過程で森の隠者には冒険者カード発行しているのよ」
「そうなの?」
「そうなの」
確かに取引するのなら、冒険者カードを持っていた方が便利だ。
森の隠者が森での収穫物を冒険者ギルドで物々交換しようとするのならば、特にそうだ。
冒険者カードさえあれば、商業ギルドとの金銭取引も可能になる。
「で、冒険者カードを使って材料を集めたりもしていたからばれたってわけ」
ますます腑に落ちない。冒険者カードを使った方がいろいろと便利だ。
だが、なぜそのような足がつく真似をするのか。
非常に浅慮に思える。森の隠者と称えられる魔導士らしくもない。
「……ゾンビ化済みかな」
「可能性は否定できないのだわ」
「仮に森の隠者のゾンビ化に成功しているのなら、魔人にとっては、貴重な駒なわけでしょ。材料集めになんか使わないと思う」
ルカの指摘は正しい気がする。
どちらにしろ、森の隠者の足跡を追った方がいいだろう。
「ちなみに、森の隠者って名前はなんていうの?」
「ヴァリミエ・リンドバルなのだわ」
——ガシャン
ヴィヴィが飲んでいたお茶のカップを取り落とす。カップの中身がテーブルの上に広がった。
ルカがてきぱきと、ヴィヴィがこぼしたお茶を拭く。
ままごとをしていたコレットたちも、びっくりしてヴィヴィの方を見た。
「ヴィヴィ、どうしたのよ?」
「やけどしてないか?」
「もう?」
ルカと俺は声をかけたが、ヴィヴィは心ここにあらずといった感じだ。
一応お茶はヴィヴィにはかかっていない。無事でよかった。
モーフィも心配そうにヴィヴィを見つめている。
「……ヴァリミエ・リンドバルじゃと?」
ヴィヴィがうめくように声を出す。
「知り合いか?」
「……わらわの姉上なのじゃ」
ヴィヴィの顔は真っ青だった。
「ヴィヴィのお姉さんって言うと、ヴィヴィに魔法を教えてくれたっていう?」
「……そうじゃ」
「お姉さんはゾンビに詳しいの?」
「詳しいわけないのじゃ!」
「ふむ」
何かに巻き込まれている可能性もある。それこそゾンビ化して操られている可能性もあるのだ。
「とりあえず、ヴィヴィの姉さんを見つけ出した方がいいな」
俺がそういうと、ルカたちも真剣な顔でうなずいた。