ヴァリミエがリンドバルの森に向けて旅立ってから三日がたった。
領主の税額監査もまだ来ない。
いつものように俺はムルグ村で衛兵業務である。フェムとモーフィはいつものように横で寝ていた。
「りゃああ」「きゃふきゃふ」
シギショアラは子魔狼たちと一緒に、周囲を元気に走りまわっている。
成長著しい。寂しい気もしなくもない。だが、やはりうれしいのだ。
その時、畑の方からヴィヴィが歩いてきた。
シギたちはヴィヴィに気づくと、まとわりつきに行く。
「足元をうろちょろするでない。踏んでしまいそうになるのじゃ」
「りゃっりゃ」「きゃふきゃふきゃ」
ヴィヴィは歩きにくそうだ。それでも子魔狼とはいえ狼を怖がっていない。とても良いと思う。
慎重に歩きながら、ヴィヴィがこっちにやってくる。
ついてきたシギや子魔狼たちは、寝っ転がっているフェムに興味を移した。
「きゃふぅ」「りゃりゃりゃあ」
「わふぅ」
フェムにまとわりつくシギたちを見ながら、俺はヴィヴィに尋ねた。
「ヴィヴィ。畑はどうだった?」
「うむ。明日にでもイモは収穫できるのじゃ」
「それなら明日はミレットたちにも手伝ってもらって、収穫しようか」
「それがいいのじゃ」
俺も衛兵業務の合間に、草抜きとか土寄せとか芽かきとか追肥などの手伝いはしている。
だが、毎日面倒をみてくれているのはヴィヴィである。感謝しかない。
「ヴィヴィ、ありがとうな」
「えへ。気にするでないのじゃ」
ヴィヴィは照れていた。
牛の世話もやっているし、農作物の管理もしている。大活躍である。
衛兵の俺より役に立っているのではないだろうか。
イモの収穫が可能になったのだ。おそらく他の農作物も収穫の時期だろう。
村人として、手伝えることは手伝わなければなるまい。
「ちょっと畑の様子を見てくる」
「わらわも付き合うのじゃ」
俺は持ち場を離れて、ヴィヴィ、モーフィ、フェムと一緒に畑の方へと歩いていった。
見回りも衛兵の業務の一つなので、問題ないのだ。
「りゃあ」「きゃふきゃふ」
シギと子魔狼たちが、ちょこちょこついてきた。シギたちに合わせてゆっくりと進む。
畑にはいつもより多めの村人がいる。収穫の準備をしているのだろう。
ヴィヴィの言う通り、そろそろ収穫が近そうだ。
フェムが尋ねてくる。
『豊作なのだな?』
「どうなんだろう。豊作なのかな?」
正直例年の様子を知らないので何とも言えない。
ヴィヴィが笑顔で言う。
「豊作だとおもうのじゃぞ。土壌が痩せている割にはかなりいい感じだと思うのじゃ」
「それならいいのだけど」
俺に気づいた村長がやってきた。
「アルさん。ヴィヴィさん、見回りお疲れ様です」
「村長もお疲れ様です。畑の様子はどうですか?」
「例年にない豊作ですよ」
「それはよかった」
「これもフェムさんたちがネズミや猪を狩ってくれたおかげです」
「わふぅ」「きゃふ!」
フェムと子魔狼たちが嬉しそうに尻尾を振る。
「収穫が終われば、ヴィヴィの土壌改良魔法陣を描けますからね。もっと収穫量が上がるかもですよ」
「それは期待できますね!」
村長は期待を込めたまなざしでヴィヴィを見る。
すこしヴィヴィが困った顔をした。
「だがのう。1年程度では効果が出ない可能性もあるのじゃぞ」
「今よりひどくなる可能性は?」
「それはないから安心するのじゃ。3年あれば確実に効果は出るのじゃ。だが1年ではのう。下手に期待をさせてもかわいそうじゃ」
村長も真面目な顔で考える。
「そういうことならば、村人には内緒にしときましょう」
「それがいいと思うのじゃ。がっかりさせたくないしのう」
ヴィヴィの土壌改良魔法陣は魔鉱石を魔石として抽出するものである。
