ティミショアラと別れて小屋に戻ると、ミレットたちが待っていてくれていた。
村長もいる。
「アルフレッドさん、今のは一体?」
「村長、わざわざありがとうございます。こちらからご報告に向かいましたのに」
夜だから目撃者は少なかったはずだ。
だがティミショアラがあまりに巨大だったため、気づいた村人もいたのだろう。
俺は簡単に事情を説明した。
「なるほど。シギさんのご親戚がいらしてたのですか」
「りゃあ」
シギショアラは村長に向かって元気に鳴いた。
村長も笑顔でシギの頭を撫でている。シギも撫でられてご満悦だ。
「そういうことなら安心ですね」
「お騒がせいたしました」
村長は帰っていった。
騒ぎがあれば夜でも駆けつけてくるのだ。村長は忙しい職業だと思う。
「どうだったの? 怪我は……なさそうね」
ユリーナは心配そうだ。
「話し合いで終わった」
「村長への説明でシギの親戚って言ってたけど……。なんの用だったのだわ?」
「簡単にいうと、親権問題だぞ」
「それは、大変ね」
ユリーナには、村長より丁寧に説明する。
村長にはシギの親戚が遊びに来たとしか言わなかった。あまり詳しく説明しても混乱するからだ。
ユリーナにはちゃんと子爵ティミショアラがどうのとか、玉璽がどうのという話までする。
「おばさんに認めてもらえてよかったのだわ」
「りゃあ」
ユリーナはシギを撫でる。
村長もユリーナも、みんなシギを撫でたがる。可愛いので当然である。
「シギちゃんよかったですねー」
「おばさんが遊びに来てくれてよかったね」
「りゃっ!」
ミレットとコレットも、シギを撫でていた。シギも嬉しそうだ。
そんな中クルスが声を上げる。
「アルさん、お腹すきました」
「ちゃんと、夕食の準備はできてますよ」
ミレットが笑顔で言った。
「おお、ありがとう」
「お腹減ったのじゃ」
「アルは、手術した後なんだから、ちゃんと食べないとだめなのだわ」
ミレットの作ってくれた夕食はとても美味しかった。
夕食を食べた後、俺は早めにベッドに向かう。
今日はゴーレムの収穫で魔力を使い、ひざの石を切開して取り除いてもらったので疲れていたのだ。
「ちゃんと、ぼくがついているので安心して寝てくださいね!」
クルスが寝室までついてきてくれる。自信ありげに胸を張っていた。
「クルス、ありがとう」
「いえいえ! 気にしないでください」
そして俺は眠りについた。
深夜、またひざが痛くなって目を覚ました。
だが、ほどほどな痛みだ。クルスがいてくれるせいかもしれない。
俺は胸の上で寝ているシギを優しくなでて、もう一度眠りについた。
◇◇◇◇
朝、目を覚ますと、モーフィに左手を咥えられていた。
「もにゅもにゅ」
「……俺の手は旨くないと思うのだが」
「もにゅもにゅ」
俺はモーフィの口から手を引き抜いた。
「も?」
それだけで、モーフィは目を覚ます。すぐに、お腹の上に顎を乗せてくる。
少し重い。
「重いぞ」
「も?」
仕方ないので撫でてやった。
そんなことをしていると、ユリーナがやってくる。
「アルの部屋は、いつ来てもモフ度が高いのだわ」
「ユリーナおはよう」
「おはよう」
ユリーナは、俺の横で寝ているクルスの頭を撫でる。
クルスは気持ちよさそうに寝ていた。
「くかー」
「ふふ。相変わらず可愛いのだわ」
しばらくクルスを撫でた後、ユリーナは俺のひざも見てくれる。
「うーん。また石ができ始めてるのだわ」
「昨日取り出したばかりなのに……」
「昨日のペースで成長したら、夜に切除しないとダメかも知れないのだわ」
「また迷惑をかける」
「それはいいのだけど。一応魔法は控えめにするのだわ」
恐ろしい話である。毎日手術することになると、かなりつらい。
魔法は控えめにしようと思う。
それからクルスたちも起こして食堂へと向かう。
食堂では知らない少女が、ルカと談笑していた。
「あ、アル。おはよう」
「アルフレッド・リント、ようやく起きたか」
ルカも知らない少女もにこやかだ。
向こうはこっちを知っているみたいだが、俺は知らない。
「あ、おはようございます。えっと……」
「——りゃああ」
俺は少女に何者なのか尋ねようとした。だが、肩に乗っていたシギが大き目の声を上げた。
「ど、どうしたシギ?」
シギは羽をバタバタさせている。
クルスが、少女を見て少し驚き笑顔になる。
「あれ? ティミちゃん、遊びに来たんだー」
「そうだぞ、クルス。我が姪シギショアラに会いに来たのだ」
