魔人討伐から2週間がたった。
俺はいつものように村の入り口に座りながら、遊んでいるシギショアラを眺めていた。
フェムも横で寝っ転がりながら、シギの方を眺めている。
「りゃっりゃ」
「ぎゃっぎゃ」
シギはグレートドラゴンのドービィにじゃれついている。シギの大きさは、ドービィの指の先ほどだ。
同じドラゴン属ということで、シギもドービィに興味があるのかもしれない。
その時、ヴィヴィがモーフィと一緒に畑から帰ってきた。
ヴィヴィはつなぎの作業着だ。農作業の時、ヴィヴィは大体このスタイルだ。
「ヴィヴィ、モーフィもお疲れ様」
「うむ」「もっも」
「畑はどうだった?」
「そろそろ収穫できるころなのじゃ」「もっもう」
「そうか、それは楽しみだな」
ヴィヴィはシギとドービィの方を見る。
「ドービィも元気になったのじゃ」
「グレートドラゴンだからな。生命力高いんだろう」
ドービィは元気いっぱいに見えた。
たくさん肉を食べて、温泉の廃湯を飲みまくっているおかげかもしれない。
「ぎゃぁぎゃ」
「りゃあ?」
ドービィが少し大きな声で鳴いて、シギが驚いたように首を傾げる。
ドービィが大きな声で鳴くときは、ヴァリミエが帰ってきた時だ。
「ただいまなのじゃ」「がう」
「お帰り。今日は早かったな」
ヴァリミエは最近は毎日王都に行っている。帰宅はいつも夜だ。
王国貴族になったのだ。その式典などが色々あるのだろう。
ちなみにクルスたちも最近は遅い。
クルスは領土をもらったからその手続きが忙しいのだ。
ルカとユリーナは、魔人事件の後処理だ。
「王都での手続きや儀式が、やっと全部終わったのじゃ」
「そうか。お疲れ様」「姉上、お疲れ様なのじゃ」
ヴァリミエは遠い目をする。どこか寂しそうに見えた。
「ムルグ村での生活は楽しかったのじゃ。だがそろそろ森に戻らねばならぬのう」
「え? 姉上、ずっとムルグ村にいてくれるんじゃないのかや?」
「そうはいくまい。森の魔獣たちを守ってやらねばならぬしのう」
「でも……」
ヴィヴィはまだ何か言いたげだ。ヴァリミエは優しくヴィヴィを抱き寄せる。
「わらわにしかできない仕事もあるのじゃ」
「……わかったのじゃ」
「ヴィヴィ、わらわと一緒に帰るかや?」
「……わらわにも仕事があるのじゃ」
ヴィヴィも寂しそうだ。
モーフィとライも寂しそうに匂いを嗅ぎあっていた。
「ヴァリミエ。いつ出立する予定なんだ?」
「うむ。明日の朝にはたとうと思うのじゃ」
「明日じゃと! 姉上、いくらなんでも早すぎるのじゃ」
「長い間、森を留守にしすぎたのじゃ。それに……、これ以上いると、余計帰るのがつらくなりそうじゃ」
ヴァリミエの意思は固そうだ。
その日の夜はヴァリミエ、ライ、ドービィの送別会をやった。
村人も集まり、楽しく盛り上がった。
ヴァリミエは早めに切り上げると、ヴィヴィと一緒に部屋に戻った。
姉妹同士の別れがあるのだろう。
◇◇◇
次の日の朝。ヴァリミエをみんなで見送る。
ヴァリミエはライに乗って帰るようだ。
「寂しいです」
クルスは泣きそうだった。ルカたちも名残惜しそうにしていた。
「いつでも遊びに来るんだぞ。困ったことがあったら言ってくれ」
「うむ。機会を見て遊びに来るのじゃ」
「姉上もライも、ドービィも気を付けるのじゃ」
「うむ。ヴィヴィも息災でな」
意外と、ヴィヴィとヴァリミエはあっさりした感じだ。
昨夜のうちに別れを済ませたのかもしれない。
ミレットから弁当をもらって、ヴァリミエは出発する。
「ぎゃっぎゃあ」
ドービィが飛び立つ。地上を走るライと同じくらいの速度で一緒に帰る予定らしい。
「りゃっりゃ」
「ぎゃっぎゃ」
シギがドービィに挨拶するかのように鳴く。ドービィもシギに返事をするかのように鳴くと上空をぐるぐる回る。
「では行くのじゃ」「がぅ」
「気をつけてな」
ヴァリミエはライの背中に乗って走り出す。
一度も振り返らず、走っていった。
「りゃああああ」
シギが羽をバタバタさせながら、数歩だけライを追った。シギは赤ちゃんなのに別れを理解しているのだ。
そして、シギは寂しそうに俺のところに戻ってきた。足にヒシっとしがみつくので抱き上げてやった。
「行っちゃったわね」
「リンドバルの森。遠いなぁ」
「りゃぁ」
ルカとクルスが寂しそうにつぶやいた。
シギは鳴きながら俺の頬に顔をこすりつけている。ここまで露骨に甘えるのは久しぶりだ、
シギを優しく撫でてやりながら、俺はリンドバルの森への道のりを考えた。
馬なら1週間ぐらいだろうか。徒歩ならどのくらいかかるだろうか。
「ライは馬よりずっと速いから、3日ぐらいかな」
「遠いなぁ」
クルスは遠い目をしながらフェムを撫でていた。ライのモフモフを思い出しているのかもしれない。
フェムは撫でられながら言う。
『フェムなら2日なのだ』
『モーフィ1日』
フェムとモーフィが張り合っていた。ライとフェムたちの速度はそう変わらない。
2日はともかく、1日は絶対に無理だと思う。
モーフィはしきりに、ヴィヴィに頭をこすりつけていた。
モーフィなりにヴィヴィを元気づけようとしているのだろう。
「モーフィはいいこじゃな」
ヴィヴィは遠い目をしながら、優しくモーフィの背を撫でていた。