俺はフェムに乗り、ヴィヴィはモーフィに乗って、クルスは走った。
いつも通りだ。ちなみにシギショアラは俺の懐の中である。
一時間ほど走って休憩にした。
こまめに休憩をとるのが大切だ。特に最初の休憩は大切なのだ。
クルスの靴の調子やモーフィの蹄、フェムの肉球の調子を見なければいけない。
「モーフィもフェムも、いつもより速いな」
「もっも!」
「わふぅ」
獣たちの調子はいいらしい。何よりである。
「アルさん。あとどのくらいですか?」
「えっとだな」
俺は魔法の鞄から、地図を取り出す。
古代竜の大公の秘宝である貴重な魔道具だ。扱いは丁寧にしなくてはならない。
「やっぱり大きいですよね」
「そうだな。簡易版だけど、古代竜の秘宝だからな」
縦は成人男性1人分。横は2人分あるのだ。広げるだけでも大変である。
野外で見るには大きすぎる。
覗き込みながらヴィヴィがいう。
「これって畳めないのかや? 折り畳んで、この周囲の部分だけ表にすれば……」
「畳めないんだよ」
「それは不便なのじゃ」
ヴィヴィは残念そうだ。
地図は布のような、紙のような、不思議な素材で作られている。
特殊な魔法的な仕組みが使われており、折ることができない。
丸めることはできるのだが、丸めようとすると、一瞬で棒状の筒になってしまうのだ。
棒状態から広げるときも一瞬である。中間という状態を維持できない。
収納するには便利だが、見ながら移動するには不便である。
「そもそも、人間が移動しながら使用することを想定していないんだろ」
「そうかもしれないですねー。おっきな古代竜(エンシェントドラゴン)なら、この簡易版で手のひらサイズですものね」
「古代竜たちにとっては、これで充分便利なのじゃろうな」
真剣な表情で地図を見ていたクルスが言う。
「ぼくって世界地図の見方よくわからないんですけど」
「世界地図は珍しいからな」
「ここがムルグ村ですよね? 王都はどのあたりですか?」
古代竜の地図には街や村が描かれていないのだ。わかりにくい。
地図が製作されたのが、人間の街が作られる遥か昔だからだろう。
「えっとだな。ここが王都だな。で、この辺りが領主の館で、西の山脈がこの辺りだ」
「ふむふむ」
「リンドバルの森はどこじゃ?」
「ずっと離れて、こっちだな」
「結構遠いのじゃな。ということは魔王城はこのあたりかや?」
「そうそう」
世界地図の見方をティミとルカに、しっかり教えてもらっておいてよかった。
おかげで、どや顔で説明できる。
クルスとヴィヴィが尊敬の目でこっちを見ている気がする。
「なるほどー、ということは……死王のいる場所って、ぼくの領土なのでは?」
「そうなの?」
「はい。ちょっと待ってくださいね」
クルスが自分の魔法の鞄から地図を取り出した。
この周囲の人間の地図だ。
「死王の位置はこのあたりってことですよね!」
「そうかも……」
古代竜の地図と人間の地図では、縮尺が違う。そもそも図法が違うのだ。
互いに対応する場所を見つけるのはかなり難しい。
にもかかわらず、クルスは即断したのだ。
「クルス、よくわかったな」
「えへへ。クルス領の地図を読み込みましたからね!」
クルスはどや顔だ。
そう言えば、代官補佐を更迭した後、勉強のためにクルスは地図を読んでいた。
その効果が出たのかもしれない。
「クルス。さすがだぞ」
「クルスも、なかなかやるのじゃな」
『意外だ』
「もっも!」
「りゃっりゃ!」
「えへへ」
みんなに褒められて、クルスはとても嬉しそうだ。
「クルス。ところで、この辺りって何があるの?」
「何もないですよ。村もないし、道もないし……。一応領土のはしっこってだけですね」
「何もないなら、そのほうがいいな」
「はい!」
クルスは元気に返事をする。
戦闘になったとき、近くに村があると大変だ。それに道があったら、いつ人が通るかわからない。
その点、村も道もないなら思う存分戦える。
「もっも!!」
そのときモーフィが俺の袖を咥えて引っ張った。
きっとそろそろ走りたいと伝えたいのだ。
「モーフィもフェムも、クルスも休めた?」
「もっも!」
『大丈夫だ』
「いつでも行けますよー」
俺たちは、休憩を終えて走り始めた。
「りゃっりゃー」
シギはいつものようにご機嫌だ。速く移動するというのが好きなのだろう。
二度ほど休憩をはさんで、死王の場所近くまでやってきた。
「なんか建物があるのじゃ」
「怪しいですね」
「一応、魔道具の地図で確認しておこう」
魔道具地図を見ると、一つだけ濃い灰色っぽい光が輝いていた。
いくら普通の地図より大きいとはいえ、世界地図だ。近づいてしまうと細かいところはわからない。
魔王が赤、聖王が青。死王が黒だ。全部混ざったので灰色になったのだろう。
「あの建物の中に居ると考えていいかもな」
「アルさん。どうしますか? 先制攻撃で、建物を破壊しますか?」
クルスは発想が過激である。
いや、魔人王との戦いで、城を開幕で破壊した俺の影響を受けたのかもしれない。
「いや、話し合いにきたのだし、お願いする立場だからな」
「なるほど。じゃあ、正面から行きましょうか」
「そうじゃな」
正面から友好的にご挨拶することになった。