先代の死王の居場所は、教団の屋敷から数時間ほど歩いたところらしい。
アジトを作り、ゾンビを沢山配備してあるとのことだ。
それを聞いて、クルスはがさごそと地図を取り出す。
「この地図で言うと、どのあたりかな?」
「えっとですね……」
司祭は戸惑っている。
読み方を知らないと、地図は読めないものだ。
商人や冒険者、軍人など、特殊な職業の者以外地図の知識はあまり必要ない。
「ここが王都でー。ここがムルグ村なんですよー」
「え? ムルグ?」
クルスは指をさしながら説明するが、司祭は少し戸惑っていた。
王都はともかくムルグ村は普通知らない。
クルスの説明の途中で、チェルノボクがぴょんと跳ねて、地図の上に乗る。
『ここだよー』
体の一部が細長く伸びて、地図の一点を示している。
「チェルちゃん、地図読めるの?」
『よめるんだよー』
まだ、王都とムルグ村の場所しか説明していないのだ。
現時点の場所すら説明していない。にもかかわらず、チェルノボクにはわかったのだ。
元から地図が読めたのだろう。賢いスライムである。
「すごーい」
「もっも!」
「主上、さすがです!」
チェルノボクはクルスに撫でられ、モーフィに鼻先でつんつんされまくっている。
照れているのか、ふるふる震えた。
はしゃいでいるクルスに俺は尋ねる。
「ここはクルス領?」
「そうなりますね。大体この辺りが境界線なんです」
そういって、クルスは地図の上に指を走らせた。
俺たちが今いる教団本部も、前死王のアジトも境界線のギリギリ内側だ。
「クルスの領地、変なの多いな」
「えへへ」
そんなことを話していると、司祭が心配そうな顔になる。
「あの……もしや、この地の御領主さまだったのでしょうか?」
「そうですよー」
「ご挨拶にも伺わず、申し訳ございません」
「気にしないでくださいー」
クルスは笑顔で続ける。
「後で税の徴収には来ますからねー」
「ははは、お手柔らかに……」
司祭の顔は引きつっていた。
その後、俺たちは前死王のアジトに向かうことにした。
俺たちを見送る司祭が言う。
「私は死王を倒せば、不死殺しの矢の解呪が叶うかもしれないと言って、討伐に参加してもらおうと考えていました」
「ああ、そうだったんですね」
そういえば、呪いをかけた前魔王は前死王の眷属だった。
だからチェルノボクには解呪は難しいと言っていた。
「魔王様はそれを持ち出すまでもなく引き受けてくださいました。ありがとうございます」
司祭に深く頭を下げられた。
それよりも魔王と呼ばれてしまった。結構恥ずかしい。
「助けられるようだったら、困った人は助けますよ」
「なんと、徳の高い……」
「それより魔王はやめてください。討伐されてしまいます」
司祭は少し微笑んだ。
「了解いたしました」
「内密ですからね」
「もちろんです」
俺たちは司祭を置いて出発する。チェルノボクはクルスの懐の中に入って同行だ。
建物を出ると門番たちから声を掛けられる。
「おお、お前たちもう帰るのか?」
「少し用事を言いつけられてしまいまして」
門番はクルスを見て、首をかしげる。
「あれ? お嬢ちゃん……」
「どうしました?」
「胸が……いや、なんでもない」
チェルノボクが入っているため、クルスの胸は豊満に見える。
めちゃくちゃ怪しい。だが、門番はスルーすることにしたようだ。
「ではいってきますねー」
「気をつけろよ!」
門番に見送られて、俺たちは出発した。
屋敷から離れてから、フェムが巨大化する。そして一気に加速した。
加速するといつものようにシギショアラが懐から顔を出す。
「りゃっりゃー!」
「シギは高速移動が好きなんだな」
『もっと速く走れるのだぞ!』
「りゃ!」
シギは羽をバタバタさせている。とてもご機嫌だ。
フェムは誇らしげだ。さらに少し加速した。
クルスの懐に入っていたチェルノボクも少し体を出している。
チェルノボクの場合、どこが顔かわからない。
「チェルノボクって目がないけど、見えてるの?」
『みえるー』
「へー」
見えるらしい。目がない生物の視界がどうなっているのかとても気になる。
「どんな感じに見えるの?」
『ぜんぶがめだよー』
「なるほど。全身が目みたいなものなのか。死角がなさそうでいいな」
「ぴぎ」
全身が目というのはどういう感じなのだろうか。
死角がないのは便利だとは思うのだが、落ち着かない気もする。
そんなことを話しながら、しばらく走ると、嫌な臭いが漂ってきた。
歩いて数時間の道のりも、フェムたちの足ならばそう長くはかからない。
「臭いな」
「悪臭被害です! 領主として何とかしないといけないです」
「周囲に人里も街道もないのが不幸中の幸いか」
「そもそも、人里があったら、陳情が上がってくるのじゃ」
「それもそうか」
「ピギ」
チェルノボクはクルスの肩に上って、ブルブルしていた。
怯えているのか、武者震いなのか。それともまったく別のブルブルなのか。
スライムの感情表現はよくわからない。
さらに走ると、腐臭がさらにきつくなる。
高い壁とグレートドラゴンのゾンビが目に入った。
壁でアジトを囲み、ドラゴンゾンビを門番として使っているのだ。
一応防備を考えているということかもしれない。
「アルさん! どうしますか?」
俺はちらりとフェムとモーフィを見る。
快調に走ってはいるが、この臭いの中に長くいるのはきつかろう。
「一気に死王まで突破する。進むのに邪魔な奴だけ切り捨てろ」
「了解です!」
その返答とともに、クルスはさらに加速した。