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163 死神の使徒

 死神の使徒の屋敷に近づくと、門番たちが安堵の表情を見せる。


「おお、無事だったか」

「無謀にも突っ込んで帰ってこないんじゃないかと心配していたんだ」

「やはりドラゴンゾンビは恐ろしかっただろう?」


 門番たちは、俺たちがドラゴンゾンビを見て引き返したと考えているようだ。

 本当に心配してくれているのがわかって少し嬉しい。


「心配していただいて……、ありがとうございます」

「司祭殿にお願いして試練内容を変えてもらうといいぞ」

「そうだぞ。不可能なものは試練とは言わん」


 そんな門番たちに向かってクルスが胸を張った。


「大丈夫! ちゃんと倒しました」

「む? 何をだ?」

「ドラゴンのゾンビです!」


 門番たちは眉をひそめて互いに顔を見合わせた。


「お嬢ちゃん。嘘はだめだ」

「そうだぞ。嘘は司祭殿には通じない」

「大人しく、達成できませんでしたと言って謝った方がいい」

「本当ですよー」


 信じてもらえなくて、不満げにクルスは頬を膨らませる。

 なだめるように門番は言う。


「お嬢ちゃん……。悪いことは言わないから……」

「ほらー。これ見てくださいよ」


 クルスは魔法の鞄から、ハイグレートドラゴンゾンビの牙を取り出す。

 ドラゴンゾンビの牙はとても大きい。クルスの足よりも長いぐらいだ。


「なんだこれ」

「でかいな、おい!」

「でしょー? こんなにでかい牙を持つドラゴンを倒したんですよ」

「本物なのか?」


 門番は恐る恐るといった感じで、牙を触った。

 質感などから本物らしいと感じ取ったのだろう。

 困惑し始めた。


「他の牙とか爪もありますよー。鱗は腐ってたので取れなかったんですけど」


 クルスに他の牙や爪を見せられて、門番たちは信じたようだ。

 深く頭を下げられる。


「疑ってすまなかった」

「気にしないでいいですよー」

「まあ、普通はドラゴンゾンビを倒せるとは思わぬのじゃ」

「ご心配をおかけしたようで……、ありがとうございます」

「そう言っていただけると助かる」

「司祭殿もお喜びになるだろう」


 門番たちに見送られて、建物の中に入る。

 モーフィたちが中に入ることにも何も言われなかった。


 建物の中に入ると、司祭と部下に出迎えられた。


「随分と早かったな」

「ちゃんと倒してきたので、使徒に会わせてください」


 クルスがそういいながら牙などを手渡す。

 司祭とその部下たちは真剣な目で牙を調べ始めた。


「確かに。これはドラゴンの牙……」

「ここまで早く討伐して戻ってくるとは……」


 司祭も部下たちも驚いていた。

 そして、満足げにうなずく。


「やはりそなたたちは凄腕の冒険者であったか」

「冒険者の実力をみごと見抜かれるとは、感服いたしました」

「我の力ではない。すべては神の御心のままに」


 司祭はどや顔をしている。

 それから俺たちを見てうんうんとうなずいた。


「見事である。主上もお喜びになられるだろう」

「じゃあ、会わせてください」

「ふむ。良いでしょう。ついてきなさい」


 そう言って司祭は歩き出す。

 あっさり会えることになって拍子抜けである。


「どんな人でしょうね」

「気になるのじゃ」

「もっも!」


 クルスやヴィヴィ、モーフィは気になっているようだ。

 フェムとシギは大人しい。あまり興味がないのかもしれない。


 少し歩いて建物の最奥の部屋に到着する。


「この中に主上はおられる。けして無礼の無いように」

「任せてください!」

「もっ!」


 クルスが元気に返事をする。

 モーフィも堂々と背筋を伸ばしていた。自信ありげだ。

 司祭はそんなクルスとモーフィを見て少し不安げになる。


「おぬしら、本当に大丈夫か?」

「大丈夫じゃ。わらわがきちんと見張っておくのじゃ」

「頼むぞ。本当に頼むぞ?」


 まだ不安げな司祭と一緒に使徒の部屋に入る。

 使徒の部屋はそれなりに広いが薄暗かった。小さな窓が一つあるだけだ。

 奥には一段高い場所が設けられており、御簾がかけられている。


「主上。新たな信者をお連れ致しました」

「…………」


 返事はない。

 主上と呼ばれる死神の使徒は、どうやら御簾の向こうにいるらしい。


「この者たちは、凄腕の冒険者でもあります。試練として見事ドラゴンゾンビ討伐を成し遂げました」

「…………」


 使徒はまだ無言だ。司祭は、少し困った顔をする。


「いえ、ですが……」

「……・……」

「……わかりました」


 何やら使徒と司祭は会話していたらしい。

 だが、相変わらず俺たちには使徒の声は聞こえてこない。

 おそらく念話の類で会話していたのだろう。


「いまから主上が姿をお見せになる。だが、この場で見たことを口外してはならぬ」

「わかりましたけど……」


 司祭の念押しの意味がよくわからなかった。

 信者でも、使徒には簡単に会えないから言うなってことだろうか。

 もしそうなら、信者が嫉妬してしまう。いらぬ軋轢を生むことになる。


 そんなことを考えていると、御簾の後ろから何かが出てきた。


「な、なんじゃ!」

「わー。びっくりしたー」

「なんと」


 ヴィヴィとクルスが驚きの声を上げた。俺も正直驚いた。

 死神の使徒は薄い青透明の丸い物体だった。大きさは両手で抱えられるぐらい。

 そんなふよふよした物体がぴょんぴょん跳ねてこちらに来た。


「スライムですね!」

「スライムでも珍しい種類のスライムだな。俺も見たことない」

「ルカだったら種類とか詳しいことわかるんですけどねー」

「……おぬしら、のんきじゃな」


 ヴィヴィが呆れたようにそう言った。

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