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133 領主の館

 その日の夜。夕食の後、またひざが少し痛くなった。

 だが、それほど強い痛みではない。

 早ければ今夜にでも切開が必要だと言われていたのだ。それを考えれば、経過良好と言えるだろう。

 診断していたユリーナが言う。


「今日はほとんど石が成長していないのだわ」

「そうか、ありがとう」

「やっぱり成長速度には魔力消費の影響が大きいのかも」

「クルスが近くに居て、しょっちゅう撫でてくれたからかも」

「えへへ」

 クルスが照れていた。


「本当にクルスも、ユリーナもありがとう。助かる」

「気にしないでください!」

「私はパーティーのヒーラーだから」

 クルスもユリーナもとてもやさしい。感謝である。


 その日は朝まで一度も目を覚まさずに眠れた。クルスが一緒にいてくれたからかもしれない。

 感謝しかない。


◇◇◇

 翌朝。ティミショアラが、朝食の時間にうきうきしながらやってきた。


「シギショアラ。今日も可愛いな!」

「りゃっりゃ!」

「おお、叩くな叩くな。シギショアラ。痛いではないか!」


 ティミはシギを抱き上げてほおずりした。シギはティミの鼻をぺしぺし叩く。

 シギは一見嫌がっているように見えるが、機嫌はよさそうだ。


「シギ、人を叩いてはいけません」

「りゃあ」


 シギの手をつかんで止めた。シギはすぐに大人しくなる。

 人を叩いてはいけないと教えるのも、大切なしつけだ。

 言うことを聞いたらほめなければなるまい。


「うん。ちゃんと言うこと聞いて偉いね」

「りゃっりゃー」


 シギは嬉しそうに鳴いた。

 ティミはシギを撫でながら言う。


「ところで、転移魔法陣はどうなったのだ?」

「それがだな……」


 魔法陣を刻んだオリハルコンの盾が奪われた経緯を説明する。

 朝ごはんを食べながらである。


「なんと! それはひどいな」

 ティミはミレットの作る朝食が気に入ったようだ。バクバク食べている。

 俺も説明しつつ、シギに朝ごはんを食べさせながら、自分も食べる。


「それで、これから領主の館に乗り込もうと思って」

「それがいい。我が乗せて行ってやるぞ。な、シギショアラ」

「りゃあ」


 ティミはシギを乗せて飛びたがっていた。ちょうどいい機会である。


 朝食を終えると、危険察知魔法陣にティミを味方登録した。

 これでティミが飛んできても警報は鳴らないはずだ。


 それから、俺とクルス、シギとヴィヴィを乗せてティミショアラは飛び立った。

 モーフィはついて来たがったが、お留守番だ。村の防衛も大事な仕事だ。

 フェムはまだティミを警戒しているのか、あまり近づこうとしないのでお留守番だ。


 一応俺は狼の被り物をかぶっておいた。顔がばれたら面倒だからだ。


「シギショアラ、我は速かろう! いつでも乗せてやるぞ!」

「りゃああ」


 ティミは自慢げだ。俺の懐に入っているシギもご機嫌である。

 羽をばたばたさせながら、飛び出そうとするので、手で押さえた。

 すると、俺の狼の仮面の内側に顔を突っ込んだりしてくる。

 速く飛ぶということは、古代竜にとってたまらない娯楽なのかもしれない。

 ヴィヴィはブルブル震えながら、俺にしがみついている。


「は、速いのじゃ。落ちたら絶対死ぬのじゃ」

「あっというまだねー」


 クルスはティミの頭の上に立っていた。

 ティミは揺れないように飛んでくれている。とはいえ、驚異のバランス感覚である。

 ティミは馬で半日の距離を1時間足らずで移動した。


「あれが領主の館か」

「ぼくも初めて見ましたー」


 領主の館は、言うまでもないがクルスの館である。

 領主は常駐しないのが一般的とはいえ、一度も来ないのもどうかと思う。


「たまには来た方がいいぞ」

「はい!」

 相変わらず返事はいい。


「クルスよ。我はどこに降りればよい?」

「広いところがあればいいんだけど」


 畑とか建物を壊さない場所に降りなければならないのだ。

 ティミはとても巨大なので、そんな単純なことも難しい。


「いざとなれば、近くの林の上に降りたらいいかも!」

「あれは防風林だからな。できれば傷つけないほうがいいかも」

「そうなんですね。勉強になります」


 クルスが俺の言葉に感心しているころ、領主の館は大騒ぎになっていた。

 巨大な竜が飛来したのだ。当たり前である。


「おお、攻城兵器などを必死に準備しておるわ。あれはバリスタというのだったか?」

 ティミはそう言って、楽しそうに笑う。

「りゃっりゃー」

 シギも楽しそうだ。


「どうする? 仮にも主君に兵器を向けておるが、制裁を加えなくてもよいのか?」