「え? ティミって、ティミショアラ閣下?」
「そうだが?」
ティミショアラは怪訝そうな顔をしている。
まるで、なに当たり前のことをと言いたげだ。
昨夜見た巨大な古代竜とは思えない。普通の可愛らしい少女だ。
俺が驚いたのを見て、ルカは楽しそうに笑う。
「ね、アルはびっくりしたでしょ」
「そうだな。見た目が変わったぐらいでわからないとは、人族は鈍いのだな」
「そりゃそうよ。人間は情報の大半を視覚から得ているからね」
「クルスはわかるだろうという、ルカの予想も見事だ」
「クルスは特殊だから」
「そうなのか。クルスはさすがであるな」
「えへへ」
褒められたクルスは照れていた。クルスはたまに鋭いので油断できない。
そして、どうやらルカとティミショアラは仲良くなっているようだ。
いつの間に仲良くなったのかとても気になる。
「ルカとティミショアラ閣下は、いつの間に仲良くなったのですか?」
「むう? この姿なのだ。敬語は使わなくてよい。我のことはティミと呼べ」
「わかった。ティミ」
ティミは満足げにうなずく。
そして手を伸ばして、シギを優しくなでる。シギも気持ちよさそうにする。
「いつでも遊びに来ていいと言われたので、我は朝になったので遊びに来たのだ。可愛いシギショアラに会いたいからな」
「朝って言うか日の出と同時だったけどね」
「朝は朝であるぞ。だが、シギショアラはまだ寝てるというではないか。それでルカとお話していたのだ」
「古代竜のお話はすごく楽しかったわ」
「ルカの話も、とても面白かったぞ。我には新鮮なことばかりだ」
魔獣学者のルカは古代竜の話を聞けてすごくうれしかったのだろう。
学者であるルカの話もまた、古代竜にとって新鮮だったに違いない。
それで意気投合したのだ。お互い楽しそうで何よりである。
ティミの人ぶりはみごとだ。二人で話しているのをみると、人にしか見えない。
「ティミ、人の姿になれたんだな」
「当たり前だ。我は古代竜(エンシェントドラゴン)であるぞ。数時間人の姿になるぐらい容易い」
どや顔で、ティミショアラは胸を張る。
古代竜は人の姿になれるのが、当たり前らしい。知らなかった。
「シギの様子を見に来てくれたんだろ。ありがとうな」
「うむ」
ティミはシギを撫でまわしていた。
しばらく撫でまわした後、ティミは「あっ」といった。
「そういえば、大切な用事があったのだ」
「む?」
「アルフレッドに、栄光あるラの名をやろう」
「ラ?」
「そうだ。ジルニドラ。シギショアラ。そして我が名ティミショアラ。全員ラがついているだろう?」
「そうだね」
「古代竜のなかでも、栄光ある極地の大公の係累、その中でも特に高貴なものだけが名前にラをつけることが許されるのだ」
「そうだったんだ」
初耳である。
ルカも初めて知ったようだ。ものすごく目をキラキラさせながらメモを取っていた。
「大公から公子の後見人として認められ、玉璽を託されたのだ。アルフレッドにも、ラを名乗る資格がある」
「ラ、かー」
「うむ。今後はアルフレッドラと名乗るがよい」
「……アルフレッドラ」
正直微妙な感じである。あまりうれしくない。
「む? ああそうか。人間は家名が大切だものな。子爵アルフレッドラ・リントと名乗るがよいぞ」
「お、おう?」
なんといって断ればいいのか。困る。
名前にラをつけるというのは、古代竜の世界ではものすごく名誉なことなのだろう。
だから、ティミは俺が断るとは夢にも思っていなさそうである。
「アルさん、いや、アルフレッドラさん! かっこいい! いいなー」
クルスは無邪気にはしゃいでいる。
「お、おう」
「そうだろうそうだろう」
「りゃあ」
シギも嬉しそうに羽をバタバタさせている。
「アルフレッドラ。いいんじゃないの?」
「いいと思うのだわ」
ルカとユリーナは無責任にそんなことを言ってくる。困る。
なんといって、断ろうか考えていると、ティミが困った顔になる。
「む? まさかとは思うが嫌なのか? そんな……」
ティミは泣きそうだ。
女の子に泣かれると、俺は弱い。慌てて言い訳する。
「嫌というわけではなくて……」
「本当なのか? 無理してないのか?」
「無理してないよ」
「そうか。ラをもらって嬉しいのだな」
「光栄だとは……」
「うむうむ。やはりそうだろうな。喜んでもらえて嬉しいぞ。アルフレッドラ」
「……はい」
成り行きで、アルフレッドラになってしまった。