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151 大公の宝物庫

 その後、古代竜(エンシェントドラゴン)たちは帰っていった。

 宴会でもするのかと思ったのだが、そういうのはないらしい。

 とても緊張した。古代竜は威圧感がすごいのだ。


 古代竜一頭なら勝てる。二頭でも多分勝てる。

 だが、20頭を同時に相手したら勝てないと思う。

 漏らさなかったフェムがすごい。


「フェム、頑張ったな」

「…………」

「フェム?」

「…………わ……ふ」


 固まっていた。ビビってはいけないと根性で頑張っていたのだろう。

 健気なフェムが可愛いので優しく抱きしめて撫でてやった。


「もっも!」

「りゃ」


 モーフィとシギショアラもフェムをいたわるように体を寄せている。

 モーフィはぺろぺろ舐めている。シギはふわふわ浮きながら、優しく頭を撫でていた。

 それにしても、モーフィの怯えなさはすごいと思う。


「わふ」


 しばらく撫でてやっていると、フェムは復活した。

 安心して、俺はティミショアラに向けて言う。


「大公の臣下って20頭もいたんだねー。古代竜って少ないと思ってた」

「臣下、つまり貴族にして領主のものだけであれだけいるのだ。民に当たる古代竜はもっといるぞ」

「そうなの?」

「人の目につかないところに暮らしておるのだ。気づかなくても仕方あるまい」


 ルカが興味津々な様子で尋ねる。


「人の目につかないところってどんな場所なの?」

「そうだな。人の身ではつぶれてしまうであろう深海とか。人の生存が難しいほど空気の薄い高地とかかのう」

「ほかには?」

「この極地もそうだ。それに、空に浮かぶ月にもおる」

「え、月にも?」

「うむ。いずれも人の身では、容易には生きて行けぬ環境だ」


 人間には無理な環境で暮らしているから出会いが少ないのだろう。


「ところで、ティミ。古代竜のみなさんはシギの鳴き声がわかっているみたいだったけど」

「そうだな」

「あれって古代竜語では意味ちゃんとあるの?」

「まだ赤ちゃんだから人間の言語のような意味はない。だが、雰囲気は伝わる。それで充分だ」

「へー」


 その時、シギが羽をバタバタさせた。


「りゃっりゃー」

「これは?」

「撫でろだな」


 意外と単純な意味だった。

 俺はシギを撫でまくってやった。


「古代竜の言葉を学びたいのだけど……」

「いくらアルラでも、人間には無理だぞ」


 ティミはあっさりと言う。

 頑張ろうと思っていたのに、少しショックである。


「どうして無理なの?」

「可聴域が古代竜と人間では違う。古代竜の言葉は、人間の耳には聞こえない音もたくさん使うのだ」

「そうなのか」

「人間には発音できない声もあるしな」


 そう言われたら無理そうだ。残念である。

 その時、クルスが笑顔で言った。


「魔王の場所がわかるお宝を見に行く途中でしたよね!」

「はやく宝物庫行きましょう」


 ルカも鼻息荒くそう言った。宝物庫に興味があるのだろう。


「そうだな。宝物庫にいこうか」

「楽しみね!」

「おったから! おったから!」


 ルカとクルスははしゃいでいた。

 ティミに先導されて、ぞろぞろと宝物庫へと向かう。


「りゃっりゃー」

「もっもー」

「モーフィちゃんいけー」


 シギは俺の懐に入って、とてもご機嫌に鳴いている。

 モーフィはコレットを乗せて楽しそうに歩いていた。相変わらずモーフィは人を乗せるのが好きらしい。


 しばらく歩いて宝物庫に到着した。

 宝物庫の扉は、他の扉より立派に見えた。魔法的な防御が何重にも施されているようだ。


「頑丈そうですねー」

「さすが古代竜の大公の宝物庫なのだわ」


 クルスとユリーナが感心している。

 扉を触っていたクルスがにこにこしながらこちらを振り向いた。


「アルさんなら、これ壊せますか?」

「難しいんじゃないかな」

「またまたー」


 クルスは俺を何だと思っているのだろうか。

 俺にだって不可能はある。難しいものは難しいのだ。


「いやいや、本当に難しいぞ。素材も硬そうだし、かけられている魔法も複雑で堅牢だしな」

「そうなんですかー。アルさんでも壊せないとなると、本当にすごいんですね!」


 クルスに向かってティミが言う。


「物騒な話はやめてほしいのだが」

「えへへ、ごめんごめん」


 そして、ティミは扉の一か所を指さして俺を見る。


「アルラよ。ここに玉璽を触れさせるのだ。あ、指にはめたままだぞ」

「わかった」

「りゃっりゃー」


 嬉しそうなシギを撫でてから、宝物庫に玉璽で触れる。

 音もなく、ゆっくりと扉が開いていった。


「ふわー」

「綺麗ですね!」

