クルスが聖剣でとどめを刺してくれている間に、俺は非常事態セットを準備した。
こんなこともあろうかと、魔法の鞄に入れておいたのだ。
非常事態セット、つまりはヴィヴィの着替えである。
「アルさん、ハイグレートドラゴンの魂は無事還ったと思います」
「ありがとう。クルスはこれを頼む」
「これって……あ、はい」
ヴィヴィの着替えを手渡すと、クルスは察してくれた。
「モーフィ。ちょっとそっち行こうか」
「もっ!」
ヴィヴィを乗せたままのモーフィを物陰へと連れて行った。
こういうことは女子に任せた方がいい。
「ふぅ」
『思いっきり吠えていたのだ。仕方ないのだ』
「そうだね」
ハイグレートドラゴンはブレスと同時に咆哮した。
火炎ブレスの方はクルスが切り払ったが、咆哮はそうもいかない。
ヴィヴィはまともに食らってしまったのだろう。
「モーフィの背に乗っていてよかった。モーフィならヴィヴィが気絶しても安全なところに運んでくれるし」
『代わりにモーフィの背が大変なことになっていたのだ』
あとでモーフィの背中を洗ってあげようと思う。
「フェム、見張っといてね」
『任せるのだ』
フェムに見張りをお願いしておいて、戦利品の回収だ。
戦利品の回収は冒険者の本能なので仕方がない。
「うーん。やっぱり腐敗がひどいから。実入りはすくないなー」
『鱗も腐ってしまうのだな?』
「死んですぐ、肉が腐る前に体から鱗を取り外せば、腐らないんだけどね」
『不思議なのだな』
「不思議なのだよ。肉の腐敗に伴って、鱗が腐るというか、もろくなってボロボロになるんだよな」
『魔法的なあれなのか?』
「呪い的なあれかもしれない」
そんなことを言いながら、回収を進める。
売り物になりそうなものは、牙と骨ぐらいだ。
回収を終えたころ、クルスとヴィヴィ、モーフィが戻ってきた。
モーフィは嬉しそうに俺のお腹辺りに鼻をこすりつけに来る。
「もっも!」
「おお、モーフィ。お手柄だったぞ」
「モーフィはすごいのじゃ!」
ヴィヴィもそう言いながら、モーフィの頭を撫でている。
服はすでに着替えたようだ。
モーフィの背中もきちんと綺麗になっている。クルスが色々してくれたのだろう。
「戦利品の回収は終わったのだけど……」
「任せるのじゃ。遺体を燃やせばよいのであろ?」
「そうそう」
ヴィヴィは漏らしたことなどなかったように明るくふるまっている。
ならば、触れないほうがいいだろう。忘れてあげるべきだ。
ヴィヴィは焼却するための魔法陣を準備し始めた。
「魂は還ったと言っても、腐肉をそのままにしておくと、動植物に悪影響だしな」
『食べたらお腹が痛くなるのだ』
「すごく痛いんだよー」
クルスと魔狼たちは、ゾンビになりかけの肉を食べてお腹を壊したことがあった。
この辺りの魔獣や動物がクルスみたいにお腹を壊したら可哀そうだ。
「できたのじゃ!」
「さすがヴィヴィ。早いな」
「任せるがよい」
ヴィヴィが魔法陣を起動すると、ドラゴンゾンビの遺体は火に包まれる。
火力はかなり高い。あっという間に灰になっていった。
「ヴィヴィ。ありがとう」
「お安い御用じゃ。あのままではドラゴンも可哀そうじゃし」
ハイグレートドラゴンの遺体の灰を地面に埋めると、俺たちは出発する。
死神の使徒の屋敷に戻るのだ。
クルスは軽妙に歩いていく。楽しそうだ。
「やっと、死王に会えますねー」
「会えるといいんだがな」
「えー。会ってくれると思います。そのための試練ですし」
クルスはくるりとこちらを振り返る。足は止めない。
後ろむきに歩きながら、笑顔で言う。
「アルさん! 死王ってどんな子だと思いますか?」
「どんな子って。おっさんかもしれないぞ」
「えー。女の子がいいなー」
「魔族かもしれないのじゃ」
「人族のアルさんが魔王なので、魔族の死王もありうるかもですね!」
「魔人だったら嫌だな」
「確かに!」
魔人は魔族とは全く違う。魔族は人間の一種族に過ぎない。
だが、魔人は魔獣と化した人間みたいなものだ。
人族と魔族の差は、白い狼と黒い狼ぐらいの差でしかない。
だが人間と魔人は、獣の狼と魔狼ぐらい違うのだ。
「人族なら老若男女どうでもいいかな」
「なるほどー」
クルスは元気に歩いていく。たまに木の枝を拾って振り回したりしていた。
きっと振ってみて気に入ったら、かばんに入れるに違いない。
だからガラクタが増えるのだ。
そんなことを考えていると、モーフィに乗ったヴィヴィが小さな声でつぶやく。
「……アル」
「どうした?」
「えっと、ドラゴンゾンビを倒した後のことなのじゃが……」
ヴィヴィは漏らしたことについて俺が気づいたか知りたいのかもしれない。
だから俺はとぼける。
「なんか気になることあった?」
「いや、何も変わったことがなければよいのじゃ」
それからヴィヴィは、ためらいながら口を開く。
「アルは、自分以外の着替えとか持っていたりするのかや?」
「着替え? 必要ならクルスに言えば持っているかも知れないぞ」
「ふむ?」
「クルスは何でもかばんに入れてるからな」
「そうなのじゃな」
ヴィヴィはほっとした様子で笑顔になった。
俺に漏らしたことが知られていないと判断したのだろう。
それでいいと思う。
ヴィヴィが安心したころ、死神の使徒の屋敷が見えてきた。