話を聞いていたクルスが椅子から立ち上がる。
「よし! ぼくがヴィヴィのお姉ちゃんを探してくるよ!」
「座りなさい」
今にも走り出しそうなクルスの肩を、ルカがつかんで座らせた。
ルカはクルスの目を見て優しい口調で言う。
「クルス。ただでさえ人探しは苦手でしょ。調査はあたしたちに任せておくといいわ」
「でもー」
「クルスは、普段通りでいいのだわ」
「むうー」
ユリーナからも諭されて、クルスは頬を膨らませる。
だが、実際クルスはこういう任務は得意ではない。
「俺も探しに行きたいが、防衛があるからな」
「アルは安心してムルグ村の防衛に専念しておいて」
「すまん。任せる」
「気にしないで。さほど難しくない任務だわ。まだゾンビ化の材料を集めたりして動いているみたいだし」
森の隠者が、本拠地の大森林に引きこもっていたら、探し出すのは難しかっただろう。
だが、ルカの言う通り、まだ材料を集めているのなら、居場所の特定はそう難しくない。
冒険者ギルドには優秀なスカウトがたくさんいるのだ。
素材屋や商人ギルドにも協力を依頼することだってできる。
「遅くても一週間以内には居場所を特定できると思う。すぐに報告するわね」
「頼む」
俺たちが話している間、ヴィヴィはじっとうつむいていた。
「もう?」
ヴィヴィを心配したモーフィがずっとヴィヴィに寄り添っている。
ヴィヴィはモーフィを撫でながら自分自身に言い聞かせるように言う。
「姉上はゾンビ化に手を染めたりするような魔導士ではないのじゃ」
「そうなんだろうな」
「姉上はとても強いのじゃ。ゾンビ化の術をかけられたりしているはずがないのじゃ」
「きっと、そうだな」
俺はヴィヴィの言葉を肯定する。
無責任かもしれないが、そう答えるしかない。
そして、それが本当であってほしいと、心から願った。
その日の夜。眠ろうとしていると、ヴィヴィが無言でベッドの中に入ってきた。
色々あって、寂しいのかもしれない。だから、俺は何も言わないでおいた。
「もう」
モーフィがそっとヴィヴィに体を摺り寄せた。
一生懸命、モーフィなりに励まそうとしているのだろう。
俺も黙ってヴィヴィの頭を撫でてやる。
ヴィヴィは、いつものように「やめるのじゃ」とは言わなかった。
「姉上が森の隠者などと呼ばれていたとは。知らなかったのじゃ」
「そうか。姉妹でも知らないことってたくさんあるもんだよ。たぶんね」
俺は兄弟がいないので、よくわからない。
それでも、きっとそういうもんだと俺は思う。
「そうじゃな」
ヴィヴィは遠くを見るような眼をした。室内だ。視線の先には天井しかない。
だが、まるで天井の向こう、はるか遠くを星空を見ているかのようにみえた。
姉を思い出しているのかもしれない。
「ヴィヴィも森で育ったのか?」
「そうじゃな。すこし昔まで、荒れ地だったとは聞いていたのじゃ」
「森は通ったことがあるぞ」
「そうじゃったのか。姉上にはあったのかや?」
「いや、端を通っただけだからな。森の奥には入っていないんだ」
遠い目をしたまま、ヴィヴィが言う。
「あの奥には城があるのじゃ」
「城?」
「姉上の城じゃ。大きな城なのじゃぞ」
「そうだったのか」
いままで、ヴィヴィは大きな建物を当たり前だと考えている気がしていた。
城で育ったときいて、その理由が分かった気がした。
「魔王軍は城を攻め落としに来なかったのか?」
「それは大丈夫じゃ。姉上には使い魔がたくさんおった。そのうえゴーレムをたくさん作っていたのじゃ」
「ゴーレムか」
ゴーレムはかなり強い。対軍兵器としてはかなり優秀だ。ゴーレム一体で100人の兵士に匹敵する。
魔王軍にとって、森を攻め落として得られる利益が少ないと判断したのだろう。
利益より損害のほうが大きそうだ。
「その上、森には幻惑の魔術をかけてあるのじゃ。そう簡単には入れないのじゃぞ」
「森はただでさえ迷いやすいからな。幻惑の魔法とは相性がよさそうだ」
ヴィヴィは俺の顔を見る。
「まあ、アルぐらいの魔導士なら幻惑を破って侵入することはできると思うのじゃ」
「かもしれないな」
ユリーナと俺ならば、魔術による幻惑を破ることはたやすい。
クルスは幻惑の魔術にも気づかず、特に何も考えずに自然と突破するだろう。
ルカはきっと、三日ぐらいぐるぐるしてあきらめるだろう。
俺は今まで気になっていたことを、聞いてみようと思った。
「ヴィヴィはどうして魔王軍四天王になったの?」
「……魔王軍に招聘されたのは姉上じゃった。だが姉上は面倒だと断ったのじゃ」
「それでヴィヴィが行くことにしたの?」
「そうじゃな。緑地化計画と農地改良計画には興味があったのじゃ」
「お姉さんは反対しなかった?」
「わらわがしたいならすればよいと言っておったのじゃ」
ヴィヴィはモーフィにぎゅっと抱き着く。
「それから、姉上にはあってないのじゃ」
「やっぱり寂しい?」
「……モーフィがいるから寂しくないのじゃ」
「もっも」
ヴィヴィは言葉と裏腹に寂しそうに見えた。
モーフィがヴィヴィの顔を舐めていた。
ヴィヴィの姉の居場所が報告されたのは、それから一週間後のことだった。