ほかにも色々効果はあるが、それがメインである。
「村長、ヴィヴィの魔法陣で土中の魔鉱石を魔石に変換したものが、すでにあるのですが」
「ほうほう? 魔石というのはどういう?」
俺は魔石について説明した。村長は興味深げに聞いていた。
「ふむふむ。土中にある魔鉱石では農業の邪魔にしかならないのに、魔石になると一気に高価になるのですね。不思議な感じです」
「すでにイモ畑に設置した魔法陣によって産出された魔石が少し溜まっています」
「魔石は村の土地から産出されたものなのじゃ。村の財産にすればいいのじゃ」
「それはありがたい申し出ですけど……」
村長は深刻な顔で考え込んだ。
「いや、やはり魔石の産出はヴィヴィさんの功績ですし」
「これから村の畑に設置していくわけですから、全部私たちがもらうわけにはいかないですし。税のこともありますしね」
「そうなのじゃ」
しばらく村長と話し合って結論を出す。
「それでは半分をアルさんとヴィヴィさんが。もう半分を村の財産とするということでよろしいですか?」
「それで構いません」
「本当によろしいのですか? 村としてはとても助かりますが」
「いいですよ。税の足しにしてください」
「半分はもらいすぎな気がするのじゃが」
ヴィヴィはそういっていたが、結局半々で話がついた。
話がまとまると、村長はほっとした表情になる。
「ああは言いましたが、本当は困っていたのです。いつも税はぎりぎりで」
そして村長は横にいるモーフィを見る。
「モーフィさんの肉と、豊作、それに加えて魔石のおかげで今年の冬は余裕をもって越せそうです」
「それは何よりです」
何度もお礼をいって、村長は去っていった。
俺たちが話し合っている間、シギと子魔狼たちは畑の周りを駆け回っていた。元気でなによりだ。
「りゃああ!」「きゃふ!」
突然、シギと子魔狼が大きな声を上げた。
少し驚いてシギの方をみる。
「りゃっりゃ!」「きゃふ」「きゃうきゃふ」
シギがネズミを咥えていた。ネズミはまだ生きているようで、びちびち暴れている。
シギたちは誇らしげに俺のところにネズミを持ってくる。
初めての獲物だ。シギは誇らしげに羽をバタバタさせている。
「おお、すごい! シギも魔狼たちも偉いぞ」
「わふわふ!」
フェムも子魔狼たちをほめている。
俺はネズミを咥えたままのシギの頭を撫でてやる。だが、これからどうすればいいのだろうか。
「フェム。こういう時ってどうすればいいの?」
『アルのところに持ってきたのだ。アルが許可を出せばたべるであろ』
「そういうものなのか」
シギと子魔狼たちに向かって言う。
「偉かったぞ。食べていいぞ」
「りゃあ」「きゃふきゃふ」
シギたちはねずみを食べようとした。だが逃げられる。
「りゃっりゃ!」「きゃふきゃふ!」
一生懸命、追い始めた。
『子供にはよくあることなのだ。こうして、とどめの大切さを学ぶのだ』
「なるほど」
しばらくして、もう一度捕まえる。今度はしっかりと子魔狼たちと一緒に、とどめを刺して食べ始めた。
「子魔狼たちも食べてるけど、大丈夫なの?」
『何のことなのだ?』
「ほら、フェムが分配しないとダメなんじゃないの?」
『アルが許可出したからもういいのだ』
「なるほど」
魔狼王の主である俺が許可だしたから食べていいらしい。
魔狼のしきたりは複雑なようで単純だ。完全な縦社会なのだ。
ネズミを食べているシギを見ながらヴィヴィがつぶやく。
「シギが初めて獲物をとったのじゃ。今日はお祝いなのじゃ」
「そうだな。ミレットにお願いしよう」
シギの成長がとても嬉しい秋の日だった。
そのとき、ひざがいつもより傷んだ。