「ものすごいものがあるのだわ」

「なにこれ……」


 コレットとミレットは金銀財宝に驚いたようだ。

 ユリーナとルカは魔道具の数々に驚いている。

 宝物庫の中には、明らかに凄い魔道具が山ほどあった。

 そして、なんに使うかわからないけど凄そうな魔道具も山ほどある。


「これは魔王軍の宝物庫よりすごいのじゃ」

「これほどの宝物は魔族の国にもないと思うのじゃ」


 ヴィヴィとヴァリミエも感心していた。


「どうだ、アルラ?」

「いや、なんというか、怖いな」

「怖い?」

「悪用されたり、使い方を間違えたらと思うとな」


 ティミが満足げにうんうんとうなずいた。


「さすがアルラであるな。まったく、はしゃがないどころか、冷静に危険性を考える。姉上が託したのも納得だ」

「そんなもんか」

「うむ」

「りゃ」


 シギは俺の懐から出ると、ふわふわと飛んでいく。


「シギ、勝手にいじったらだめだぞ」

「りゃ? ……りゃあ」


 シギは少しがっかりした様子で戻ってきた。

 いじり倒そうとしていたのかもしれない。


 ここにある宝物はすべてシギの所有物である。だが危険なものが多い。

 シギが大人になって、分別をつけるまでは好きに使わせるわけにはいかない。


 一方、クルスも興味津々な様子で魔道具に手を伸ばそうとしていた。


「クルスも! 勝手にいじったらダメだぞ」

「あっ! はい。わかってますよー」


 絶対に触るつもりだった。油断も隙も無いとはこのことである。

 ルカも魔道具に触れてこそいないが、興味津々といった感じだ。


「ティミちゃん、ティミちゃん! これって何に使うの?」

「それはだな……って、そのまえに例の魔道具を見つけるのが先だ」

「そ、そうね、ごめんなさい」


 ルカに解説しかけたティミが慌てて魔道具を探し始める。


「たしかこの辺りだったはずだ」


 しばらく探した後、ティミが戻ってくる。


「あったぞ、アルラ」

 それは縦横比1対2の楕円形の地図だった。

 かなり大きい。縦の長さは成人男性の身長一人分ぐらいある。


「これは世界地図?」

「そうだ。この地図には一応この星にあるすべての島が描かれているのだ」

「それはすごいな」


 人間社会にはそのような地図はまだない。

 空中を高速で飛べる古代竜だからこそ作れるものなのだろう。

 ルカをはじめ、全員が地図の周囲に集まってくる。


「古代竜が使うものにしては小さいのじゃ」

「大きい地図もあるぞ。これは簡易版だ」

「なるほど」

「人族であるアルラたちにはこちらの方が扱いやすいだろうと思ってな」


 ティミは地図の解説を始める。


「この地図は面積の比率は正しいのだが、距離の比率は正確ではないので注意だぞ」

「わかった。で、どうやって使うの?」

「うむ。この部分に魔力を流すと、神の使徒のいる場所が光るのだ」

「ほほう」


 そういって、ティミが魔力を流すと3か所が光った。


「うわ、3か所も光った!」

「む?」


 クルスが嬉しそうな声を上げたが、ティミは怪訝な顔で地図を見る。


「どうした?」

「うむ。色によって、どの神の使徒かわかるのだが……」

「ほほう」

「まず、この黒いのが死神の使徒、死王の場所だ」


 ルカがつぶやく。


「この位置って、うちの国じゃない? ムルグ村に近いような」

「たしかに……。いつも使っている地図と図法が違うから断言できないけど、そんな気がするな」

「ルカとアルラの言うとおりだ。ムルグ村からさほど遠くないな」

「なんと……」


 意外と近くにいたようだ。これは嬉しい誤算だ。

 死神の使徒に会うために長い旅をしなければいけないと思っていたのだ。

 近くにいるならとても嬉しい。


「ティミちゃんティミちゃん、この薄く黄色く光ってるのはなに?」

「それは生まれかけの破王の光だ。ぼんやりしているから、なりかけといった感じだろう」

「破王?」

「破壊神の使徒だな」


 破壊神は一応有名ではある。新たな文明を起こすために、既存の文明を壊すと言われている神だ。

 邪神と言われることもある。


「なりかけだと薄いのか。ということは、このとびきり明るい紫のが聖王クルス?」


 極地付近にその紫の光はある。この場にいる王は聖王クルスだ。

 さすがはクルスである。死王の光よりとても強い。


 だが、ティミは重々しい声で言う。


「……聖王の光は青だ」

「じゃあ、紫はなに? 竜王とか」

「竜王は紫ではない。金だ」

「じゃあ、紫の光ってなんの使徒なの?」

「……聖王の色が青だ。そして魔王の色が赤なのだ」


 そういってティミは俺の目をじっと見た。

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