正面から訪ねるとしても、観察をしっかりしてからの方がいい。
俺は死神の使徒がいるであろう建物をよく観察する。
石造りの立派な建物である。入り口の横には人間が二人ほどたっている。
「……大きいな」
「そうですね。ぼくの領地にこんな建物があるって知らなかったです」
「領土の端だから知らなくても仕方ないぞ」
クルスは首を振る。
「いえ。いくら何でもこれほど大きな建物があるなら気づかないとおかしいです」
「建築にもかなり時間かかるじゃろうしな。資材の運搬とかも大変なのじゃ」
「それはそうだが」
「領地について結構調べたつもりだったんですが……」
クルスは反省していた。
俺はクルスの頭を撫でてやる。
「まあ、死王の建物だ。魔法で建てたのかもしれないしな」
「そうじゃ。それならば、あっという間に建ったかもしれないのじゃ。気づけなくても仕方ないのじゃ」
「それに領地の端だからな。領地の外から資材を運んだのかもしれない」
色々観察した後、俺はクルスたちに向かって言う。
「とりあえず行こうか」
「そうですね!」
ひとまず戦闘しないということになり、フェムは小さな姿に戻る。
それから、俺たちが正面から近づいていくと門番たちが身構えた。
「止まれ!」
俺は足を止めて笑顔を向ける。
「ここにいらっしゃる方に用があってきました」
「用だと?」
「神の使徒がいらっしゃるでしょう?」
「どうしてそれを!!」
門番が慌てる。
しらを切られると思っていたので拍子抜けである。
どうやら死神の使徒が、ここにいることは間違いないようだ。
「神に近し高貴なる方に教えていただきました」
大げさに言ったが、ティミショアラのことである。
嘘ではない。ティミは実際大物なのだ。
「……もしや。帰依(きえ)しに来られたのか?」
「……ええとですね」
なんと答えればいいのか判断に困る。
クルスが小声で尋ねてくる。
「きえってなんですか?」
「えっと、お力におすがりする的な?」
帰依の意味は依存してすがる的な意味だ。そして信仰をささげるという意味もある。
おそらく門番は後者の意味で言ったのだろう。
「そうです! 帰依しに来ました!」
クルスが元気に言ってしまった。
力にすがるという意味ではあっているのだ。
俺たちは死神の使徒にひざの呪いを解いてもらいに来た。
そしてそれは死神の使徒にしかできないこと。すがるしかない。
「そうであったか」
「しばし待つがよい」
門番は満足そうにうんうんとうなずいた。
そして二人で何事かを相談すると、一人が建物の中に入っていった。
ヴィヴィがこそっと耳元でささやいてくる。
「死神の使徒って、もしかして宗教作ったのかや?」
「なんかそんな雰囲気があるよな」
「アルさんも作りますか?」
「いや、作らないぞ」
「そですかー。残念です」
何も残念ではない。
宗教団体の運営など面倒なだけだ。
しばらくして、門番が戻ってくる。
「許可が下りたぞ。中に入るがよい」
「ありがとうございます」
俺たちは一礼して建物の中へと向かう。
ぞろぞろと、全員で入り口に近づくと、
「ちょ、ちょっと待て!」
「どうされました?」
慌てた様子の門番に止められた。
「牛と犬も入れる気か?」
「も?」
「わふ?」
当然といった様子で中に入ろうとしたモーフィとフェムを見とがめたのだろう。
死神の使徒教団の一員のくせに、やけに常識的な門番である。
「彼らもまた帰依するために」
俺がそういうと、門番はモーフィをじっと見る。
「牛が?」
「はい」
「もっも!」
モーフィは堂々と返事をしていた。
門番はフェムも見る。
「まさか犬も?」
「もちろんです」
「わふぅ」
門番は困惑している。
相談を始めた。
「いくら何でも牛は……」
「だが、偉大なる主上のこと。動物が帰依してもおかしくないのではないか?」
「それはそうかもしれぬが……、犬もいるぞ」
「それこそ主上の偉大さの証明なのでは……」
しばらく相談したあと、結論が出たようだ。
「入ってよろしい」
「もっも!」
「わふ」
モーフィとフェムと一緒に中へと入ることができた。
中に入る際、さりげなく壁と扉に触れてみた。
「魔力は感じないな。死神の使徒の屋敷に魔神の力は使わないか……」
「でも、魔力じゃないですけど、不思議な力は感じますね」
「ほう?」
クルスがそういうのなら、何かあるのだろう。
もしかしたら、なんらかの死神の力が使われているのかもしれない。
屋敷の中は薄暗かった。玄関ホールはそれなりに広く、装飾はほとんどない。
3人の男が玄関ホールに立っていた。中央の幹部らしき男が口を開く。
「帰依されに来られたとか」
「はい。使徒様にお願いしたき儀がございまして……」
「会わせてください!」
クルスが前のめり気味に言う。
それを無視して、幹部はモーフィとフェムを見た。
「その獣たちは供物ですか? よい心がけです」
「わふ!」
「もっ!」
フェムとモーフィはびくりとした。
俺は素早くフェムとモーフィをかばうように前に立つ。
「いえ。彼らもまた帰依をしに……」
「ふむ? 供物ではないのか?」
「はい」
俺はすかさず鞄から金貨の入った袋を取り出す。
「お布施はまた別に用意してありますゆえ……」
「ほほう」
金貨袋を受け取った幹部は深くうなずいた。
「殊勝な心掛けです。主上もお喜びになるでしょう」
「では、会ってくれますか?」
だが、幹部はゆるゆると首を振った。
「そう簡単に主上に、お会いできるとは思わないように」
「えー。そんなー」
幹部はクルスの抗議も意に介さない。
「どうしても会いたいというのなら、試練を受けてもらう必要がある」
「試練……ですか?」
何やら面倒なことになりそうだった。