大公の宮殿はとても広い。食堂に移動するだけで、しばらく歩いた。
食堂も広い。だが、その端に人間サイズのテーブルと椅子も置いてあった。
「俺たちにも使いやすそうな家具があってよかった」
「さっきも言ったが、ドラゴンサイズで食事をすることは滅多にないのだ」
トイレと同じく、食事も人間サイズで行うと言っていた。
ならば、人間サイズに適した家具があるのは当然である。
相変わらず、ルカはメモを細かくとっていた。
それからみんなでミレットの作ってくれたお弁当を食べた。
「りゃむっりゃむ」
「シギ、ゆっくり食べるんだぞー」
「りゃむ」
卵から孵った直後、シギショアラは肉ばかり食べていた。
最近では、肉以外も食べるようになった。
その現状をティミショアラに説明してから尋ねる。
「ティミ。シギのご飯って本当はどんなのがいいの?」
「古代竜は、野菜も肉も食べるぞ。魔石を食べてもいい」
「なるほど」
「生まれたばかりのとき、食べさせた肉の種類はなんだ?」
「……ぐ、グレートドラゴンとか」
ドラゴン種の肉を食べさせたといったら、怒らないだろうか。
少し心配になりつつ正直に話した。
もし、シギの成長によくないのなら改めなければいけないからだ。
ティミに隠すべきことではない。
「おお、グレートドラゴンか。あれはうまいからな」
「え、おいしいの?」
「そうだぞ、含まれる魔力が多いからな。……人の食事でいうならば、栄養豊富なお肉みたいなものだな」
人間的にはあまりおいしい肉ではない。
だが、古代竜的には美味しいらしい。
『あれは、うまいのだ』
「フェムも好きなのか」
「わふ」
フェムたち魔狼は飢えていたとき、温泉の水を飲んで過ごしていた。
魔獣たちには魔力の含まれた食事というのは美味しいものなのかもしれない。
「アルラよ。たしかにグレートドラゴンの肉は美味しい」
「う、うん」
「だが、この弁当も、とてもうまいのだ」
「それはミレットに言ってやってよ」
「そうだな! ミレット。そなたの作る料理は絶品である。いつもありがとう」
「りゃっりゃ!!」
「あ、はい。どういたしまして」
ティミにストレートな賛辞と感謝を贈られて、ミレットは頬を赤らめる。
シギも羽をバタバタさせながら、ミレットにすり寄る。
きっと感謝を伝えようとしているに違いない。
「シギちゃんもどういたしまして」
「りゃあ」
そういって、ミレットはシギを優しくなでる。
ミレットには、ちゃんとシギの気持ちは伝わったようだ。
食事を終えた後、俺はティミに言った。
「例の死神の使徒とか魔王の居場所がわかる宝具をみたいのだけど」
「うむ。そうであったな。まだ時間があるだろうし、宝物庫へ行くとしようか」
「時間? 何かこの後に用事があるの?」
「えっとだな……」
そう言いながら、ティミはシギを抱きかかえて立ち上がる。その時、鈴の音が響いた。
透明感のある、ずっと聞いていたくなるような心地よい音色だ。
クルスがきょろきょろする。
ティミはふうとため息をついた。
「む。思ったより早かった。宝物庫はまた後にしよう」
「何の音ですか?」
「来客だな」
「来客ですかー」
クルスは納得したようだが、ここは極地である。
俺はティミに尋ねる。
「来客とかよくあるの?」
「滅多にないが、シギショアラが践祚したことを臣下たちが知ったのだ」
「ほほう」
「我も古代竜の姿になって出迎えたほうがよかろう」
そういうと、ティミはシギを俺に手渡した。
「りゃ」
シギは俺の懐の中によじよじ入っていく。可愛い。
一方、ティミは本来の巨大な姿になった。
「何度見ても大きいですねー」
「てぃみちゃん、おっきい!」
ミレットとコレットは嬉しそうにはしゃいでいる。
エルフの姉妹は、怖くないようだ。大した度胸である。
しばらく怯えていたフェムも、ミレットたちを見習ってほしい。
「わふ」
「もう大丈夫だな」
「わふ?」
恐怖を乗り越えたフェムも尻尾をピンと立てて堂々と立っていた。
「出迎えるのは玉座の間だ。皆も行こう」
俺たちは玉座の間へと向かった。玉座は数段高い場所に設置されている。
玉座はとても大きい。座面に屋敷を建てられそうなほどだ。
そんな玉座に、俺はシギを乗せる。座るというより乗るという感じだ。
シギはきょとんとする。
「りゃ?」
「堂々としていればいいぞ」
「りゃあ」
「アルフレッドラは、シギショアラの左後ろに立つのだ」
「玉座の座面に立っていいの?」
「構わぬ。アルフレッドラはシギショアラの後見人だからな」
「なるほど。あ。靴脱いだ方がいい?」
「気にしなくてよい。ちなみに我はこの位置だ。子爵なのであまり爵位は高くないのだが、大公の叔母だからな」
ティミは玉座の左隣、やや前方に陣取った。
古代竜の作法的なものがあるのだろう。人間の社会の作法とはかなり違う気がする。
とはいえ、俺も王宮の作法に詳しいというわけではないのだが。
ティミはクルスたちにも立ち位置を教え始めた。
