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152 新たなる魔王

 俺の目を見つめるティミショアラは真剣な表情だった。


「えっと、つまり?」

「聖王が青。魔王が赤。そしてこの極地で光っているのが紫である」

「りゃ?」


 ティミは念を押すようにもう一度言った。

 シギショアラはティミと俺の顔を交互に見ている。


「青と赤を混ぜると紫になるのだわ」

「聖王はクルスとして、つまりこの近くに魔王もいるってことね。光が強いのは重なっているからということかしら」


 ユリーナとルカが深刻そうな表情で言う。

 ここは極地だ。他に人はいない。人以外もほとんどいない。

 シギに挨拶を済ませた古代竜たちも自分の領土へ帰っていった。近くにはいない。


 つまりこの中に魔王がいると考えるのが自然だ。

 ユリーナとルカがヴィヴィとヴァリミエを見る。


「なぜこっちを見るのじゃ! わらわは魔王ではないのじゃ」

「わらわも違うのじゃ……」


 ヴィヴィとヴァリミエは困惑しながら否定する。

 ユリーナは冷静だ。


「自覚がないだけかも知れないのだわ」

「わらわも姉上も違うと思うのじゃ。魔王ならもっと強いのじゃ」

「最近、ヴィヴィちゃん、魔法陣描くの異常に早くなったわよね」

「あれは訓練のたまものなのじゃ!」


 ユリーナもルカも別に問い詰める口調ではない。冷静に可能性を指摘しているという感じである。

 だが、ヴィヴィもヴァリミエも、懸命に否定する。

 それも当然だ。魔王と勇者の間には長い戦いの歴史があるのだ。


「もっも!」

「モーフィ、そなたは信じてくれるのじゃな」


 モーフィはヴィヴィに体をこすりつける。

 嬉しそうにヴィヴィはモーフィに抱き着いた。


「もっにゅもっにゅ」

「ふふふ、やめるのじゃ」


 モーフィはぱくっとヴィヴィの手を咥える。

 ヴィヴィは嬉しそうにモーフィを撫でた。


「聖神の使徒の眷属っぽい聖獣モーフィがあんなに美味しいそうにヴィヴィの手をハムハムしているのじゃ!」


 ヴァリミエがヴィヴィとモーフィを指さしながら言った。


「だからヴィヴィは魔王ではないのじゃ!」

「それは別に関係ないんじゃない?」

「そうなのだわ」


 だがユリーナとルカが否定する。

 俺もモーフィなら魔王の指だってハムハムするに違いないと思う。


 クルスは笑顔のまま首を振る。


「いや、ヴィヴィちゃんじゃないでしょー」

「どうしてそう思うのかしら?」

「クルス、根拠はあるの?」


 ユリーナとルカに問われると、クルスは一瞬考えるそぶりを見せた。

 そして諦めたようだ。


「だって、明らかに違うもん」

「つまり根拠はないのね?」

「クルスらしいわ」


 ユリーナとルカは呆れた様子だ。

 ヴィヴィは感激した様子でクルスの手を取る。それもモーフィにはむはむされていた方の手で取った。


「クルスぅ、ありがとうなのじゃぁー。そなたは信じてくれると思っていたのじゃ」

「なんか、べちゃってした!」


 それはモーフィのよだれだろう。

 ヴィヴィは感動のあまり泣きそうになっている。


「クルスは、こういう勘は外さないからな。根拠がなくても信用できる」


 俺がそういうと、ルカたちも頷いた。


「確かにそうなのだわ。この近くに他の魔族が隠れている可能性も考えたほうがいいのかも」

「ティミちゃん。宮殿に侵入されたりしている可能性とかってある? ほらシギちゃんが践祚するまで防御は不完全だったのでしょう?」

「そもそも魔王クラスならば践祚後でも侵入を許す可能性はある。魔人王の侵入を許したようにな」

「そっか。一応この付近を捜索したほうがいいかもしれないわね」


 クルスはそんな会話に興味がなさそうに、モーフィを撫でていた。

 そして、何でもないことのように言う。


「いや、探すまでもなく、魔王は明らかにアルさんでしょ?」


 クルスはまっすぐ俺を見た。

 周囲が静まり返る。


「……そんな、まさか」


 俺がつぶやくと同時に、

「ウーーッ!」


 フェムが素早く俺とクルスの間に入った。尻尾を高く上げている。

 フェムはクルスに向かって威嚇していた。

 勇者であるクルスが俺を攻撃することを警戒してくれたのだろう。


「ちょっとクルス。アルが魔王なわけないでしょ?」

「そうなのだわ。さすがにそれはないと思うわ」

「わらわは、魔王でも味方じゃからな!」


 みんな、俺をかばってくれている。ありがたい話だ。

