しばらくの間、ヴィヴィは泣いていた。安心したのだろう。
俺たちは、ヴィヴィが落ち着くまで黙って待った。
「もっもう」
「がっがう」「りゃあ」
その間、モーフィとライは互いに挨拶していた。
シギショアラはそれを見て面白そうだと思ったのだろう。ライの上に乗って羽をバタバタさせていた。
シギとモーフィは、ライのたてがみを気に入ったらしい。顔を突っ込んだり、鼻を突っ込んだりしていた。
しばらくたってヴィヴィは落ち着いた。
「すまぬのじゃ。わらわとしたことが、少し取り乱したのじゃ」
「気にするな」
ヴィヴィが申し訳なさそうにいうので、俺は頭を撫でてやった。
ヴィヴィは頬を赤らめる。
「や、やめるのじゃ!」
「うむうむ」
やめるのじゃ!というセリフも久しぶりな気がする。
元気になってよかったと思う。
そんなことをしているうちに、ミレットとコレットが帰宅した。
ミレットとコレットは、ヴィヴィの姉をみて大喜びだ。
「してんのーに似てる!」
「確かにそっくりです」
「「照れるのじゃ」」
ヴィヴィとヴァリミエは同時に言った。流石姉妹である。
コレットとミレットは、ライも気に入ったようだ。
「もふもふだー」
「可愛い猫ちゃんですねー」
「がっ……にゃーん」
ライも猫と呼ばれて、一生懸命猫っぽい声を出していた。
「もふもふー」
「ほんとに、立派なたてがみですね」
ミレットとコレットは特にたてがみが気に入ったようだ。
撫でまくっている。クルスもミレットたちと一緒にモフモフしまくっていた。
ライのたてがみは、みんなに大人気だ。
俺もモフモフしたくなったが、我慢した。
そんなことをしているうちに、ユリーナが帰宅する。
ユリーナもライのたてがみが気に入ったようでしばらくモフモフしていた。
夕食の時間の前、ヴァリミエはさりげなく服を着替えていた。
夕食を食べてから、ヴァリミエに事情を改めて尋ねる。ヴァリミエは真剣な顔で語りはじめた。
「リンドバルの森で魔獣がさらわれる事件が頻発したのじゃ」
「……リンドバルの森ってどこですか?」
クルスが首をかしげている。
正直、俺もそんな森の名前は知らない。
「わらわが住んでいる森の名前じゃ」
「あそこってリンドバルの森って言うのか」
俺も思わずつぶやいた。
ヴァリミエは魔王領のはずれにある広大な森に住んでいる。
人族の間では大きな森としか呼ばれていない。
ヴィヴィがつぶやく。
「そうか、リンドバルの森というのじゃな」
「え? ヴィヴィ、そこで育ったんでしょ? 知らなかったの?」
「うむ。知らなかったのじゃ。森としか呼んでないのじゃ」
ヴァリミエがどや顔で言う。
「最近、名前を付けたのじゃ。わらわの名前が、ヴァリミエ・リンドバルだから、リンドバルの森じゃ」
「最近、名付けたのか……」
ヴァリミエが最近付けただけだったらしい。知らなくても仕方がない。
「わらわはさらわれた魔獣を探し出したのじゃ。見つけるのは困難じゃった。やっとの思いで見つけた魔獣もゾンビ化されていたのじゃ」
ヴァリミエは心底悔しそうに見えた。きっとゾンビ化した魔獣に自分の手でとどめを刺さねばならなかったのだろう。
「それで、ヴァリミエはゾンビ化事件を調べ始めたのか」
「そうじゃ。冒険者ギルドに尋ねたところ、ほかにもゾンビ化事件が発生しているというではないかや」
他のゾンビ化事件とは、俺たちが関わった事件だろう。はからずも俺たちとヴァリミエは同時期にゾンビ化事件解決に向けて動き出したのだ。
俺はヴァリミエに尋ねる。
「ところで、リンドバルの森って魔獣は多いの?」
「多いのじゃ」
それを聞いていたヴィヴィが首をかしげて、不思議そうな表情をみせる。
「そんなに多くなかったような気がするのじゃ。むしろムルグ村の方が多いと思ったのじゃ」
「最近は増えたのじゃぞ。森が育ったのもあるし、魔王軍崩壊で魔王領の開拓が進んで、逃げて来た魔獣もおるしのう」
「そうだったのじゃな」
ヴィヴィはうんうんとうなずいた。
人間の手が入ると、道ができ町ができる。そうなれば、魔獣は追いやられる。
鬱蒼とした人の手が及ばない森に逃げるのは必然だろう。
ヴァリミエは真剣な顔で続けた。
「わらわの調査の結果、魔獣をさらってゾンビにしたものは魔人だとわかったのじゃ」
「よくわかったな」
「たまたまじゃ。不幸な偶然というべきかもしれぬ」
「……がぅ」
ヴァリミエは暗い表情になった。
ライも思い出したのだろう。寂しそうに鳴く。
「わらわの可愛がっていたグレートドラゴンがさらわれたのじゃ。そのグレートドラゴンはわらわのあげた魔法の指輪を身に着けておった」
「魔道具で位置を追ったのか」