「クルスたちはシギショアラの臣下ではなく、大公家の客分であるからな。この辺りであろう」
「ふむふむ」
クルスたちは玉座の前、右側の壁際に立つ。
数段低いところに立っているので、客分というより臣下っぽい。
だが、ティミが言うには、臣下と客分で立ち位置が違うらしい。右が客分、左が臣下とのことだ。
これも人間の社会とは違う作法だ。
「その位置は他の大公が来たときに立つ位置に近い。大公の立ち位置は、また特殊ゆえ少し違うのだがな」
「へー」
「そうなのね。すごいわ。他の大公は具体的にどこに立つの?」
クルスは興味なさげに返事をしているが、ルカは目を輝かせている。
メモに玉座の間をスケッチし、位置関係などを細かく記入していた。
「この辺りだぞ」
ティミの示した場所は玉座少し下、階段の途中だった。
「大公の立ち位置も、玉座より一段低くなるんだ」
「あくまでもこの宮殿の主は、シギショアラだからな」
「へー」
全員が立ち位置に立ったことを確認して、ティミが玉座の横にある操作盤を動かした。
遠くから扉の開く音が聞こえてくる。玉座の間までの扉が順番に開いているようだ。
すぐに玉座の間に古代竜が姿を現した。
「RyaaaaaaaRyaRyaaa」
古代竜は低い声で鳴きながら、頭を下げて床につける。
「男爵。大公殿下践祚に真っ先に駆け付けたその忠義。殿下はお喜びである!」
「Ryaaa……ありがたきしあわせ」
ティミが人間の言葉で古代竜の男爵に語りかけた。
男爵も客分の位置に人間がいることに気づいたのか人間の言葉で語り始める。
「りゃ!」
「はっ! 過分の言葉、恐悦至極に存じまする!」
シギが一声鳴くと、男爵は感激したように声を上げる。
そしてごろりと床に転がった。お腹を見せて顎を上げている。
まるで犬の服従のポーズだ。
「……もしかして、さっきのりゃは意味あるりゃなの?」
「りゃあ」
シギはこちらを見てどや顔をしていた。
シギはいつもりゃあしか言っていない。
だが、古代竜の言葉では意味のあるりゃだったのかもしれない。
赤ちゃんなのにすごいと思う。やはり天才だったのだ。
「りゃ!」
もう一度シギが鳴くと、男爵は起き上がる。
床に転がる動作は、儀式的に意味のあることだったのだろう。
人間の儀礼で言うと、国王が騎士の叙爵の際、肩に剣を置くようなものかもしれない。
それから続々と古代竜がやってきた。
全部で20頭だ。その全員がシギの臣下ということだ。
全員、床に転がってシギに一言もらった後、臣下の列に並びなおしていった。
「全員そろったか?」
ティミがそういうと、一番玉座に近い位置に立っていたものが前に出る。
「シギショアラ大公殿下の臣下、総勢20揃いましてございまする」
「りゃ!」
「「ははーっ」」
シギの言葉に合わせて、20頭が頭を下げる。
シギは「りゃ!」しか言ってない。だが、古代竜には意味が分かるらしい。
今度、ティミに古代竜語を教えてもらおうと心に決めた。
その時、先頭の古代竜が俺を見た。たしか会話から察するに、侯爵だったはずだ。
臣下の中では一番偉いのかもしれない。
「そちらの方は一体どなたなのでしょうか」
「なぜ人間がこの場にいらっしゃるのですか」
「その上、玉座に立っておられる。あまりにも不遜ではないでしょうか」
侯爵が疑問を述べたことを皮切りに、古代竜たちが口々に言う。
たかが人間が玉座の上に立っているのだ。内心穏やかではなかったに違いない。
丁寧に礼儀正しく話しているのはティミとシギがいるからだろう。
ティミはうなずくと、俺に向けて言う。
「アルフレッドラ閣下。玉璽を……」
「わかった」
俺は右手を皆に見えるように掲げた。
玉璽はいつものように、新雪のようなきれいな青い光を放っていた。
「なんと……」
古代竜は驚きの声を上げる。
「アルフレッドラ卿は、前大公殿下から直接玉璽とシギショアラ大公殿下の養育を託されたお方だ」
「お、おお」
「そしてラの称号を与えられた名誉あるお方だ」
「な、なんと」
古代竜たちは驚いている。互いに顔を見合わせていた。
「りゃっ!!」
「は、ははーーっ。出過ぎたことを申しました!」
「し、失礼いたしました」
シギが一声強めに鳴くと、古代竜たちが一斉に頭を下げる。
そして、先頭の古代竜がごろりと床に転がった。
それにならって、古代竜たちが次々と転がる。
ティミがそれを見ながら言う。
「アルフレッドラ。このようにそなたにも服従と忠誠を誓っておる。謝罪を受けいれてやってはくれぬか?」
「お、おう……怒ってないぞ」
あまりのことに戸惑った。
古代竜にとって、転がるというのは土下座の意味もあるのかもしれない。
「かたじけない」
ティミは頭を下げると、古代竜たちに向けて言う。
「アルフレッドラ閣下は、寛容にもそなたたちの不敬な態度をお許しくださった。感謝せよ」
「ははーー」
古代竜たちは起き上がると、一斉に頭を下げた。
「なにこれ……」
俺は思わずつぶやいた。
古代竜の文化になれるには少しかかりそうだと思った。