ティミショアラの後ろ姿があっという間に見えなくなる。
それを見ていたルカが言う。
「相変わらず速いわね」
「ほんとに速いな」
「りゃっりゃ!」
シギショアラも興奮気味に羽をパタパタさせる。
ふわふわ浮いていて可愛らしい。
「ぎゃ……」
「む?」
控えめな声がした。
振り返るとドービィがいた。ドービィはヴァリミエが可愛がっているグレートドラゴンだ。
リンドバルの森から転移魔法陣を通ってきたのだろう。
ドービィが通れるように、倉庫を改装した甲斐があるというものだ。
「ドービィどうしたんだ? そんなところで」
「……ぎゃ」
「がう?」
ドービィは倉庫の陰から顔だけ出して、こっちを覗いている。
ドービィの陰にライもいた。ライはヴァリミエの相方の大きな魔獣の獅子である。
そんなドービィとライをみて、ヴァリミエは首をかしげる。
「どうしたのじゃ、ライとドービィ。まるで怯えているようではないか」
「ぎゃ……」
「ドービィ、ほんとにどうした?」
特にドービィの様子がおかしい。
俺は倉庫の陰に、ドービィの様子を見に行った。
ドービィは股の間に尻尾を挟んでプルプルしていた。地面には黄色めの液体が広がっている。
これは漏らしたに違いない。
ライも少し怯え気味ではあるがドービィほどではない。
「ど、どうしたのじゃ!」
「ぎゃうぎゃう」
驚くヴァリミエに、ドービィは頭を押し付ける。
そんなドービィをヴァリミエは優しく抱きしめて、撫でてやっていた。
それを見ていたフェムが言う。
『フェムにはわかるのだ』
「なにが?」
『おそらくヴァリミエを追って、ドービィは倉庫から出てきたのだ。そして、ティミショアラを見たのだ』
「ふむふむ」
『ならば、こうなるのも必然なのだ』
フェムはどや顔をしている。
フェムの尻尾がびゅんびゅん揺れていた。
「古代竜の姿を見て怯えたってこと?」
『そうなのだ。古代竜の威容はすごいからな。フェムみたいな特別勇敢な獣以外はああなっても仕方ないのだ』
フェムも怯えまくっていた癖によく言うものである。
ティミに怯えてなかったのはモーフィぐらいだ。
「ああ、そう」
だが、俺はフェムに突っ込むのはやめておいた。
魔狼がどこで見ているかわからないのだ。王の矜持を傷つけてはかわいそうである。
「もっも!」
一方、モーフィはドービィのお腹をべろべろ舐めていた。
モーフィなりに励まそうというのだろう。効果があるのかわからない。
「ぎゃ……」
『怖がらなくていいのだぞ?』
「ぎゃ?」
『アルの方が強いのだからな』
「……ぎゃっぎゃ」
そんなことをどや顔でフェムが語っている。
それは昨日俺が言ったことではないか。
シギはふわふわ飛んで行って、ドービィの頭を撫でていた。
クルスも慰めるように言う。
「ドービィちゃん。怖がらなくても大丈夫だよ。あの人は怖くない人だからね」
「人って言うか竜だけどな」
「ぎゃぁ」
ドービィがムルグ村を怖がるようになったら可哀そうだ。
ムルグ村で楽しい思いをしてもらおうと思う。
「ドービィ。何かやりたいこととかある?」
「ぎゃ?」
『温泉にでもはいるといいのだ』
「さすがに衛兵小屋の温泉は無理だぞ」
『村の外にもあるのだ』
フェムがすたすた歩いていく。
俺たちもドービィを連れて、ついて行く。
「ぎゃあ」
怯えたドービィは両手でヴァリミエの腕をつかんでいる。
ドービィはティミほどではないが、充分巨大だ。まるでヴァリミエを爪の先でつまんでいるように見える。
ライもヴァリミエに寄り添うようにくっついている。なんか可愛い。
しばらく歩いて、フェムが止まった。
『ついたのだ』
「いつの間にこんなものを……」
『小屋を作るときにアルが石材と粘土をとった跡地を利用したのだ』
「結構大きいな」
『魔狼たちと一緒に穴を掘って広げたりしたのだ』
いつの間にそんなことをしていたのだろうか。俺はまったく知らなかった。
ドービィも入れそうな大きな温泉である。
『近くに温泉が湧き出ているとこがあったから、引き込んだのだ』
「フェムすごい!」
「わふ!」
クルスにほめられて、フェムは自慢げだ。尻尾を振りながらこっちをちらちら見てくる。
俺にもほめて欲しいのかもしれない。
「フェム、すごいぞ」
「わふわふ!」
「もっも」
一方、モーフィは、すでに温泉に入っていた。
気持ちよさそうに、くつろいでいる。
『ドービィも入るといいのだ。気持ちいいのだぞ』
「ぎゃっぎゃ」
ドービィは恐る恐るといった感じで温泉へと入る。
そして、気持ちよさげに、伸びをした。
「がうがぅ」
ライも入って泳ぎはじめた。気持ちよさそうだ。
ネコ科なのにライは温泉が気に入ったらしい。
「ぎゃあ」
「どうしたのじゃ?」
ドービィが温泉から首を伸ばしてヴァリミエに鼻を押し付けていた。
ふんふん言っている。
「ドービィはヴァリミエに一緒に入ってほしいんじゃない?」
「そうなのかや?」
「ぎゃっぎゃ!」
「でも、恥ずかしいのじゃ」
「これは気付かなくてすまなかった。俺は離れておこう」
俺は後ろを向いた。
「気を使わせてすまないのじゃ」
「いやいや、当然だぞ。俺は小屋にいるから、思う存分楽しんでくれ」
俺は小屋に戻ろうとした。その時、
「もっもーー」
「うぉ!」
いつの間にか回り込んでいた、モーフィの突撃を食らった。
吹っ飛ばされて温泉に落ちる。
「うわ!」「ちょっと!」
ヴァリミエやクルス、ヴィヴィ、ルカ、ユリーナも次々飛ばされて、温泉に落ちてきた。
みんなを温泉に吹っ飛ばしたモーフィはどや顔をしている。
そしてモーフィ自身も温泉に入ってきた。
「もっもー!」
「モーフィ。急にどうした」
「モーフィはみんなで温泉に入りたかったのじゃ」
ヴィヴィはぷかぷか浮いている。
着衣のまま、温泉に入るのは初めてかもしれない。
「服のまま入るのも、意外と気持ちいいな」
「着替えるのが面倒だけど」
「たまにはこういうのもいいのだわ」
「まあ。いいかー」
クルスたちも気に入ったようだ。適当にくつろいでいる。
「ぎゃっぎゃ」
「ドービィ、元気になったかや?」
「ぎゃあ!」
ヴァリミエと一緒に温泉に入れて、ドービィはとても嬉しそうだった。