位置を知らせる魔法の指輪を与えていたのだろう。迷子になりがちなドラゴンだったのかもしれない。
「指輪の位置を割り出して、わらわは向かったのじゃ。そこで遭遇したのが魔人じゃ。その魔人は圧倒的な強さじゃった」
「……魔人と戦ったのか」
「恥ずかしながら、わらわたちは逃げるしかできなかったのじゃ」
「ががう」
ヴァリミエはとても悔しそうだ。ライも悔しそうに吠えている。
ヴァリミエもヴィヴィと同じ研究者タイプだ。古代竜(エンシェントドラゴン)と渡り合う魔人と戦うのは厳しかろう。
「逃げたわらわを追ってきたのはグレートドラゴンのゾンビの群れじゃ。それは何とか撃破したのじゃ」
「それが、あのグレートドラゴンの死体の山か」
「その後、グレートドラゴンゾンビの死体を使って、わらわは罠を張ることにしたのじゃ。結局、それは無意味な罠だったのじゃが」
倒されたゾンビを再利用することは不可能だ。だから魔人がゾンビの死体を回収しに来ることはありえないのだ。
それまで大人しく聞いていたユリーナがヴァリミエに尋ねる。
「ゾンビ化に必要な材料を集めてたのはなぜなのだわ?」
「ゾンビ化に必要な材料? 何の話じゃ?」
「だって、集めていたでしょ?」
ユリーナはひとつひとつ、ゾンビの材料名を上げていく。
真剣な表情で聞いていたヴァリミエは、「あっ」と声を上げた。
「それはゾンビの材料ではないのじゃ。ゴーレムの材料なのじゃ」
「ゴーレムの材料って、ゾンビ化の材料と同じなのか?」
俺が尋ねると、ヴァリミエは首を振る。
「ゾンビ化の材料など知らないのじゃ」
「私もゴーレムの材料など知らないのだわ」
ユリーナもヴァリミエも互いに知らないらしい。それゆえの誤解だろう。
俺はヴァリミエに尋ねる。
「じゃあ、なんでゴーレムの材料を集めてたの?」
「うむ。森の魔獣を守るためにゴーレムを増やさねばならぬと思ってのう」
森の魔獣をゾンビにされたのが、ヴァリミエにとって、よほどつらかったのだろう。
ヴァリミエは真剣な表情をしながら、手で優しくライを撫でる。
「わらわとライだけでは魔人に勝てなかったのじゃ。だが、ゴーレムを用意すれば、勝てるかもしれないであろ?」
「それでゴーレムの材料は集まったの?」
「まだ足りないのじゃ。店売りでは揃えられないアイテムもあるしのう」
「なにが足りないのか後で教えてくれ。もし協力できることがあれば、協力しよう」
「まことかや? それは助かるのじゃ」
ヴァリミエは嬉しそうに微笑んだ。
そんなヴァリミエに向けて、ルカが尋ねた。
「どうして宿屋から逃げたの?」
「見張られていることに気が付いたのじゃ。わらわをつけ狙うものなど、魔人の手の者以外にあり得ぬ。そう考えたのじゃ」
ヴァリミエは俺たちが魔人を追っていることを知らなかったのだ。
それに、自分がゾンビ化事件の犯人として疑われていることも知らなかった。
そんな時に自分の様子をうかがっている怪しい者を見つけたのだ。魔人の手のものだと思っても仕方がない。
「俺たちが追っていたら、ユニコーンが襲ってきて、そのあとグレートドラゴンゾンビが冒険者を襲っていたのだが気づいていたか?」
「ユニコーンは最近よく出るのじゃ。わらわはともかく、ライは雄じゃからよく襲われたのじゃぞ。それにグレートドラゴンのゾンビは定期的に襲ってくるのじゃぞ」
「物騒だな」
俺がそういうと、ヴァリミエはうなずく。
「ゴーレムの材料集めとかしていない時、わらわは罠を見張っておることが多いのじゃ。そこに魔人がグレートドラゴンゾンビを送り込んでくるのじゃ」
「魔人は、随分とヴァリミエのことを警戒しているようだな」
「わらわは、魔人がグレートドラゴンの死体を取り返したいのだと思っておったのじゃ……」
魔人にとって、グレートドラゴンゾンビの死体に利用価値がない以上、倒したいのはヴァリミエだ。
なぜ、魔人はヴァリミエを倒したいと思っているのだろうか。
「ヴァリミエは、魔人に襲われる心当たりある?」
「ないのじゃ」
「あえて言えばでいいんだけども。ないかな?」
「うーん。魔法の指輪でさらわれたグレートドラゴンの位置を特定した結果、魔人の本拠地を知ったのじゃ。それぐらいであろうか」
ヴァリミエの言葉に、一瞬静まった。
そしてルカとユリーナが身を乗り出した。
「ヴァリミエ、本拠地を知っているのね!」
「明らかにそれなのだわ!」
ルカとユリーナの勢いにヴァリミエは少し引き気味になる。
「お、おう? おぬしらは知らぬのかや? ギルドと教会で調べたのじゃろう?」
「それでも見つけられなかったのだわ!」
「知らないわ! 全然わからなかったの」
「そ、そうだったのじゃな」
魔人の本拠地の情報に、全員が色めき立った。