それからティミと一緒に領主の館へと帰還した。
ちなみに、代官補佐はつままれての移動だ。
代官補佐は泣いていたが、先に領民を泣かしたのは代官補佐である。
代官補佐を牢屋に放り込むとクルスは代官に向かって言う。
「代官補佐を全員集めて」
「今すぐ招集をかけます」
「検地帳も持ってくるように伝えて」
「はい」
代官補佐が到着するまで2時間から3時間かかる。
その間、クルスは領内の法律などの書類に目を通しはじめた。真剣な表情である。
一方、シギショアラはティミショアラに抱き着いていた。胸元に顔をうずめている。
「りゃっりゃー」
「お、シギショアラ、どうしたのだ?」
「りゃあ」
シギはティミにすごく懐いたようだ。
シギに抱き着かれて、ティミはすごくうれしそうだ。
「空を飛んだから尊敬されたのかもしれないな」
「そうなのか? シギショアラ、いつでも飛んでやるぞー」
「りゃっりゃ」
ティミは出されたお茶菓子をシギに食べさせる。
シギが俺以外の手から物を食べるのは珍しい。
さすが、叔母である。
3時間後、代官補佐3人が到着した。
クルスの領地には、牢屋にぶち込まれたやつを含めて、4人の代官補佐がいたのだ。
応接室に入った代官補佐たちは、緊張した面持ちだ。
代官も代官補佐の隣に真面目な顔で立っている。
「今日集まってもらったのは——」
俺が語り掛けると、クルスが立ち上がった。
「ぼくがクルス・コンラディンです。皆さんの主君にあたります」
いつもの天然勇者とは思えない真面目な口調、険しい表情だ。
少し殺気に似た、威圧感が全身から出ている。
歴戦の勇者であるクルスの放つ威圧感は相当なものだ。
代官補佐たちはおどおどしつつ、クルスに向かって頭を下げる。
「さきほど、代官補佐を一人更迭しました」
「え……」「なんと……」
クルスの言葉に、代官補佐たちは唖然とする。互いに顔を見合わせた。
質問したいだろうに、問いは発しない。ただ呻くように声をあげただけだ。
クルスの威圧感に畏れを抱いているのだろう。
「その代官補佐には領主裁判にて、10年の懲役と財産の没収の判決を下しました」
「……伯爵閣下。一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
代官補佐の一人が口を開く。勇気を振り絞ったのだろう。声と手が震えていた。
俺と同じくらいの年の、真面目そうな男だ。
「どうぞ」
「罪状はなんでありましょうか」
「税率を不当に上げたこと。畑の等級の査定が正常に行われていなかったこと。領民の財産を不当に奪ったこと」
クルスは代官補佐を見回す。
そして、はっきりと告げる。
「どれ一つとして、許すことができません。ぼくは、自分の領内でそのような不正が行われることをけして許しません」
「……われわれは、そのようなことは致しません。適正に職務を遂行させていただいております」
「そう願っています。皆さんの検地帳を改めさせていただきます」
代官補佐はざわめく。
検地帳を持ってこいというのが、どういう意味であったか、やっと理解したのだろう。
「不正を告白するならば、今が最後の機会だと思ってください。調べた後、判明すれば更迭ではすみません。牢に入ってもらいます」
「われわれは……」
代官補佐は何かを言いかけた。だがクルスがそれを手ぶりだけで遮った。
代官補佐は慌てた様子で口をつぐむ。
「いざとなれば、ここにいらっしゃる古代竜(エンシェントドラゴン)の子爵閣下に頼み、ぼくが直接見て回ることもできるのです」
「我が姪は飛ぶのが好きなようだからな。いくらでも飛んでやろう。ここから領内の端から端まで30分もあれば往復できるぞ」
「りゃっりゃ!」
場の雰囲気を考えず、シギが嬉しそうに鳴く。
古代竜とはなにか、代官補佐たちは理解できていなさそうだ。
だが、小さなドラゴンを抱いているティミショアラをみて、只者ではないと理解したのだろう。
代官補佐たちは自分の罪状を告白し始めた。
新領主クルスが本気だと理解したのだ。
代官補佐の罪状の多くは慣例で許されているレベルだ。
畑のグレードを高く見積もる。収穫量を多めに見積もる。そう言ったものだ。
「今後は許されないと、肝に銘じてください」
クルスがそういうと、代官補佐は恐縮しきっていた。
代官補佐をくびにはしないことにしたようだ。
「代官」
「はい」
「監査役を用意してください。信用のできるものを中央から採用してください」
「御意」
代官補佐は地元の有力者から選ばれている。
監査役を地元から採用しては機能しない恐れがあるのだ。
クルスの判断の正しさに、俺は驚いた。いつもの天然勇者と思えない。
「それと、代官」
「はい。何でしょうか。閣下」
「税率は民の負担にならない程度と言ったけど、明言はしていなかったね」
「はい。閣下の意思を尊重して税率を低くするよう指示は出しました」
だが、守られてはいなかったのだ。
代官と、そして領主クルス自身が舐められていたということだ。
「3割を上限とします」
「御意」
「畑のグレードを不当に高く査定することもやめさせてください」
「御意」
一連の命令を下した後、俺たちはムルグ村への帰路につく。
ティミショアラはゆっくり目に飛んでくれている。
ヴィヴィがクルスに向かって言う。
「クルス。やればできる子だったのじゃな?」
「えへへ」
クルスは懐から紙を取り出す。
細かい字でびっしりと何か書かれていた。
「ルカにどうすればいいか書いてもらったんですよー。それを覚えておいたんです」
「なんじゃ。ルカが考えたのじゃな」
「そうだよー。ぼくには難しいことわかんないからね! ルカにもらった紙と、代官に見せてもらった資料とか没収した検地帳を読んで、アレンジしながら言ってみました」
クルスは謙遜するが、アレンジできるのは結構すごいと思う。
馬鹿じゃなかったのかもしれない。
クルスに、ルカに教えてもらった大まかな方針を説明してもらう。
税率の上限、査定の正常化が必須。慣例通りの悪事なら、一回は許す。
監査役を中央から用意すること。
実際にクルスが直接見て回れることを告げる。
そういう方針だったようだ。
「それにしても、クルス、すごいじゃないか。貴族っぽかったぞ」
「えへへ。いつものルカとアルさんの真似をしてみました」
「ルカはともかく、俺そんなかんじだったか?」
「はい! 緊張しました」
クルスも勉強している。少しずつ成長しているようだ。
「ぼくは反省したんです。領主がしっかりしないと、領民が大変だなって」
「そうだな」
「これからは領内を見て回ったりもしましょう」
「それもいいかもしれないな」
「アルさんも一緒に行きましょう!」
「暇だったらな」
「はい!」
きっと、クルスはいい領主になるだろう。