「ティミに任せたら領主の館ごと消し飛んでしまうからな。もし撃って来ても防御は任せて」

「わかったのだ。どちらにせよ、あのような兵器では我に傷をつけることはできぬ」


 俺は依然としてティミの頭の上に乗っているクルスに向かって言う。

「クルスが来たって叫んでみたら?」

「了解です!」


 そしてクルスは叫び始める。

「クルスがきたよー」

 俺が言って欲しかったことは、そういうことではない。

 我はこの地の領主、伯爵クルス・コンラディンである、今すぐ兵器を捨て、出迎える準備をせよ的なことを言って欲しかったのだ。


 クルスが来たよーでは、事態を把握できなかったようだ。

 ティミが上空にいるため、クルスを視認できていないというのもあるだろう。

 いや、そもそも、大半の者はクルスを見たことがないのだ。視認できたとしても事態は変わらなかったかもしれない。


 びゅんびゅんとバリスタから巨大な矢が飛んでくる。

 魔法で難なく弾いた。


「らちが明かぬな。少し吠えてやろう」

「ひえ」


 ヴィヴィが自分の耳をふさぐ。その上から俺も手をかぶせてやった。

 そうしてからティミに向かって大きな声で呼びかけた。


「ティミ、ちょっとまて! 大惨事になる」

 主にヴィヴィの下半身が。いや、きっと役人たちも大惨事になりそうだ。

 後始末が面倒になる。


「俺に任せろ」


 そういうと、俺は魔法で声を拡大する。


「領主にして勇者、貴様たちの主君、クルス・コンラディン伯の御出座である。相応の礼を持って、ただちに出迎えよ」


 事態をやっと把握したのだろう。役人たちは慌ただしく動き出す。

 クルスがこっちに寄ってきてささやく。


「え、偉そうじゃないですか?」

「クルスは偉いんだよ」

「そんな。偉くないです」

「とりあえず、クルスは偉そうにしておいて。難しいことは部下という設定の俺に振ってくれればいいからさ」

「わかりました。アルさんの正体がばれたら困りますもんね! そういう設定でいきましょう」


 俺がクルスの部下という設定で動くのも初めてではない。クルスも慣れたものである。

 そうこうしているうちに、老人が出てきて、頭を下げた。


「あれが、代官ですよ」

 クルスが教えてくれる。


「出迎えご苦労。急な出座ゆえ、主君に向かって文字通り弓を引いた件、不問に処すと、伯爵閣下は仰せである」

「ありがたきしあわせ」


 クルスの耳元でささやく。

「俺たちが降りてから、最後に降りてきて」

「わかりました」

「ティミは好きにしていいぞ」

「わかった」


 ティミはもともと根っからの貴人、いや貴竜である。

 任せれば、偉そうに動いてくれるだろう。


 俺はヴィヴィと自分に重力魔法をかけて、緩やかに地面に降り立った。

 それだけで、代官たちは顔をひきつらせた。狼の仮面の効果かも知れない。

 いや、驚いたのは重力魔法の方かも知れない。

 そこにクルスがぴょんと飛び降りてくる。かなり高いのに、平気な顔だ。


「伯爵閣下、大変なご無礼を……」

「うん。気にしなくていいよ」

「それで今日はどのようなご用件で……?」

「アルラ説明お願い。あっちなみにアルラは、ぼくの右腕というべき、部下なんです」


 アルと呼んだらばれると、思ったのだろう。クルスなりの配慮だ。

 栄光あるラの名前を使っているのを聞いて、ティミが満足げに後ろで息を吐いていた。

 俺は代官に向かって言う。


「ムルグ村を担当している代官補佐を直ちに呼び出すように」

「それはいったい、何故……」

「あとで話す」

「はい、直ちに呼び出しますが、二時間ほどかかるかと……」

「急がせろ」


 代官は大急ぎで魔道具を操作する。呼び出すための魔道具だろう。


 それから代官は領主の館の中へと案内しようとする。

 俺は丁寧にティミに向かって頭を下げる。ティミは依然として領主の館の上で滞空している。


「ティミショアラ閣下。どうなさいますか?」

「その館は我には狭すぎる」


 人語を流暢に話すドラゴンに代官たちは怯えの表情を見せた。

 念話であっても人語を話すのはとても難しい。念話を扱える時点で竜の中でも高位であることの証明なのだ。


 ティミは念話ではなく、流暢に人の言葉を発話した。発話は念話より圧倒的に難度が高い。

 どれほど、高位のドラゴンなのか想像もつくまい。畏れるのも当然だ。


「閣下、そう言わずに、中でお話しいたしませんか?」

「アルラがそう言うのならば、そうしよう」


 ティミは人化する。人となったティミは最初から服を着ていた。

 おそらく魔力で作られた服なのだろう。


「ど、どうぞこちらに」

 怯えた様子の代官に案内されて、俺たちは領主の館の中へと入った。

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