 一方、クルスはものすごい速さでフェムをガシっと抱きしめた。

 あまりの速さにフェムも反応できなかった。


「ウ? ッゥウーーッ」

「フェムちゃん、よーしよしよし」

「うっうぅぅ」


 クルスに撫でられまくって、フェムは調子が出ないようだ。

 一生懸命唸ろうとしているフェムを、クルスはわしわしした。

 クルスはにこりと笑う。


「アルさんが、魔王なのは間違いないと思いますけど」


 ヴィヴィがクルスの腕をつかむ。


「仮にそうだとしてもじゃ! アルを殺そうとするでない」

「な、なんで、ぼくがアルさんを殺さなきゃならないんですか!」

「え? 殺さないのかや?」

「ヴィヴィちゃん、発想が怖いよ……」


 クルスは本気で困惑している。

 ヴィヴィの心配はよくわかる。勇者と魔王は殺しあってきた歴史があるのだ。


「魔王のおっしゃん、まおうっしゃん! かっこいい!」

「アルさん王様なんて凄いです」


 コレットとミレットの姉妹は感心していた。俺が魔王でも別に怖くないようだ。

 ありがたい話である。

 だが、まおうっしゃんは恥ずかしいのでやめてほしい。


「もっも!」

 モーフィが俺の手を咥えにくる。とりあえず、咥えさせてやった。


「もにゅもにゅ」

 モーフィなりに緊張しているのだろう。


「りゃっりゃ」

 シギも俺の顔を舐めている。シギなりに心配してくれているのかもしれない。


「かっこいいです! いいなー。ぼくも聖王より魔王がいいな−」

「クルス、あんた何言ってるのよ」

「えー、でもかっこいいよー」


 クルスなりに緊張をほぐそうとしているのかもしれない。

 いや、クルスのことだ。本当に魔王の方がかっこいいと思っている可能性もある。

 クルスの真意はわからない。


「アルラが魔王でもおかしくはないというか、魔王でもないとその強さは説明できないというか」

「うーん。クルスがそういうのだから、可能性は高いと思うのだわ」

「でも、魔族じゃない魔王なんて……」

「アルは魔族より魔力が高いのじゃ」


 ティミやユリーナ、ルカ、ヴィヴィが真面目な顔で検討を始めた。

 考え込んでいたヴァリミエが言う。


「魔族ではない魔王も少ないがいるのじゃ」

「そうなの?」

「うむ。だが……この地図では、大きすぎて確定できないのじゃ」

「世界地図だからな。細かいところは無理だ」


 そんなことを話しあっている。


「俺は魔王になった覚えはないのだが」

「ぼくも勇者になった覚えはないですよー」

「そうなの?」

「はい!」


 そしてクルスはにっこり笑って俺の手を取る。

 べちゃってした。モーフィのよだれだろう。


「アルさんとぼく、神の使徒ってことで、同じですね!」

「そもそも神が違うし……、いやまだ俺が魔王だって決まったわけでは……」

「いやいや、アルさんは魔王ですよー」


 クルスが俺を魔王だと判断している根拠は勘に過ぎない。

 だが、クルスの勘は馬鹿にできない。

 俺は自分が魔王なのでは? とうっすら思い始めた。


「お揃いですね!」

「お、おう」


 俺の困惑など、クルスはまったく気にしていない。純粋に嬉しそうだ。

 そこまで喜ばれたら、まあいいかという気にもなる。


 俺とクルスを放っておいて会議をしていたヴィヴィが言う。


「とりあえず、アルが転移魔法陣で村に戻ればいいのじゃ。それで魔王の印が動いたらアルが魔王なのじゃ」

「たしかにそうなのだわ」

「試してみよう」


 全員で地図型宝具を持ったまま、転移魔法陣の部屋へと移動する。


「じゃあ、行くぞ」


 俺は地図を持ったまま、ムルグ村に戻った。


『どうなのだ?』

「印はどうじゃ?」

「りゃ」


 村までついてきたフェムとヴィヴィとシギが地図を覗き込む。

 赤い印がムルグ村辺りに移動していた。クルスを示す青い印は極地のままだ。


「まじか……」

「もしかして、わらわが魔王の可能性もあるのじゃ。わらわだけ極地に戻ってみるのじゃ」


 ヴィヴィが魔法陣を通って極地に消えても、魔王を示す赤い印は動かなかった。


『……フェムの可能性もあるのだ。戻ってみるのだ』

「うん。頼む」


 フェムが戻っても赤い印は動かない。


「これは、本当に俺かもしれないな……」

「りゃあ」


 その後、パターンを変えて色々試してみた。シギとも離れて移動したりもした。

 結局、俺が魔王ということで間違いなさそうだった。

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